「世界と世界をつなぐもの」第5話 ①
【第5話 前期活動報告】
「蕪本慎太郎、法学部行政政策学科です。高校のときのあだ名は『シマエ』でした。よろしくお願いします」
「……?」
みんな一瞬沈黙した。
新入生歓迎会恒例の新入生自己紹介での一幕だった。
「しつもーん! なんで『シマエ』?」
誰かが発したこの質問は、多くの人が感じた疑問だ。名前のどこにも『シマエ』はない。強いて言えば『しんたろう』の『し』くらいだ。
「オレ、肌の色が元々白くて、丸顔でパーツが真ん中に寄ってるって言われるんッスよ」
みんな蕪本君の顔をまじまじと見た。
つぶらな瞳。丸顔。色白……。
「シマエナガだ!」
誰かが発したその言葉は、あだ名の意味を理解させるのに十分だった。
蕪本君は身長も大きい方で、筋肉質なガッチリとした体格をしている。それなのに顔が雪の妖精と呼ばれ、愛らしい姿で有名なシマエナガそっくり!
会場は耳をつんざくほどの笑いに包まれた。
結果、蕪本君が自己紹介MVPを獲得することになったのは言うまでもない。
「美羽、桜小路さん、ちょっとちょっと」
———小島さんが呼んでいる。どうしたんだろ。何か悪いことしたっけ?
「どしたの?」
美羽が小島さんに尋ねた。
「シマエくん、学祭花火やってくれた花火師さんの息子なんだって」
———なあんだ。怒られるんじゃないんだ……ってホッとしている場合じゃないよ。この情報!
「へぇ、そうなんだ」
「へぇ…じゃなくて!」
———美羽、鈍感だなぁ。私が頑張って言うしかないか。
「あの……去年の花火のことを何か知っているんじゃないか……ってことですよね?」
———よし!噛まずに言えた!
「そうそう。でも桜小路さん、敬語じゃなくていいよ。同級生だし」
———え……あ……そんなこと言われても……。急には難しいです。
「絢里もだよ!『桜小路さん』なんて呼ぶから青葉も固くなるじゃん。『青葉』って呼びなよ」
鈍感美羽はこういうことには敏感だ。
「確かに。それもそうだね」
絢里はあごに手を当てながらうなずくと、
「じゃあ改めて。青葉、敬語じゃなくていいよ。同級生だし」と訂正した。
———律儀な人だ。
「あ……うん」
———あ、自然に『うん』って言っちゃった。
「ほらほら! 敬語じゃなくなった!! やっぱ呼び方絶対あるって! 青葉も『小島さん』じゃなく『絢里』って呼ぶんだよ」
———いきなり難度高っっ! 美羽、なんつー無茶振りをしてくるんだ?
「……絢里…さん」
「『さん』いらない!!」
———そう言われても自然に『さん』が出て来ちゃう。
「絢里…さ…」
「いらない!!!」
「あ……やり」
「違う違う。その言い方じゃあ、そこに偶然槍があって『あ、槍だ』って言ってる人みたいだから!」
美羽ワールド全開。思わず笑ってしまった。
「偶然槍があるってどんな設定?」
「そういうこともたまにあるじゃん。はい青葉、後に続いて言って『あ・や・り』」
軽く流されたが、本当は『たまにもないよ!』とツッコみたかった。
だけど、なぜか美羽は真剣だ。やらないといけない雰囲気を感じる。
「あ・や・り」
「よし、やればできる!」
私たちの掛け合いが小島さんのツボに入ってしまったようで、「美羽、親みたい」と、お腹を抱えて笑っていた。
「とにかく青葉、私のことは絢里って呼んでね」
小島さんは私の肩に手を置いた。まだ笑いが収まっていなかったけど。
「同じ謎を究明する仲間じゃない」
笑顔で言う小島さん。
そのとき———
小島さんの笑顔が美羽の笑顔と重なるように見えた。
この人には心を開いていいのかもしれない。
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