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「世界と世界をつなぐもの」第3話 ④

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「はい」
 呼びかけに応じて立ったら、今日最大級の

 おおおおおお〜

というどよめきが起こったが、なぜか今の私に動揺はない。 

「キレキレ青葉だ!」
 美羽のつぶやきが聞こえた。
 ふと見ると、期待に満ちた目で美羽が見ている。
 今の私は、それを見ても微笑む余裕があった。

「私は昨年、グランドフィナーレの花火の時に疲れからか、めまいがしました。隣にいる美羽と同じタイミングで。その体験を思い出したので『ゆらぎ』にしました。」
 場内に笑いが起きた。
「めまいかよ!」
「真面目な顔して何のカミングアウト?」

 ———ここは前振り。気持ちを入れ替えよう。

 深呼吸を一つ。前を見た。

「世の中はゆらぎに満ちています。世界情勢はいつもゆらいでいて、そのあおりを受けているのはいつも社会的弱者です。環境問題もそうです。正しい基準はコロコロ変化し、その度に振り回される世界中の人々。我々学生は自分のやりたいことや進路、テスト、成績などの間で日々ゆらいでいます。しかしゆらぎは悪いことばかりではありません。1/fゆらぎは人の精神に安らぎをもたらします。木々が風にゆらめく姿は芸術ですらあります。そんな様々な面を持つ『ゆらぎ』を、大学生である今の私たち一人一人の心の投影として、様々な表現をする。それが一つになった時、素晴らしい作品になるのではないか。ゆらぎを肯定的、発展的に捉え、それぞれのゆらぎを共有することが我々の成長につながるのではないか。そう考えてこのテーマにしました」

 静まり返る場内。

 軽く礼をして着席した。

 一拍置いて、誰からともなく拍手が鳴り出し、それは大きなうねりとなって会場中に響き渡った。

「青葉すごっ! ヤバっ! そこまで考えてたの? すごすぎなんだけど! めまいだけじゃなかったじゃん!」

 口から出てくる言葉を並べ連ねただけの最大級の出まかせだった。それなのにこんなに感心されると少し後ろめたい気持ちになる。
 でもそんなことを言える雰囲気でもない。今はとりあえず賞賛を受けておこう。

「あ、うん、ありがとう」
 その瞬間、みんなが言う『キレキレモード』は終了したらしい。
 そそくさと美羽の陰に隠れた。

 投票の結果……。

 ———ゲッ!!

 『ゆらぎ』は過半数の票を集める圧勝だった……。

「来年度の学祭テーマは『ゆらぎ』に決まりました」
 小島さんが高らかに言うと、場内には拍手が起こった。そして改めて前学祭実行委員長の長谷川さんが壇上に登る。
「桜小路さん、圧倒的なプレゼン力だな!でも良いテーマだと思う」
 何人もの人がうなずいていた。
「青葉、おめでとう!」
 呆然として何も言い返せない。
「でもこれでライバルになっちゃったね」
 美羽は複雑な表情を浮かべた。

 愕然とした。

 決定したテーマの発案者は無条件で実行委員長候補となるのが決まりだ。
 美羽はすでに実行委員長選挙に立候補している。

 美羽を応援するつもりだった。それなのに何で私が候補者になるの?

 心の中で嘆いた。嘆いても仕方ないが、嘆かざるを得なかった。

 自薦の美羽と、3年生の推薦を受けた池畑輝いけはたあきらという経済学部の2年生がすでに立候補を表明している。そこにテーマ枠で残念ながら選出された私を加え、三つ巴となった実行委員長選挙は2週間後に行われることになった。


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