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ハーゲンハッツ


友達「見ろよ、花火大会のポスター貼ってあんじゃん」

〇〇「うわー、やめろよ。彼女もいないのに虚しくなるだろ」


高校生3年生、1学期の終業式後の帰り道。

期末テストの結果がふるわず、恐らく補習が確定している俺への当てつけのように、公民館の掲示板にそれはデカデカと貼ってあった。


……そんな、嫌味のこもったポスターであって堪るかよ。

心の中で突っ込むが、盛り上がる友人たちは俺を見てニヤニヤと笑いかけてくる。


友達A「おまえ、誘わなくていいのかよ?」

友達B「毎年玉砕してんじゃなかった?」

友達C「だって、高嶺の花だもんなぁ」


勝手なことを言ってるが、俺はそれをすべてスルーして足早に帰ることにした。

??「〇〇!」

自宅について、ドアを開けようとすると門扉の外から声を掛けられた。



俺の名前を呼ぶその声だけで、誰かなんて分かるけれど、心臓はドキッと高鳴る。

井上「この前貸してくれた漫画の続き借りていい? 気になって仕方ないんだけど」

〇〇「ん、いいよ。入れば?」

井上「お邪魔しまーす!」


嬉しそうに門扉を開けて入ってくる彼女に思わず口元が緩みそうになるのを抑えながら、ドアを開けた。

本当にこいつは、警戒心というものを持ち合わせてない。

小学生の時から向かいに住んでいて、腐れ縁だからって、のこのこ部屋に上がってくる。

〇〇「和、今日ひとりで帰ってきた?」

まだ両親は仕事でいない。

静かな空間の中、階段を上がるふたりの足音だけが響く。
井上「そうだけど、なんで?」

〇〇「帰ってくんの早いなと思ったから」


井上はもう制服から私服に着替えていて、ショートパンツからのぞくスラリとした白い足にどうしても目がいってしまうのは許してほしい。


井上「そう? 確かにホームルーム早めに終わったけどさ。彼氏とも別れたし待つ相手もいないから、さっさと帰って漫画でも読もうかなって思ったの」

〇〇「は?」

井上「いざ読もうとしたら、続きがないから〇〇が帰ってくるの待ち伏せしてた」


ケラケラと笑いながら慣れたように俺の部屋へと入っていく井上を追うけど、頭は大混乱していた。

……マジで? 彼氏と別れた?

井上「えっと、何巻まで借りてたっけ……。ん〜っと……あ、あった!

井上「ねぇ、〇〇今ここで読んでいい?」

〇〇「……えっ、あ、いいけど」

井上は袋から漫画を出し本棚に戻してから、続きの漫画を手に取って読み出した。

……爆弾発言しておいて、お気楽なもんだ。


集中して漫画を読む井上を、バレない程度に盗み見る。


扇風機をつけると、真っ直ぐな黒髪がサラサラと揺れた。


その横顔に思わず見惚れてしまうくらい綺麗で、高嶺の花だと言われるだけある。

〇〇「……なんで、別れたんだよ」

井上「…………」

〇〇「聞いてる?」

井上「……え、なんか言った?」


クリクリとした大きな瞳が一瞬だけこちらに向けられる。

俺が黙ったままでいると、不思議そうな顔で首を傾げて、また漫画に視線を戻してしまった。

ほんと、無防備すぎて嫌になる。

目の前にいる好きな子が「彼氏と別れた」なんて聞いて、普通でいられるほど大人じゃない。

井上には、中学生の頃からあまり長い期間途切れることなく彼氏がいた。

元彼は多分先輩だった。ついさっき別れたと言っていた元彼は、俺と同じクラスのヤツだったはず。

高嶺の花だと言われるが、気さくな性格をしているからモテるし、そんな井上に言い寄ってくる男たちはだいたい整った顔をしていた。


不本意ではあるが、友人の間では俺はただの腐れ縁でとっくに玉砕してると思われているし。

そもそも告白したことはないので、玉砕とは言わないと思う。これはちょっとした意地だけど。

井上「ダメだぁ!どんどん読んじゃう!

