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2050住宅部門カーボンニュートラル推考⑦全館空調問題

最近になって暖冷房の方法の多様化が進んだ。その基本的な方向は全館連続に向かうものであり、これまでの貧しい居室間欠に比べると温熱環境を改善することは間違いないが、エネルギー消費量は増加する。このトレードオフをどのように考えるかは我々にとって極めて重要な課題だ。今回はこのテーマについて少し深掘りしてみよう。

新しいタイプの暖冷房の整理

最近になって再注目されたり、登場してきた暖冷房の方法は次のように整理されるだろう。
①集中管理型ダクト式全館空調システム
ヒートポンプを使ってつくり出した暖冷気をダクトで各部屋に搬送する。基本的に暖冷気をつくり出す場所(装置)は1カ所であり、多くの場合全熱交換型換気システムと連動させ、ヒートポンプや換気機器の制御は集中管理される。なお、私はこのシステムのみを「全館空調システム」と呼ぶべきと考える。
②床下エアコン
ヒートポンプ(エアコン)からの暖冷気を床下空間に放出させ、そこからの熱搬送によって暖冷房する。もっとも基本的なシステムは1階床にガラリを設け、連続運転して1階全体の暖房を図るもの(冷房は考えないか、補助的)。非常に多くの考え方や試みがあるようだが、次のような課題がある。
【暖房】
・熱負荷、床下空間の形状、エアコン能力のバランスによっては、ガラリから出る暖気にバラツキが発生し、1階であっても十分に暖められない部屋が生じる可能性がある。
・熱負荷、プラン、エアコン能力のバランスによっては、2階が十分に暖められない可能性がある(とくに2階の個室をうまく暖めるのが難しい)。
【冷房】
・そもそも、重い冷気をガラリから引っ張り上げることが原理的に難しい。
・暖房に比べ、さらに2階をうまく冷房するのが難しい。
③小屋裏エアコン
小屋裏に何らかの空調室(暖冷気を集めるチャンバー)を設け、そこからの熱搬送(一般的には天井ガラリ)によって暖冷房する。床下エアコンと同様の課題があるが、暖房と冷房が逆になる。
④階間エアコン
空調室(空調用チャンバー)を2階床下に設けるタイプ。2階は床下エアコンと同様の課題があり、1階は小屋裏エアコンと同様の課題がある。
⑤壁掛けエアコン
従来のように各居室にエアコンを設けるのではなく、最小限のエアコン台数を目指しつつ、基本的には連続運転して全館的な暖冷房を狙うもの。たとえば「1階:LDKに設置、2階:ホールに設置」というパターンがあるが、やはり2階の個室をうまく暖冷房するのが難しい。

ここで①の全館空調システムはこれを導入することで暖冷房は完結するが、それ以外はそれぞれの課題を解消するために、たとえば「床下エアコン&小屋裏エアコン」といったように、各方法を組み合わせるというタイプが多く見られる。

新しいタイプの暖冷房の評価

こうした暖冷房を評価するときの軸は次の2つになる。
1)温熱環境
狙っているのは「ほぼすべての部屋・すべての時間について適切な温熱環境(室温)にする」というところなので、これが本当に実現できているか?
2)エネルギー消費量
エネルギー消費量はどうなっているか?

前回にも少し触れたが、こうした評価は「シミュレーション」か「実測」の2つの方法しかあり得ない。そこでまずはシミュレーションについて整理する。

シミュレーションによる評価

①エネルギー消費性能計算プログラム
このプログラムにおいてヒートポンプ暖冷房の評価の対象となっているのは「各居室に1台のエアコン設置を前提とした居室間欠」と「全館空調システム」だけだ。なので、先に挙げたタイプのうち評価(計算)できるのは①のみであり、他は評価不能となる。

そうした実情の中で、たとえば実際に床下エアコンを導入している物件でZEH申請をする場合、どんな設定でこのプログラムに入力し、結果を出しているのだろう? また審査機関はどのように判断したり指導したりしているのだろう? 私はまだこうした案件に出会ったことがないので、よく理解していない。

そもそも、省エネ基準の適合判定やZEHの適合判定は「その判定を行うためにつくられた仕組み」なので、実際との乖離があるのは仕方がない。もちろんこの仕組みをつくっている側(国)はこの乖離を少なくする努力はしているが、ここで議論しているような「新しいタイプの暖冷房」がどんどん増えている状況の中で、この乖離をできるだけ埋めるような適合の仕組みを考えてもらわないと、エネルギー消費量やCO2排出量の目標達成に進むアプローチがどんどん曖昧になる。
たとえば床下エアコンの住宅が申請上居室間欠エアコンの想定でOKなのであれば(そうなっていると私は推察している)、実際のエネルギー消費量は計算結果よりも多くなってしまうだろう。

全館空調の話に移ろう。先ほども述べたように、全館空調はこのプログラムの評価対象となっていてエネルギー消費量を計算することができるのだが、現時点でその入力に必要な情報がメーカーからほとんど提出されていない状況だ。
下に全館空調を選択した場合の入力画面を挙げたが、ここで「機器の仕様の入力」や「設計風量の入力」に関する情報(下の例であれば定格暖房能力試験の結果数値)がメーカーからほとんど提示されていないということだ。それでは計算できない。

