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経済学者たちの日米開戦

タイトルにある「秋丸機関」とは、陸軍省の主計中佐だった秋丸次郎を中心に設立された「陸軍省戦争経済研究班」の通称である。
この機関の目的は、日米の経済戦力を測定し、その優劣を比較検討することだった。
当時の錚々たる経済学者があつめられ報告書の作成をおこなった。
 問題は、作成された秋丸機関のすべての報告書の所在が、よくわかっていなかったことだった。
しかし、著者がすべての報告書の所在を特定して、詳細な資料解読で報告書の実像を詳細に明らかにしたのが、この本である。

報告書の内容は、簡単に言ってしまえば、日米の国力には圧倒的な格差があり、アメリカと戦争して有利に講話を結べるすれば、南方の資源を確保してインド洋方面に進出してイギリスと植民地との連絡を絶ってイギリスを弱体化されるほかないという当時としては常識とほぼ変わらないものだった。
これは「昭和16年の敗戦」で有名になった総力戦研究所でも同じことが指摘されている。

では、なぜ日米の国力の差があるのに開戦の意思決定がされたのだろうか。
著者は、逆説的ではあるが「開戦すれば高い確率で日本は敗北する」という指摘自体が逆に「だからこそ低い確率に賭けてリスクを取っても開戦しなければならない」という意思決定の材料になったのだろうと指摘している。

この意思決定を著者は行動経済学の「プロスペクト理論」で説明している。

昭和16年8月以降の日本の選ぶべき道は、政策決定者の主観的には二つあった。

A、昭和16年8月以降はアメリカの資金凍結・石油禁輸措置により日本の国力は弱っており、開戦しない場合、二〜三年後には確実に「ジリ貧」になり、戦わずにして屈服する。

B、国力の強大なアメリカを敵に回して戦うことは非常に高い確率で日本の致命的な敗北を招く(ドカ貧)。
しかし非常に低い確率ではあるが、もし独ソ戦が短期間で(少なくとも1942年中に)ドイツの勝利に終わり、東方の脅威から解放されソ連の資源と労働力を利用して経済力を強化したドイツが英米間の海上輸送を寸断するか対英上陸作戦を実行し、さらに日本が東南アジアを占拠して資源を獲得して国力を強化し、イギリスが屈服すれば、アメリカの戦争準備は間に合わず交戦意欲を失って講和に応じるかもしれない。日本も消耗するが講和の結果、南方の資源を獲得できれば少なくとも開戦前の国力は維持できる。

このように合理的に考えれば開戦が無謀なことが判るが「プロスペクト理論」に基づけば、それぞれの選択肢が明らかになればなるほど「現状維持よりも開戦したした方がまだわずかながら可能性がある」というリスク愛好的な選択肢を選んでしまう状況が作られてしまったということである。

この部分を読み自分は、今までの一番しっくりとくる開戦の意思決定理由だと思った。
正直言って、この部分を解説しているところを読むだけでも本書の価値はあると言えるだろう。
本当に素晴らしい作品である。


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