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「学校非公認 R駅伝部」第2話

 思い思いの準備をして、みんなスタートの場所に集まった。
「一斉にスタートするぞー。ラップは1秒ごとに読み上げていくから各自確認すること。」
「はい!」
「了解ッス。」
「御意!」
 伊坂の指示に、手を上げるだけ、うなずくだけの返事も含めてそれぞれが応答した。かなり自由な環境で練習していることがうかがえる。
 みんな一列に並んだ。
 直進もその中で静かに号令を待った。
「ヨーイ、スタート!」
 その瞬間、直進を除いてみんな全力ダッシュのような速さでスタートした。
 最初だけダッシュして注目を浴びたがる目立ちたがり屋がクラスに1人はいるけど、この集団はみんなそんな人達なのか?
 直進は驚いた。
 こんなスピードで1500mも続くはずがない!
 そう思った直進は自分のペースで走り始めた。一瞬のダッシュだけで終わらないかもしれない。そんな雰囲気を感じていたが、その考えを無理に打ち消した。
 なるべく離されないように少しスピードを上げておこう。必ずペースが落ちるから、その時に少しずつ追いつけばいい。
 直進はそんな青写真を描いたが…。

 差はどんどん開いていく。
 直進が今まで「速い」と思っていたスピードとは全く別次元の速さだ。
 「必ず落ちる」と思っていたペースがほとんど落ちない。
 周回遅れにこそならなかったが、直進が3周目に突入してまもなく、颯志がゴールした。それに秀が続く。
 直進が2週目を通過した時が4分10秒だったから、4分20秒くらいでゴールしていることになる。
 そんなばかな!速すぎる!
 直進の前を走っているのは天翔のようだ。順位が1つ前とは言っても半周以上先にいる。もうゴールに近い。
 直進は少しでも追いつこうと必死に走った。息が苦しくてどうにかなってしまいそうだった。
 もうこれ以上走れない。全力を振り絞ってゴールに入った。
 タイムは6分12秒。
 天翔は4分53秒だったらしい。
「葛西って言ったな。この集団と練習できるか?悪いことは言わない。やめておいた方がいい。」
 今まであまり声を出さなかった2年生の先輩が声を掛けてきた。今は制服ではないので名札を見ることはできないが、確か2年生だった。
「……。」
 直進は顔を伏せて体を震わせていた。
 あまりの実力差にショックで泣いているのだろう、と思った秀は、直進を慰めるように声をかけた。
「颯志が誘ったのかもしれない。それがなければ西積中に進学したのかもしれない。でもな…」
「みんなすごいです!!!」
 直進の声は力強く、嬉しそうに響いた。
「へ?」
 みんな目が点になった。
「俺もこうなりたい!みんなと練習したい!」
 顔を上げた直進の目はキラキラしていた。
「いや、だから……。」
 その意外な反応に秀は戸惑いを見せた。
「俺、頑張ります!もっと速くなります!!だから入部させてください!!」
 ………。
 まさかの答えにみんな唖然とした。
 一瞬の沈黙が流れる。
 すると、伊坂が高笑いしながらこう提案した。
「よし、じゃあ1ヵ月やろう。1ヵ月だけ仮入部させる。1ヵ月後に行うTTでせめてセンゴを5分30秒台に乗せること。そうしたら正式に入部を認める。ダメなら諦める。それでどうだ?」
「ちょっと、伊坂さん!」
 伊坂の決定に反論しようとする人が何人かいた。
 直進はそれを無視するように、そしてかき消すような大声で叫んだ。
「わかりました!頑張ります!!」
 本当ならすぐに諦めさせるべきだろう。伊坂は思った。しかし、あれだけ差をつけられて、まったく歯が立たなかったのに「自分もこうなりたい」と入部を懇願する精神力と向上心は…もしかして…。
「面白いヤツだな。」
もう少しコイツを見てみたい。伊坂は直進に可能性を感じていた。
 こうして直進は仮入部することができた。しかしたった1ヵ月でタイムを40秒縮めることがどれだけ難しいことか、この時の直進には知る由もなかった。