であれば、ここで「機器の仕様の入力」や「設計風量の入力」について「入力しない(規定値を用いる)」を選択するしかないことになるが、おそらく実際の全館空調システムのエネルギー消費量よりも大幅に大きなエネルギー消費量が計算結果として出てきてしまう。

また、このプログラムが持つもうひとつの問題は、温熱環境を計算できないことだ。なので、ここまで述べてきたエネルギー消費量の計算における問題も含めると、新しいタイプの暖冷房をこのプログラムで評価するというのはほとんど不可能という話になる。

②ホームズ君パッシブ設計オプション
(※おそらくSIM/HEATでも同様の計算ができるはずだが、私はSIM/HEATをいま使っていないのでこのプログラムだけをご紹介する)

エネルギー消費性能計算プログラムでは評価不能というのが結論なので、ホームズ君パッシブ設計オプションのような、別のプログラム(詳細計算ができるツール)を使うことを考えるしかない。

しかし、このプログラムでも、信頼性の高い計算ができるのは壁掛けエアコンだけだ。壁掛けエアコンであれば、それを居室以外(たとえば2階のホール)に設置する場合でも室温とエネルギーの計算ができるが、床下エアコン・小屋裏エアコン・階間エアコンは計算できない(正確には床下エアコンの選択肢はあるが、床下空間全体が一様の温度になるという前提での計算であり、すべての床下エアコンがそうなっているとは判断できない)。

シミュレーションによる評価のまとめ
ということで、現状として壁掛けエアコンを使う場合のみ、ホームズ君パッシブ設計オプションで一定の信頼性がある計算が可能になる。残念ながらこれ以外はダメだ。

実測による評価

以上のことから、新しいタイプの暖冷房については、そのほとんどの評価を実測によって行うしかないということになる。実務者の多くは「効いている」「住まい手からクレームがない」といったことに関心はあっても、実際のエネルギー消費量がどうなっているかを把握しようとしている人は少ない。

こうした記事を読んでくれている人は「時代のリーダー」になってほしいと強く強く思っているので、適切な温熱環境になっているかの把握に加え、暖冷房エネルギー消費量の把握にも努めてほしい。

この実測と把握では研究者レベルの内容を目指す必要はなく、「およそこれくらいの暖冷房エネルギー消費量になる」ということがわかれば良い。ただし、それはそれほど簡単ではないので、その方法について解説しておこう。
①月別の電力消費量から類推する
月別の電力消費量は誰でも知ることができるが、そこには暖冷房以外の電力消費量も含まれているので、そのデータから暖房分と冷房分を適切な方法で類推する必要がある。
そこで登場するのが「用途分解プログラム」と呼ばれているもの。私もそれをつくっているが、他の人(たとえば東大の前さん)もつくっているので、それを探して使えばよい。
②電力測定器で実測する
HEMSの中には系統別に電力消費量が測定できるものがあり(今回の場合はエアコンのみの電力消費量を測定)、それを使う。直接測るという方法なのでシンプルだが、これまで何度かこうした機器での電力消費量分析を行ったときに電力会社の検針値と少しずれていることがわかった。この点には少し注意が必要だろう。

それから、同じタイプの暖冷房だからといって(たとえば同じシステムの床下エアコン)、2つの住宅での暖冷房エネルギー消費量がほぼ同じになるとは限らない。同じ連続運転だったとしても、断熱性能・暖冷房する範囲・日射熱取得性能・日射遮蔽性能などによって変化する。
なので、このあたりをうまく整理して「こうした場合ならこれくらい」というふうに類推する。そう考えれば、できるだけ多くの住宅におけるデータを取ったほうが信頼性の高い結果が得られることがわかるだろう。

もちろん室温などの温熱環境についても実測が必要だ。最近は安価で便利なデータロガーがたくさんあるので、それを設置してその結果を分析する。この分析は難しくない。

実測による評価のまとめ
繰り返しになるが、新しいタイプの暖冷房を評価したいとき、ほとんどの場合は実測でやるしかない。なのでこの実測と分析は極めて重要だ。これをやらずに明確な根拠なく「効いている」とか「省エネになっている」というふうに考えるのは間違っている。

ということで、もし誰かが考えた(誰かが実践している)新しいタイプの暖冷房を導入してみようとするなら、その暖冷房に関する温熱環境とエネルギー消費量の実測値や分析結果に注目するべきだ。そうした資料が不十分であれば、いくら「理屈的に良さそう」と感じても良い結果が出ないというリスクがあることを理解しておく必要がある。

こうした資料を評価するにも、また実際に導入してみた暖冷房の実測結果を分析するにも、一定の専門知識と経験が必要であり、(失礼ながら)多くの住宅事業者はそうした専門知識や経験が不足している。

ということで、もしこうしたことをやってみようとするなら、相談相手の候補の一人として、ぜひ私をリストに入れてほしい。これはビジネス(営業活動)としての発言ではなく、無償で一緒に分析したいと考えている。「新しいタイプの暖冷房」はこれからの私の重要な研究テーマのひとつであり、たくさんの情報を集めて分析・整理し、社会に返したいと思っているからだ。

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