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久しぶりに派手に転んだ。

 昨日の仕事からの帰り道、十数年ぶりに公道で派手に転んでしまった。原因はスマホだ。歩きながらではなかったが、立ち止まって画面を操作していた。目をあげると自分が横断歩道の前にいて、車が停まってくれているのに気づく。慌てて横断歩道を渡ろうとして、スマホで死角になっていた車止め用のコンクリートポールに足元を取られ、大きくバランスを崩したのだ。

 横断歩道前の車の男性が窓を開けて「大丈夫ですか!?」と大声で聞いてくる。「大丈夫です。」と笑顔で答えたが、強打した両膝が痛くて立ち上がれない。膝を抱えてうずくまっていたら、自転車に乗ってやってきた白髪のおじいさんも「大丈夫ですか!?」と停まってくれる。続いて、これまた自転車に乗った若い男性が「大丈夫ですか?!」と近づいてきて、熱中症と勘違いしたのか、自分の日傘をさしかけてくれた。

 「大丈夫です、転んだだけで、痛みが引いたら歩けますので。本当にありがとうございます」。「本当に大丈夫ですか?」と心配そうに立ち去っていったが、実は先日、私も自転車に乗っていた若い女性が派手に転倒するのを見かけていた。彼女はさっさと自転車を起こして、何事もなかったようにまた自転車をこいで去っていったが、誰も声をかけないのを不思議に思ったのだ。コロナ禍だし、接触を避けることが日常になったからだろうか、と。

 しかし、昨日、私は3人もの他人に声をかけられてしまった。車に乗っていた男性は一部始終を見ていたが、あとの二人は私がうずくまる姿しか知らないはずだ。「コロナかも」という不安はなかったのだろうか。グレイヘアからおばあちゃんを連想され、心配してくれたのかもと思うと少し複雑だが、心暖かくもあった。

 さて、歩き出したのはいいものの、体をかばった左手の親指の痛みが尋常ではない。昔、凍てついた階段を下りて派手に転び、左手の小指を脱臼骨折したことがある。完全に元の姿には戻らず、キーボードのブラインドタッチの精度が落ちるなど、手痛い経験となっていたため、今回も骨をやったのではと心配になった。来週は月曜から3日間、大事な出張が立て込んでいる。まだ、開いている時間だ。急遽、整形に駆け込んだ。

 待合室に人が少なかったので、すぐに診てもらえると安堵したが、私の後から来たはずの人々がどんどん先に診察室に案内されていく。受付に聞くと、診察券を先に出して、外出していた人たちが相当いるらしい。親指は震えだすし、強く打った右腕の肘が変形していることに気づき、「また脱臼か?」と不安だけが募っていく。30分ほど待ったあたりで「私はいつ診てもらえるのでしょうか? 痛みもしびれも酷くなる一方なんです」と訴えたら「次、お呼びできますから」とクールビューティ。もう少し同情の色を見せてくれたっていいのに。

 ようやく先生に会えると、先生は少し触っただけで、「おそらく骨折はしてないでしょう。念のため、レントゲン撮って確認しましょう」。その瞬間、いつもは身も蓋もない物言いで冷たく感じる先生がまるで天使のように見えた。良かった。出張、穴を開けなくて済む。右肘の変形は内出血して血が溜まっていることが原因とか。「明日、もう一度見せてください。腫れが治まったら、ご自身で消毒していただいて大丈夫です」と言いながら、先生は私の右肘を包帯でぐるぐる巻にしていく。これでは腕が曲がらないではないか。

 「先生、シャワーは?」「濡れますからダメです。左手の親指も添え木します。水は使えません」。いや、それは困る。こちらは一人暮らしだし、クリニックにだって車で来ているのに、右腕が曲がらす、左手の親指が使えないなんて、家に帰れたとしても水分補給もできずに熱中症になってしまうだろう。「なぜ固定する必要があるんですか?」。先生は私の真正面に座り直し、「安静にするためです。怪我を直すための基本です」と大真面目だ。ごめん、先生。あなたはきっといい人だ。添え木はさすがにお断りしたが、帰宅してからもできるだけ親指を使わないよう心がけた。

 さて。右腕が曲がらす、左手の親指が使えないという状況は非常に不便を極めた。食事や歯磨きなど、顔周りの作業には一切使えないがチョー元気な右手と、少し心もとない左手の四本指を使って、最低限の日常生活をこなさねばならない。服の着脱もままならず、途方に暮れそうになるが、こういう時、障がいをもつ人々のことを思わずにはいられない。「失われたものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ」。障がい者スポーツの業界では有名な言葉だが、私自身、たった一日だけれど、昨日より左手四本の指の使い方が上達したように思う。

 今日の受診で包帯はとれたが、「肘の裂傷がひどいので、月曜日、もう一度消毒に来てください。自分でやっちゃだめですよ」と釘を刺された。まだ自由にシャワーは難しそうだ。薬局で市販されていた防水テープを巻き付け(また右肘を曲げられなくなった)、なんとかシャワーは済ませたが、つくづく湯シャン生活をしていて良かったと思う。

 中高年の皆さん、どうか、スマホ転倒にはご注意を。

 現場からは以上です。


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