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【ショートショート】せっかくならハッピーエンドにしてあげよう


「あかり…僕たち、お別れしよう」
「…うん」

切ない音楽とともに二人は最後に手を繋ぎ、そしてエンドロールが流れ始める。
主演は駆け出しの新米俳優さんたちだった。
その二人をもってしても、この映画はつまらないと思った。

「ねえ、あの映画面白かった?」
吉祥寺にある小洒落た喫茶店で、アイスティーにガムシロップを入れて混ぜながら、不機嫌に私は準君に尋ねた。
「うーん、あの二人は合わなそうじゃない?そうするしかなかったのかも」
準君はホットコーヒーをすすりながら、のんきにそんなことを言う。
「大体、ヒロインの名前が私と一緒なのもなんかヤダよ」

「私は、全然面白くなかったなあ…なんというか、せっかく映画を作ろうと思ったら、幸せな結末の方がいいと思うんだけど。せっかくフレッシュな人たち主演で作ったのにもったいないよ」
「その二人が”エモい”みたいなのがあの映画のキモなんじゃない?」
「…相変わらず準君は冷静だなぁ」

考えてみれば。
私たちももう付き合って一年半になろうとしているわけだ。
お互いの仕事のない週末に会って、いろんな場所に出かけている。
二週間ぶりに会った今日は最近コアな人たちの中で流行っているという泣ける映画を観に行こうということで上映されているシアターのある東京・吉祥寺で待ち合わせた。

「準君は、」
私は少し決心して尋ねてみた。
「こんな暑い日でもホットコーヒー飲むよね」
準君は頭にはてなマークをつけたような顔でじっと私の顔を見た。
「しかもいつもブラックで飲むよね」
続けて私は言った。
「ほら、私はコーヒー飲めなくて紅茶頼むし暑がりだからアイスだし、しかも甘いの大好きだからガムシロップ二つも入れちゃうし」

準君が尋ねる。
「つまり?」

「…私たちも大丈夫かなあって」

ふむふむ、と準君は二回うなづくと「夕方になってきたし、そろそろ涼しいかな?」と言い、伝票をレジに持って行ってしまった。

外は日差しが弱くなっている分少し涼しいような気もするけど、じっとりと生ぬるい風がふいている。
私はいけないことを聞いてしまったと、後悔の念に押しつぶされそうになりながら準君の隣をとぼとぼと歩いた。

「お、池だよ」
準君がポツリとつぶやいて、私の右手をとって走って池へ向かおうとするので、私も自然と走る形になった。

あまりに急に走るので、私は驚いた勢いに任せて、
「準君さっきはごめん!変なこと聞いちゃって」
と謝った。

「おれはさ…!」
息を上げながら準君が答えようとしたところで池にたどり着いた。

池のほとりに着くと水辺だからか気温が低く、ほてった私の身体も涼しくなっていく。

「ごめん、なんだか走りたくなって」
準君が謝る。
私が首を横に振って、繋いでいた手を放そうとすると準君は珍しく強く握り返してきたので私が驚いていると、

「昇進したんだ」
準君は突然言葉を口にした。
「…え?」
私は不意を突かれたようになって変な声が出てしまった。

「東京にいられなくなったんだ。十月から本社のある京都に配属になった」

驚きの連続で私が言葉を失っていると、ゆっくりと準君が私を覗き込む。
私の肩にそっと右手を置いて、準君は言った。

「おれは、甘党で暑がりでコーヒーが飲めないあかりのことが大好きなんだ。今日の映画だって、おれみたいに斜めに見ているんじゃなくて、純粋で何事も正直なあかりは他の誰にだって変え難い。そんなあかりを愛してる」

「あかり、無理にとは言わない。でも、一緒についてきてくれたら嬉しい」

はたはたと、私と準君を繋いでいる手に、私の涙がこぼれ落ちる。それでも手は離れない。

私はやっとの思いで声を振り絞る形で答えた。
「準君と…京都、行きたい」

* * *

秋の京都は写真で見るよりもずっと綺麗で、秋の日の光が山並みの隙間から部屋へと入ってくる。
私たちは籍を入れ、夫婦になった。あの時吉祥寺で観た映画は忘れられない。
私たちは今も、あの新米俳優さんたちが演じた泣ける映画をハッピーエンドにしたのだ、と笑う。