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精神分析的なカウンセリングは「原則として」キャンセルできない

その日の午後、彼は私に電話で、母親が今朝ちょうどセッションが始まる時間に亡くなったと語った。

その会話の中で、彼と妹たちがこの最期の数か月に行ったケアは(本当に私は大いに感銘を受けたのであるが)母親を非常に助けたに違いないと私は言った。

次の月曜日にB氏は、パートナーに私たちの電話での会話と、私の言葉への感謝を話したと語った。

彼女は「そうなのね。でも彼(分析家)は、お休みしたセッションの分を請求するわよね」と答え、B氏は、もちろん私はそのようなことはしないと彼女に言ったと付け加えた。

これを聞いて、私はすぐに嵌められたと感じた

(一部省略してあります。改行は読みやすくするために私が追加しました。太字はすべて佐々木によります。)

最後の「はめられた」に至るいきさつまで読み、その意味をどうにか理解できるようになってみると、人というのは、そして無意識というのは、なんとも狡猾だと感心してしまいます。

精神分析というのはやや特殊な営みで、「設定した構造へのこだわり」ぶりに、一般の読者として類書にまず面食らうものです。

たとえば「毎週月曜日の15時ちょうどから対面法でセッションを行う」と設定を一度決めたら驚くほど融通が利かないようにするのです。

この設定が決まったら、やむを得ない理由でカウンセリングを1分も受けられなかったとしても、全額を支払わなければならないのです。相当の理由があったとしても支払わなければならず、しかも決して安い金額ではありません。

クライアントによってはこの点でひどく納得がいかないのです。「私はいつもB氏に休んだセッションの料金を請求していたが、それは常に論争の的」となってしまっています。

こういう話は精神分析の類書にはひんぱんに登場します。たとえば藤山直樹さんの著書にもこれとそっくりのやりとりが紹介されています。

彼と私の治療が始まる前に交わした取り決めでは、患者の都合でキャンセルするときには料金を払わなければならないことになっていた。

しかし彼は、今回は特別な事情だから料金を請求しないでくれ、と言うのであった。私は取り決めにそって、その申し出を断った。

すると彼は「そういうことは常識的に変」だ、自分が仕事をするときには顧客がキャンセルしても金は取らない、先生は「客観的にみて」おかしい、と主張した。

(改行は読みやすくするために私が追加しました。太字はすべて佐々木によります。)

上の「Bさん」と藤山直樹さんの患者さんには奇妙に共通した感じがあります。

セドラック氏のBさんは、精神分析家がどれほど「客観的にみておかしい」かを、自らの母親の死を「利用して」でも明らかにしてやりたいといった執念をもっていたようです。

おそらくその無意識と自意識の総力を挙げたプロジェクトが功を奏し、セドラック氏は「はめられる」ワケです。

文字通り死にかけている母親と一緒にいるためにセッションを休んだ患者に料金を請求するのは、極悪なことだと感じられた。

「もちろん、料金を請求しません」と言いたい強力な誘惑に私は抵抗し、それを言わないことにした。

(改行は読みやすくするために私が追加しました。太字はすべて佐々木によります。)


これを「特別な事情」と言わないなら、例外などまず認められないでしょう。

こうまで「設定した構造」にこだわるからこそ、精神分析というやりとりにおいては、Bさんのずいぶん独特な精神のありようが浮かび上がってくるという、これは一種のカラクリなのでしょう。

Bさんは、自分の「客観的な正しさ」をなんとしてでも「証明」したく、そのために「母の死」という「特別な事情」を「でっち上げる」のではなく「事実として演出」してしまうのです。もちろんそれは「意図的に害した」というわけではありません。ある種の偶然ではあります。

このような「キャンセル」が認められるのであれば、やはりこの世に「例外」はあるということになり、「論争」はBさんが勝利したということになります。

しかしまさかこんな場合にすら「キャンセル」は認められないとなったら、もはや分析家は「極悪人」にされてしまうのです。

要するにBさんはもはや「勝ったも同然」であり、もし「勝てなかった」としたらそれは分析家のセドラック氏が「常識的に客観的に異常な極悪人である」と言える状況を「手に入れた」のです。

彼は私の冷淡さ、貪欲さ、鈍感さに愕然とし、その後数週間にわたって、私は本当に想像していた通りの人だと言い続けた。

彼が多くの親類や友人(そのうちの何人かは弁護士であり、1人は詐欺事件の専門家だと彼は言っていたが)にこの話をすると、彼らは等しく私の行動を侮辱と受けとった。

(改行は読みやすくするために私が追加しました。太字はすべて佐々木によります。)

しかしこうまでいわば罵りながらも、Bさんは「想像していたとおりの冷淡で、貪欲で、愚鈍なセドラック氏」の分析を辞めようとはせず、継続するのでした。ということは、Bさん本人にも自分の「病状」の重さの自覚があるのでしょう。

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