見出し画像

絵美となっちゃん

百合子がジワジワタイプなら、絵美は真逆のタイプだった。上履きのまま机に上がって歌ったり、休み時間は男子とドッジボールしたり、目立つタイプの子だった。
 絵美にされた嫌なことは一つだけ。でも、その一つは先生も親も巻き込む大きな問題になり、私が〝どんな理由があろうと絶対にしてはいけないこと〟を学んだ出来事だった。

誕生日会

百合子には色々されていたけど、クラスの女子とはそれなりに仲良くしていた。
 ある時、なっちゃんという子の誕生日会に招かれ、かなりの人数でお家にお邪魔した。確か10人はいたと思う。
リビングも子ども部屋も開放されて、みんなで行ったり来たり楽しく過ごしていた。
そして、夕方近くなり、何人かが門限を気にし始めた頃、絵美が私を呼んだ。
 そして誰もいない子ども部屋に連れて行き、ある小さなタンスの1番下を指差して『開けてみて!』と。『人の家のタンスは勝手に開けちゃダメだよ』と言う私に、自ら開けて『なっちゃんが今日のお礼に、この中から2枚くれるんだって!』と言った。タンスにはシールや漫画雑誌で貰える未使用の付録などが山のように入っていた。

絵美から『私も2枚選ぶから亜里奈ちゃんも選びなよ!』と言われ、最初は躊躇していたくせに、いつの間にか手が伸びていた。最後は絵美が『これ、私達2人だけ特別だから今日はお礼言わないほうがいいよ』と耳打ちし、なっちゃんには何も言わず家を出た。
 翌日学校に行くと、昨日の楽しさの余韻なんて無く、教室中が落ち着かない空気だった。
招いてくれたお礼を伝えようと思い、なっちゃんに近づこうとしたらあからさまに避けられた。そこからは、スローモーションのような膜がかかったようなぼんやりした記憶しかない。

揶揄い(からかい)という名の罠

あの時絵美が言った〝なっちゃんからのプレゼント〟は嘘だったということ。
同じように持ち帰ったはずの絵美は後からそっとタンスに戻し、自分がしたことを私が発案したように置き換え、なっちゃんに伝えたこと。
絵美が、私がどんな行動をするか見てみたかっただけで少し揶揄っただけ、と言っていたこと。
なっちゃんは深く傷ついて、親御さんから学校に報告が入ったこと…など、担任から呼び出され事実を知った。
 (絵美ちゃんが言ったんです!私も騙されたんです!)たぶん何度か繰り返したけど、先生からの『どんな理由でも、なっちゃんの物を〝盗んだ〟ことに変わりない』という言葉に反論出来なかった。
もっと最悪だったのは昨晩シールを1枚使ってしまったために、元と同じ状態には出来なかったことだ。

うちも祖母や父親が来て謝罪し、私も勿論叱られた。絵美がした事実も明らかにはなったけど、なっちゃんの9歳の誕生日会を台無しにしたことには変わりなく、〝やっぱりお母さんが居ないってこうなるんだ〟の印象は強まったように感じた。
 ただ、クラス替えもして時間が経てば他人の出来事への関心は薄らいでいく。それにホッとしながらも、なっちゃんとの断絶された状態は苦しかった。

優しさ

一年位経った頃、なっちゃんがお父さんの転勤で転校することを聞いた。突然だったように思う。
自分の経験上、(登校最終日は親が来るはずだ。謝ることができるのは今日しかない、一人でいこう)と思った。一度帰宅してから、放課後の廊下に向かうとなっちゃんとお母さんとお姉ちゃんが先生と話していた。
 あの日以来初めて話すことは緊張していたけど、とにかくもう一度謝りたかった。あの日の『ごめんなさい』と今日の『ごめんなさい』は違うことを分かっていたから。

高校生くらいのお姉ちゃんからは、『大事にしてきたものを失う気持ちがわかる?シールもだけど、あなたのことを好きだったから傷ついたんだよ』と言われた。厳しかったけど正しかった。
お母さんはとにかく優しかった。『笑っていたし、謝りに来てくれてありがとう』とまで言ってくれた。
なっちゃんは会話はしてくれたけど、気持ち良くはなかったはずだ。でも許すと言ってくれた。
忘れてはいけない出来事だけど、抱えていたものを少しだけ下ろすことが出来た。

勝てない

なっちゃんとの経験は、〝謝罪したからと言って全て許されるわけではない〟ことを教えてくれた。一度壊れたものは戻らないものもある。
 なっちゃんのお姉ちゃんは、逃げないで向き合うことの大切さを教えてくれた。
 お母さんは圧倒的だった。こんなに優しくて温かい人に育てられたなっちゃんには勝てないな、と思った。勝負という意味ではなくて、自分には無いものを持っていると思ったし、私はこの環境を手に入れることは出来ない、と眩しかった。
 そして、あの日お母さんが言ってくれた、『お婆様やお父様を悲しませないであげてね』は、私の軸になり、その後周りから〝不良になってもおかしくない〟環境になっても大きく外れなかったのは、この言葉のおかげだと思っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?