祖父は嘘つきで、いつも出鱈目な歌でみんなを笑わせるのが好きだった。 古い畳と整髪料の匂いが染みついた祖父の部屋。 ごろりと寝転がって天井の染みを見て、「うちの天井には鬼が住み着いているから悪いことはしたら食われるぞ」と祖父がついた嘘を思い出す。小学校に上がる前までは、祖父が何度も繰り返しそう言うものだから本当のことだと信じきっていた。 それから10年以上たった今も鬼の姿なんて一度も見たことはないし、他にも祖父が語っていた便器に住むタコも窓に映る少女の姿も見たことはない。
交通事故にあいました。 療養中です。 あいたた
当たり前のこと過ぎて、誰も意識していないだけかもしれない。 それとも、もしかしたらみんながそれを誰かから教えてもらうときに私だけ聞きもらしてしまったのかもしれない。 ちょっと時計の針の音が気になって壁にかかった時計に視線を移している隙に、ずっと我慢していたくしゃみをして一瞬だけ目をつぶってしまった瞬間に、私は気づかぬうちに重大な失敗をしていたのかもしれない。 たとば、電車やバスに乗って目的地に向かうとき。 乗るべき場所で乗るべき時間に乗車して、降りるべき場所で降りるべ
不思議な記憶がある。 小学生の頃、私はひとりで遊ぶのが好きな子供だった。学校からの帰り道、家とは真逆の方向に足を向けて、自分の黒い影を追いかけて目的もなくただ歩く。 伸び縮みする影の様子が面白くて道路に視線を落として歩いていると、道端に咲く名前も知らない小さな花を見つけた。もっと綺麗で珍しい花が見たくて、次の花を探そうと民家の生け垣や電信柱の脇に咲く花を追いかけているうちに、いつのまにか知らない住宅地に迷い込んでいた。 どれもよく似た色形の家々が規則正しく並ぶ風景に工場
彼女には、「倉」がある。 その「倉」はとても安全で、誰もが隠しておきたいものを彼女に預けにやってくる。 彼女は、それがどのようなものであったとしても、一度預かったものには関心を持たず、ただ静かにそっと保管するだけだ。 私が彼女に初めて出会ったのは、まだ小学生の頃だったと記憶している。 場所も時間も、もうあまり覚えていない。ただ覚えているのは、ひとつの奇妙な光景だけだ。 私は固く握りしめた手のひらをこじあけて、真新しい消しゴムを彼女に渡した。 彼女はそれを受け