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何も思わず買う温泉まんじゅう

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】

 お正月を伊豆で過ごした。何も考えずにのんびり過ごすには温泉旅館が一番だと思ったのである。とはいうものの一日中温泉につかっているわけにもいかない。どうしたって時間を持て余し、退屈になってくる。

 で、どうするかというとやっぱり外に出掛けてしまうのである。伊豆半島は海があって、山があって、ただドライブするだけでも結構楽しめるのだが、一日中運転してばかりもいられない。で、どうするかというとどこかに車をとめて休むわけだ。それも、何もないところにとめるよりは、何か面白そうなところのほうがいい。

 いわゆる観光地に限らず、人の集まるところには、いかにもそれを当て込んだような施設があるものだ。伊豆のように本来保養地だったはずの土地にも、僕のように時間を持て余した保養客たちを目当てにいろんな商売が成り立っているようだった。

 伊豆で有名なのは何と言っても「バナナワニ園」だろう。熱帯植物園とワニの飼育園を合わせただけなのだが、名称が良かったのか、盛況である。ほかにも海中水族館や「バイオパーク」という名の草食動物放し飼いの動物園といった施設も点在している。

 アトラクション施設という意味では、ミカン狩りやイチゴ狩りといったものもあった。その場で食べて、持ち帰りもできる。なんとなく自然に親しんだような気分にもなれる。さらに博物館や美術館のたぐい。最近増えているようだ。入ってみると、時々どうしてこんなところにこれが、と思うものにでくわしたりもする。

 しかし、あくまでもそれらはオマケだと思う。それを目当てにわざわざ出向く人はほとんどいないはずだ。ラリックやオオオニバスやレッサーパンダを好きな人はいても、そのためだけに伊豆を訪れる人はいないんじゃないかと僕は思うわけである。

 乱暴な考え方をすれば、温泉まんじゅうと同じようなものだ。そこにしかない、という理由で買うのではなく、そこにあるから買う、というような存在。

 だから、実はなんでもいいのじゃないかと思う。ゆかりがあろうがなかろうが、品があってもなくても。その証拠に、中にはそうとうめちゃくちゃなものや怪しいものもある。

 国道沿いにひと際目立つ外観の「野生の王国」というところに入場料五百円払って入ってみたら、動物の剥製(はくせい)や木彫りの熊なんかが並べてあるだけだった。しかも、何十万とか値段の付いた剥製や毛皮に交じって二百五十円のバスマットが売られていたのには笑った。

 「タートラリアム」と名付けられた亀族館の中庭ではカメレースが行われていた。予想カメ券が当たってもらった賞品はなぜかすっぽんエキスの栄養剤だった。そこでは「丹波哲郎の霊界展」などもやっていて、ずいぶん怪しい雰囲気だった。

 かくして目いっぱいいろんなところを回ってしまった僕の今回の伊豆旅行の印象はというと、支離滅裂、なんの脈絡もない。思い出そうとすると、ゾウガメやキリン、パパイア、広重がぐるぐるする。まったく何のために伊豆まで行ったのかわかんない。いや、待てよ、何も考えないために行ったんだから、もしかして目的は果たしたのか。 

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