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農業は最先端産業である

植物を製品とする製造業が農業です。製品を製造するためには原料を投入しなければなりませんが,幸いなことに植物は自らの主要な構成元素である炭素(C)を光合成により大気中の二酸化炭素から作り出すことができます。

しかし,生物の体は炭素のみでは出来上がりませんから,必要な元素は肥料として供給してあげなければなりません。その代表的な元素が窒素(N)・リン(P)・カリウム(K)です。

窒素は代表的タンパク質であるアミノ酸やDNA,RNAなど重要な細胞の構成要素の一つです。光合成の活性に大きく関わっていて,葉緑体に多く含まれるため,「葉肥」と呼ばれたりします。

リンは核酸や細胞壁に含まれ,細胞内でエネルギーのやり取りをすることに関わっています。発芽や開花に大きな影響与えるため,「花肥」や「実肥」と呼ばれます。

カリウムは植物の体を構成する細胞にはありませんが,水の中にイオンとして存在し,その濃度差によって根から水を吸い上げる仕組みとなっています。そのため「根肥」と名がついています。

これら植物にとって重要な元素を肥料として投入しなければならないのですが,原料はほぼ輸入です。そしてその価格はここ最近急騰しているのです。
下図は肥料製造の原料となる物質,尿素(窒素),リン酸アンモニウム,塩化カリウムの価格の推移です。

1年前の3~5倍の価格になっている上に,上昇のトレンドはまだ落ち着きを見せていません。

でも何故輸入しばかりなのでしょうか?それはそれぞれの製造方法に理由があります。

尿素(窒素)
水素と大気中の窒素を合成させてアンモニア(NH3)を作ります。さらにこれを二酸化炭素と合成させることにより尿素(NH2COONH4)を生成します。ちなみにアンモニアは常温で気体であり取り扱いに厳重さが要求されるため,個体である尿素に変換しています。
これだけならどこでもできそうですが,水素の原料が石油,天然ガス,または石炭で化石燃料です。またアンモニア合成には大きなエネルギーが必要になるため、エネルギーコストの高い場所では採算が合いません

リン酸アンモニウム
天然に産出されるリン鉱石を酸に溶かしてリン酸とします。したがってリン鉱石が産出されるところでなければ製造できません。かつて日本でも南洋の離島で鳥の糞を起源としたリン鉱石を産出していましたが,現在採掘は行わらていません。現在のリン鉱石の大部分は石炭と同じく古代の植物が由来です。

塩化カリウム
こちらも天然に産出される塩化カリウムを多く含む岩塩を原料とします。いったん水に溶かした後,不純物を取り除き濃度を高めて精製します。海水や海藻からも同様の方法で取ることはできますが,コストの面から工業的には採用されません。

以上のように,肥料の原料を日本では大量に生産することができないのです。そして,その輸入国が下図の通りになっています。

引用:農林水産省 肥料をめぐる情勢 2022年4月

個別国の事情には触れませんが,安定的に輸入ができるかどうか疑問符がつくのではないでしょうか。

これら肥料の事情には当然農林水産省も気が付いていて,2021年に策定した「みどりの食料システム戦略」の中で,「2050年までに輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用を30%低減する」との目標を掲げています。

しかしこれはハードルが大変高いのです。化学肥料の代替となる肥料は有機肥料と呼ばれ,家畜の糞や食料残渣などが原料となります。
そのデメリットは,第一に成分のコントロールが容易ではないことです。化学肥料は窒素○%リン○%など製造工程においてコントロールできますが,有機肥料ではそれを一元的にできません。
また有機肥料は副生的に発生するものが主ですから,必要量が必ず確保できるかも明確ではありません

冒頭に記したように農業は植物を製品とする製造業です。生産計画に基づき適切な原料を投入しなければなりませんが,その原料の成分がはっきりせず,いつ必要量が手に入るか分からないではとても成り立ちません。

しかし,我々人類が生きていく上で食料は絶対に必要であり,農業が無くなることはありません。だからこのチャレンジングな目標に対してイノベーションを起こさなければならないのです。

農業はチャレンジングでイノベーティブな最先端産業に間違いありません。


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