 仮入部から半月ほどが過ぎた。
 直進は毎日R駅伝部に来てはいたが、元気が良かったのは初めのうちだけで、1週間が過ぎた頃から少しずつ口数が少なくなっていった。
 いまだみんなの練習には全くと言っていいほどついて行けてはいない。むしろ、最近は仮入部当時よりも更にタイムが落ちているようにさえ感じる。
 練習が終わると、直進はうつむいて何も話さないですぐに帰った。
 疲労からか、フラフラして足元もおぼつかない。
「あいつ、1ヵ月持たないな。」
 ふと秀がつぶやいた。
「なぜそう思う?田村?」
 伊坂が問いかけた。
「もうはっきりしているじゃないですか。最近では元気さえなくなって、もう来たくなくなっているんじゃないですかね?」
 秀の言葉を聞いた伊坂は遠くを指した。
「西積小の近くにサイクリングロードがあるだろ?そこに行ってみるといいよ。」
 伊坂はそれ以上何も言わなかった。

 同じ市内とは言え、西積小までは自転車で30分くらいかかる。しかし秀はそれでも伊坂に言われた真意を探るために行くことにした。ちょうどその会話の場に居合わせた天翔と一緒に。
 サイクリングロードは暗闇に包まれつつあったが、そこに人影があった。
「あれ、まさか…。」
 秀が見た人影、それは直進だった。
 直進にとっては明らかに速いペースで走っている。
 ゼイゼイ言いながら数百メートル走り、ゆっくり走りながら戻ってまた速いペースで走る。それを繰り返していた。
「あいつ、練習が終わった後に自主練していたのか?」
 直進に気付かれないように隠れながら、天翔は驚きの声を上げた。
「そりゃ疲れているわけだわ。しかもあんな速いペースでインターバルして。」
 秀もあっけにとられていた。
「インターバル?」
 天翔が疑問を投げかけた。
「え?お前知らないの?インターバルやったことあるだろ?」
「すいません。俺、カタカナ弱くって。」
「インターバル走は速いペースで何百mか走って、ジョグでつないで、また速いペースで走ってジョグして…って繰り返すトレーニングのことだよ。」
「あ~!あれっすか。」
「トレーニングの名前くらい覚えておけよ!」
 ちょっと声が大きくなったのでハッとして直進の方を見た。大丈夫。気付いていないようだ。
 暗がりに直進の足音と息遣いが響いている。
「この1ヵ月で本気で俺たちに追いつこうとしているのか。」
 来たくなくなったわけではなかった。むしろ逆だった。認めてもらうため、仲間に入るため、必死に自分なりの努力を続けていたのだ。
 それ以上何の会話もなく、2人は直進の姿をしばらく見ていた。
「俺、家に帰ったらもう少し走ろうかな。」
「俺もそう思っていました。」
秀がボソッとつぶやいたのに対して、天翔も同意した。
 2人は、直進の姿に胸の中の熱いものが掻き立てられるような、そんな気持ちにさせられていた。

 それから数日後、颯志は日課である朝のジョギングに出かけようとしていた。
 しかし、いつも同じコースだと気分が乗らなくなるから、色々な道を走ることにしていた。
「今日は西積方面に行くとしよう。」
 いつもとは逆方向だ。何か新しい発見でもあるかもしれない。颯志はちょっとワクワクしながら走っていった。
 河川敷の道路。前方に年配の人が走っているのが見えた。毎日走っているのだろう。速くはないが、洗練された走りをしている。
 向かい側から走ってくる人も見えた。
 結構走っている人が多いんだな、こっちは。
 そう思っていたとき、前を走っている年配の人の声らしきものが聞こえた。
「毎日お疲れ様!頑張ってるね!」
 向かいから走ってくる人に声をかけたらしい。
 それに会釈して通るその人は…
 葛西…?
 颯志はその姿を見たとき、何となく会ってはいけない気がして、瞬時に道を変えた。
 あいつ、朝も走っておるのか…。
 この前、秀が言っていた。
 葛西は「部活」が終わった後、帰ってからも練習をしている、と。
 本当に本気なのだな。朝に走り、放課後には俺たちと走り、帰ってからも走って。もうすぐ仮入部から1ヵ月。葛西はこれを毎日していたのだろうか?
 颯志は遠ざかる直進の後ろ姿を見ていた。
 1日や2日なら誰でもできるかもしれない。しかし、1ヵ月間毎日こんなめちゃくちゃな練習量を続けられるヤツがどれだけいるだろう?
「やばいな。あやつ。」
 颯志は思わず口元がほころんでしまう自分を抑えることができなかった。

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