「世界と世界をつなぐもの」第3話 ②
会議に行くと、入口でテーマ案の提出を要求されたので、さっき思いついたテーマを書いて提出した。
「ねぇねぇ、青葉なんて書いたの?」
「え? あぁ……」
美羽に言おうとしたとき、誰かが近付いてきた。
「桜小路、あのときの活躍をまた頼むよ」
前学祭実行委員長の長谷川さんだ。
次の実行委員長は、このミーティングで立候補者が出揃い、その中から決まることになっている。採用されたテーマの提案者は『テーマの意味を最も理解している人』ということから、無条件で実行委員長候補になるらしい。
「———よ、よろしくお願いします」
最後の方は常人には聞き取れないほど、か細い声になってしまった。
顔が自然と下を向いてしまう。
長谷川さんはその一言で立ち去ったけど、やっぱり緊張する。
「ね、青葉。何でそんな感じになっちゃうの? ウケるんだけど」
自分への態度とのギャップがすごすぎて、コントでも見ているみたいに美羽には映っているようだ。
「自分でも分かんないよ。知らない人を見るとどうしても———」
途中で美羽が声をかぶせてきた。
「待って、長谷川さんは知らない人じゃなくない?」
「それはそうなんだけど……」
私にとっては『気心が知れない人=知らない人』という感覚だ。その感覚が理解できない美羽には疑問でしかないらしいが、それも私のおもしろさと美羽は受け止めているようだ。
「とにかく席に着こうか」
ちょっと笑いながら美羽は私を促した。
「ねぇ美羽、長谷川さんが言ってた『あのときの活躍』ってなに?」
ずっと疑問だったことだ。なぜ私は長谷川さんに高評価なのか?
「え? あのときのに決まってるじゃん」
美羽は意外そうに答えた。
美羽の中では……というより、学祭実行委員会の中では伝説になっているらしい。
「『桜小路青葉キレキレ伝説』って呼ばれてるんだよ」と、美羽はその伝説を語り始めた。
美羽の話を要約するとこんな感じだ。
普段、実行委員の中でも美羽以外とほとんど話すことがなく、話したとしてもうつむいてボソボソ話すだけの私。
ところが昨年の学祭2日目、忙しすぎてみんながパニックを起こしそうになっていたときに冷静な顔でみんなに指示を送り始め、自身も適所へのヘルプに入る。それを一連の流れのように繰り返す。指示も的確、ヘルプも正確で素早い。
あまりの豹変ぶりにみんな面食らったらしい。
そのときに見せた青葉の姿を『キレキレ青葉』と学祭実行委員では呼んでいる、とのことだった。
「あぁ、あの時のことか」
青葉にも、もちろんその時の記憶はある。しかし何となく横から眺めていたような感覚があって、『自分が仕切ったぞ』という感覚があまりない。
白昼夢を見ていたようなフワフワした感覚が記憶の中に残っている。
しかしあれが伝説になっているとは……。
みんなにそんな目で見られていたら恥ずかしいな。とりあえず、なるべく人の目に触れないように美羽の陰に隠れておこう。
コソコソと身を低くする私を、美羽はニコニコしながらそのままの態勢で迎え入れた。隠れるのに協力してくれるらしい。
「美羽、実行委員長選挙に立候補したよね?」
隠れながら美羽に問いかけた。
「うん! 青葉には前から言ってたよね。あたし実行委員長になるが夢だから」
希望に満ちた顔だ。美羽は1年生の時からずっと言っていた。
以前から、面倒くさくなりそうなことを遠ざけて生活していた私にとって、特に見返りもないのにそのような役を買って出ようとする美羽の気持ちがまったく理解できなかった。だから美羽に聞いたことがあった。
『なんで実行委員長になりたいの?』
すると美羽は無邪気な優しい笑顔で
『あたし、笑顔を見るのが大好きなんだ。だからね、みーんなが笑顔になって帰って行ける、そんな学祭にしたいの!』
と、答えたのが印象に残っている。
それを聞いたときから、美羽が委員長になるのを応援しようと思っていた。
美羽なら絶対楽しい学祭を作ってくれる。
そう確信したから。
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