井上「〇〇、最新巻まで全部借りていってもいい?」

〇〇「ん、いいよ」

こうやって井上が俺の部屋に上がり込んでくるのは昔からで、彼氏がいるいないに関わらずよくあることだった。

でも、歴代の元彼の中で、俺との関係を疑われて破局……なんてことは多分なかった。知らねーけど。

井上「ありがとう! 明日から夏休みだし、最高だね〜。また近いうちに返しにくるね」

彼氏と別れたばっかりと思えないくらいハツラツと楽しそうな井上に、疑問が募る。


なんで別れた? なぜそんなに元気なのか?


夏休みの学校

〇〇「あっち〜〜、むり……」

〇〇「おま、下敷きで仰ぐのずりー!貸せよ!」

夏休みに入ったのに学校にいて、側では小学生みたいな会話が繰り広げられていた。

期末テストの赤点補習。たった数点届かなかったせいで、こうして補習を受けている。

友達A「〇〇は下敷き持ってねーの?」

〇〇「ない」

友達A「声が冷たすぎる。どした?」


一応心配そうに見てくるふたりだが、先週の井上のことを話したって、信じてもらえない気さえする。


家に遊びに来る仲だとは到底思ってもなさそうだし。


井上はというと、元気に漫画を借りていったのを見て察するが、補習なんかない。今頃家で漫画を読んでるんだろうなぁ。


〇〇「トイレいってくる」

友達B「カラオケ寄って帰ろーぜ!」

〇〇「わり、今日はパス。先帰ってていいからな」

井上のことばかり考えてしまって、ひとりでいたかった。


そして、教室があまりにも暑いから、図書室に避難しに行こうと思った。

ーーガラッ


ひやり、とクーラーの冷たさが肌に触れ、生き返った感じがした。


なんか適当に本借りて帰るかな。 と、小説コーナーに足を向ける。


井上「あれ、〇〇じゃん! 補習終わったの?」

〇〇「っ、え、和?」

制服姿で、手に数冊本を持って微笑む井上。



驚いた。 こんな偶然あるか?


〇〇「まさか、井上も赤点……?」

井上「失礼な。夏期特別講座に申し込んでたから、あたしもそれがさっき終わったところなの」

むう、と頬を膨らませて怒ってみせるけど瞳は笑っていて、癒されてしまう。

赤点の補習と特別講座。同じように制服を着て学校に来ていても、天と地ほど違う。

井上はまた本を1冊手に取りながら「夏休みは空いてていいねー」と笑う。


漫画も小説もどれだけ読む気なんだろう。

〇〇「……借りたら、帰るのか?」

井上「そうだなー、とりあえずこれだけ借りれたし帰ろうかな」

〇〇「じゃあ……いっしょに帰ろ」

井上「〇〇がそんなこと言うのめずらしー!いいよ!待ってて、これ借りてくるね」

ドッドッドッと異様な速さで心臓が鳴る。

井上はあっけらかんに笑って、カウンターのほうへ行ってしまった。

ーー帰り道、井上を花火大会に誘いたい。

ぐだぐだと考えていてもダメだ。いま、行動を起こさないと、井上はすぐ遠くへ行ってしまうんだから。

図書室を利用する本来の目的なんかすっかり忘れて、決意を改めていると「怖い顔してどうしたの?」と井上が戻ってきた。


いっしょに花火大会いこう。そう言ったらきみは、どんな顔をするのかな。

ハーゲンハート

幼なじみの彼は、どこか冷めていて、名前の通りな男の子だ。


クールな雰囲気に周りは近付きにくい感じだし、あんまり恋愛にも興味がないように思えた。


モテるのに、好意に気づいてないし、きっと顔の良さも自覚してなさそう。


今まで付き合ってきた男の子たちから「あいつと一緒にいすぎじゃね?」「どっちが大切なんだよ」って、そういう類いのことを何度言われたことか。


つい先日別れた彼からは「井上に好かれてる気がしない」なんて、とんでも失礼な理由いわれたし。

……確かに、告白されて「お試しでもいいから」って言われて付き合った節はあったけど。


井上「暑いねぇ」

〇〇「……アイスでも食って帰るか」


特別講義のあと図書室にいると、暑さに弱い〇〇は案の定やってきた。

一緒に帰ることになり、隣を歩く〇〇はいつも以上に無口でちょっと様子がおかしい。

どうしたんだろう?

