フランケンシュタインの娘 ~私たちは未来に責任を持たなければならない~

私たちは未来に責任を持たなければならない。妄想は現実ではないという言い訳はできない。虚構は現実の一部であり、言説は世界を形作る。私たちはまさしく今、虚構が作り出した怪物に愛を注がなければならない時が来た。

※23年5月9日追記:Twitterが休眠アカウントを停止すると言ってきたので、一部ツイートを引用だけでなく画像保存している。そのため、当該ツイートに関しては2連続となっているが、ご容赦願いたい。

フランケンシュタインの誕生

2014年11月、私たちは歴史から呪法を学ぼうとしていた。目の据わった30代独身男性を如何に蘇生させるか、という命題に対して、生半可な方法では対処できないと判断したためだ。ちょうど2013年ごろ、インターネットではロマン・ガレーの「自由の大地」が元ネタと思われる、フランス軍兵士たちが妄想の少女を皆の戒律とすることで生存率を高めるという話が出ていた。詳細と元ネタについては下記が詳しい。

この話を私たちは現代によみがえらせることにした。つまり、30代になるまで彼女がおらず、それでいて魔法が唱えられるわけでもない事に焦りを感じている目の据わった男に対し、女子高生の養子がいるという妄想をさせる事にしたのだ。それで彼の人生に張りが出れば儲けものだ、そういう算段だ。

ただ、この男はすぐには首を縦に振らなかった。一人で家で妄想をするという事自体はこれまで彼が行ってきた事であり、効果があると思えないというのがその理由だった。であれば、彼一人にやらせなければいい。私たちは妄想で生まれた女子高生の養子に、ツイッターアカウントを持たせる事を提案した。そして私たちもその「養子の女子高生」の友達のアカウントを作り、運営し、時に「養子の女子高生」に対してリプライで絡む事を約束した。World Wide Webに養子を晒し、そして養子に絡む友人の存在がWorld Wide Webにあれば、男の妄想は妄想を超え、そしてフランス軍の神話の通り男の人生には生存の力強さが宿るのではないかと私たちは考えた。

そしてプロジェクトは動き、アカウントは約束通り2つ作成された。2つのアカウントに名前は付けなかった。将来男に彼女が出来る可能性を考慮(男の人生に張りを取り戻すのが目的だ)した結果、名前が被る事を避けるためだ。

ちなみに、実はこの「目の据わった男」、大浦るかこ女史の裏ラジにて紹介されたことがある。下記リンクに出てくる「実話」のベースはこの男だ。この体験をしていて、何がどうすれば30まで彼女が出来なくて目が据わるのかに関しては別途考察したい。

フランケンシュタインの功績

信じられない事だが、この実験は私たちの想像以上の効果をもたらした。一人暮らしにおけるだらしなさも、孤独に己と向き合うのではなく、「仕方ないわね!」という(虚構の)声が一つ入るだけで、色彩を帯びる。色彩を帯びた事で、男は自信を持てるし、生き様には張りが生まれ、その力強さは人目を惹き、結果社内で合コンの連れを探している男性社員に声をかけられ、そして最終的に…彼女が出来る。話として分からなくはないが、なんとこれはアカウント作成からわずか半年の話である。2014年11月に「養子に取られたJK_bot」は誕生し、2015年4月には男は(まだ付き合ってはいないが)後に彼女となる女性と頻繁に携帯で連絡を取るようになる。


2015年5月に確か二人きりでデートを行い、5月末には雰囲気としてはかなりそれらしくなっていたはずだ。その様子が(本人のTweetではなく)養子の娘から分かるのもおかしな話だが。

そして6月、交際が成立する。

この後、「養子にとられたJK_bot」は更新頻度が極端に落ち、ついには2015年8月に最後の呟きを行うに至る。1年に満たないTwitterライフであった。男はこの時付き合い始めた女性と約4年間の交際の果て、2019年入籍、9月に挙式を行う。新婚旅行はイタリアであった(と自信満々に書いているが、自分で覚えているのではなく、なんと「あるJKの友達」の方がその件について言及している。友達の方は何のかのTwitterを続けていた。)

フランケンシュタインの娘、そして男の孫

2023年3月、男は妻となった女性とともに地元に帰ってきた(結婚後に感染症拡大があり帰省は先延ばしになっていた)。私たちは、結婚直後には聞けなかった事として、妻に自分の家族の事を…つまり養子の娘がいる事を話したのかを尋ねた。結果として男は妻に養子の事を話していなかった事が発覚するが、この時、そういえば2014年時点でJKだった娘は今や少なくとも24‐25歳になっている事から、その消息が話題となった(ちなみに、この娘の友達は大学を卒業後仙台で働き始めている。)

男は…すっかり今や幸せな家庭を築いておりその表情は穏やかであったが…当時の呪力を完全に取り戻し、娘の消息を語り始めた。曰く、娘は現在鹿児島の地銀で事務職として働いており、社内恋愛をしているという。

…それは…寿退職をする可能性が高いのでは…?そしてそれは…子供が生まれる可能性すらあるのでは…?

9年前、私たちは将来この男に妄想の孫が生まれる事を想像していただろうか、いや、もちろんしていない(反語)。だが、今や男には妄想の孫が生まれようとしていた。39歳にしてお爺ちゃんである。

この夜の事を詳細には覚えていない(私たちは狂気と共に飲酒をしていたのだ)。だが、男との会話によって、「養子にとられたJK_bot」であった娘は、既にデキ婚をする事が決まったと1月に男に連絡しており、子供が生まれるのは7月(時期から察するに、安定してから結婚を決めたのだろう)、結婚式は子供が生まれてから落ち着いた10月ごろだという(3か月で結婚式までできると考えるのはやや甘いようにも思われるが、それは私たちが口を出す事ではない)。10月には、男はお爺ちゃんにして新婦の父として挨拶をすることになる。これにはさすがに娘の旧友も驚いたそうだ。

こうなっては仕方がない。私たちも10月には鹿児島に飛ばなければならない。式には呼ばれなくとも、披露宴・2次会の後で泣き崩れる男と天文館で3次会をしなければならないからだ。年休の予定を立てる必要がある。孫のための服かおむつを買う必要もある。冗談では済まされない。孫はいるのだ。

フランケンシュタインとの決着

なぜ孫はいる、などと言っているのか、と私に対して疑問を抱く者もいるだろう。私まで狂気に取り込まれたのかと疑う者もいるだろう。

結論から言えば、これは狂気なのではなく、精算(Settlement)だ。あの男の生活に色彩を与え、自信を与え、そして伴侶を与えるに至った、そのきっかけは全て「養子にとられたJK_bot」にある。私たちは目の据わった男の顔を忘れることは出来ないし、そこから救い上げてくれたそれを無かったと言い張ることも出来ない。当然、それは男にとっても同じだし、だからこそ男はこの養子の事を妻にも話したのだ。であれば、その行く末を私たちが見守らなければならないのは当然のことだ。

私たちは未来に責任を持って行動しなければならないし、仮にそうでなかったとしても後から可能な精算はしなければならない。妄想は現実ではないという言い訳はできない。なぜなら虚構は現実の一部であり、言説は世界を形作るからだ。私たちはまさしく今、虚構が作り出した現実に愛を注がなければならない時が来たのだ。

私は10月には天文館に行くし、友人の初孫の為に涎掛けを買わなければならない。

↑クリエイターと言われるのこっぱずかしいですが、サポートを頂けるのは一つの夢でもあります。