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高島でお試し暮らし 〜肌で感じた地域性の話し〜

こんにちは。のぐもんです。
今回は地域に触れて肌で感じたことを書こうと思います。
個人的な視点強めな内容のため、万人に伝わるものでないと思いますので感想文みたいなものと思って読んでみてください。

つながる、そしてここでの可能性が感じられるかどうか

私は職業的なことも絡んで誰かと協働することに強い興味を持っています。
今回の短期移住においても誰かと共に何かをするきっかけづくりと思って応募しました。

今までは仕事としてそうした取り組みをしてきていますが、ここ何年かは個人としても誰かの役に立てるのではないかと感じていて地域のプレイヤーと面白がりながら地域のことができたらいいなぁと日々妄想してきました。

ここは平安からつながっていた

最初のnoteにも書きましたが、私は生まれも育ちも東京。家はおじいちゃんが戦後に土地を買って建てたので長い年月つながってきたという感覚がない、ということにこの短期移住で気がつきました。

滋賀は国宝や重文の仏像や建造物がわんさかあって、滞在6日目に仏像好きなパートナーと高島より北にある長浜市へ家族で足を運びました。

長浜市は観音菩薩像がとてもたくさん安置されていて、神仏習合が浸透している地域です。お坊さんがおらず、地域で輪番でお寺の掃除や参拝の対応をするところも多くあります。

お江さんについて語り出す地元のおじいちゃん

最初に訪れたお寺の近くのお土産屋(休業中)のおじいちゃんがまず最初の驚きでした。

駐車場からお寺へ歩いていると「戻ってきたらオゴウさんの生まれた山が見れるから寄ってな」と声をかけられました。はーいと言ったもののあまり中世の歴史や大河ドラマに興味がない私は「はて?」と思いながら後でパートナーと話して「あ、戦国時代の話しなのね」とようやくきづきました。

お寺で拝観して戻ってくると、こっちこっちとおじいちゃんに導かれて田んぼの中へ。
あの山がお江さんが生まれた山だと教えてくれました。その後もつらつらと信長がどの山を通ってなんの戦いに向かっただのと話していました。

おじいちゃんの語りぶりは友達のことを紹介してくれているかのようでただの歴史好きとは全く違う空気感かなんだか不思議でした。

近くの博物館では戦乱の世に仏像を守るために地域の人で仏像を川に沈めたり、土に埋めたりして守り続けたというような展示を見て戦火の中、民が必死に仏像を守った跡が飾られている仏像から感じられ、なんだか込み上げるものが。

その後別の拝観でも無宗派のお寺で町の人がガイドとなり説明をしてくれたり。地域と共に生きる重文の仏像を見ました。

長浜での衝撃後に比叡山や福井のお寺もいくつかまわりました。長浜ほどの衝撃はないものの、つながりは平安からスタートしているお寺が多く、鎌倉時代から使われている建造物をいまも使っているお寺もありました。

誰かとだけでなく肯定的に地域とつながる喜び

高島の人と話しても高島の大溝城は琵琶湖を囲む4つの城の一つというのをあちこちで聞いたり。とにかく時代の尺が全く自分の生きてきたものと違うことに驚くと同時に感動しました。
時代と個人がこんな繋がり方があるんだと。つなげてきた結果がこの地域性だったり、地域への愛着だったりなんだろうなぁ。

そうでない捉え方もあるというのは理解しつつ、私は肯定的に捉えてつなげたい派だなと。気持ちがいいこの高島という地域をいい形でつなげていくお手伝いができたらいいなとも思いました。

アイデンティティが琵琶湖と歴史というその背景が私にとってはとても魅力的に感じられましたし、より知りたい地域に変わってきています。

とても衝撃をうけた長浜市の赤後寺から撮影

次回は何書こうか…
いよいよ短期移住も終盤です。

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