ふしぎに思いながらも、帰宅途中にあるコンビニに寄り道をした。


アイスを吟味する〇〇の横顔をこっそり見ながら、ふと考える。

ーーあたしにとって、〇〇は昔から特別だった。

なんていうんだろう、家族みたいな、親友みたいな。


でも、〇〇にもいつか彼女ができたり……。
そしたらあたし、いっしょには居られなくなるのかな。

〇〇「和?どした?」

井上「いやっ、なんでも……。もうアイス決めた? あたし、これにしよっと」

〇〇「やっぱチョコか。じゃ俺が奢ってやるよ」

井上「やった〜!ありがとう!」


〇〇にドキドキしたことはない、って言えば、ウソになる… でも…


これからも…友だち以上恋人未満、みたいな関係なんだろうな。


ーーそれは、ふたりともアイスを食べ切った時だった。

〇〇「待って」

立ち上がろうとしたあたしは、〇〇に手を掴まれた。

アイスを食べたばかりで、その手はひんやりとしている。

井上「っ、わっ、なに……」


コンビニ前で、女は立ち、男は座ってる、どんな2人組に見られるんだろうか。

あたしをじっと見る〇〇は、必然的に上目遣いになっていて、ドキッと心臓が跳ねる。

〇〇「あの、さ……」

井上「ん?」

〇〇「どうしても、言わないといけないことがあって」

井上「な、なあに……?」

そんな言い回し、こわすぎる。

なんだかんだケンカすることなく穏やかに過ごしてきたと思うけど、〇〇を怒らせた?

……それか、彼女ができた?

彼氏がいたって〇〇と過ごすことは日常だったけど、同じことを〇〇に押し付けることは、できるわけがないし。

〇〇「井上」

その、あまりにも優しい声に、勘違いしてしまいそうになるーー。




アイスを食べたらすぐに帰ろうとする井上に慌てて、その手を掴んでしまった。

……

沈黙の時間が過ぎる。

井上「な、なんなのもう!気になるじゃん」

〇〇「ごめん」

井上「謝らなくてもいいけど……」

〇〇「………」

井上「だから、黙らないでよ」


咄嗟に掴んでしまった手は離されることなく、井上はまた隣に腰を下ろした。


両手で、俺の手を包んで、じっと目を合わせてくる。

井上「ほら、ちゃんと聞くから、言ってよ」

俺をドキドキさせるには十分、いや破壊力がすごすぎて、何を言うのか忘れてしまいそうになる。
しっかりしろ。


〇〇「俺といっしょに花火大会いこう」

井上「……へっ」


井上は一瞬目を丸くしたあと、声あげて笑った

井上「なんだぁ、そんなこと……」

そんなことって、俺には一大事だったのに。

本当に何とも思ってない。俺の好きな人。


井上「いいよ、いこう!屋台もたくさん回りたい」

〇〇「はは、メインは花火だろ?」

井上「そうだけど、屋台楽しいじゃん。付き合ってよね」


イタズラっぽく笑う井上に、俺は一生勝てない気がした。

どっちのほうが好きかって勝負なら、俺が圧倒的だろうけど。

〇〇「井上がやりたいこと、ぜんぶ付き合うよ」

今年は、忘れられない夏になりそうだ。


〇〇「ちなみに、さ……」


井上を花火大会に誘うミッションを達成したからか、ふわふわと浮き足立っているような感じだった。


無敵に思えてくる。 根拠もないのに。

井上「えー、なあに?」


コンビニから家までの、通学路をふたり並んで歩く。



日が長くなって、まだまだ明るい。


〇〇「友だちとして、誘ってないから」


井上「…………」

〇〇「ずっと、井上が……」

ここで告白なんてして、いっしょに花火大会行けなくなったらどうするんだ?

なんて、考えは過った気がするけど、すぐに消えていった。

だって、井上の、表情が。

〇〇「井上、おま、顔、赤……っ」

井上「ウソ、違う違う!暑いだけだってば」

〇〇「はあ、もう……好きだ」

井上「……へ?」


ぽつりとこぼれるように出た「好き」は、制御不可能だったみたいだ。

そして、つぎは俺が顔を赤くする番。

〇〇「花火大会で告るつもり、だったのに……」


井上「ふふ、じゃあ花火大会、あたしの彼氏としていってよ、〇〇」

そんなのさ、ずるいじゃん。

いいに決まってる……

彼女には一生勝てない。

一夏の奇跡が、永遠に続け、と思った。

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