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(偽)4人家族

ノリコさん

マメで優しかったのか、根っからのタラシだったのか、お金が無いのに父親は女性が絶えなかった。
 キヨミちゃんと別れたあと少しして出会ったのが「ノリコさん」。
年齢は父親と変わらないくらいの当時34、5歳、バツイチで1歳ちょっとの息子が1人、総武線沿いのある駅前にある酒屋さんの娘で、植木が綺麗に剪定された和風の庭がある母屋と、ノリコさんと息子だけが住んでいるモダンな平家のある広い敷地に住む人だった。

4人

 父親は普段会社勤めだったから、その年の夏休みはほとんどその人の家で暮らし、父親がその家に帰ってくる毎日を過ごした。
父親不在でもノリコさんのお友達親子と一緒にプールに行ったり、父親が夏休みの期間は三島にある高級リゾートマンションにも行った。何も知らない他人から見たら、全く違和感なく4人家族に見えただろう。
 私自身も『家族ってこういう安心感があるのか』と感じて素直に楽しかったから、夏休みの絵日記にもありのままを書いた。学校の友達からしたら『誰?』だっただろうけど、そんな楽しい夏を過ごせたことを自慢したい気持ちが勝っていたんだと思う。

漫画一冊

9月に入り、いつものようにノリコさんの所で週末を過ごしていた時のこと。
 夕方車に乗って2人だけで出掛けた時、息子が欲しがっている物を探すノリコさんに、私も単行本の漫画が欲しい!と我儘を言った。今日は時間が無いから難しいと答えたのに、どうして私のことはダメなの?みたいなことを言った気がする。
結局それが見つからず、ノリコさんも急に無口になり車の中が重い空気になった。
 帰宅してから、何となく取り返しがつかないことをした気持ちになって、ノリコさんに『一緒にお風呂に入ろう!』と誘ったけど断られた。

猫足のバスタブ

1人でお風呂に入っていたら急に泣きたくなった。本当にその日に欲しかったわけじゃなくて、親子ならこんなの普通でしょ?と試しただけだったんだけどな、と止め処なく涙が溢れた。声が聞こえるくらいだったのか、ノリコさんが入ってきた。服を着たままで。
そして、お湯に浸かる私を慰めるようにバスタブの横にしゃがみ話をしてくれた。
会話はもう忘れてしまったけど、〝今日は漫画を買ってあげられなくて本当に申し訳なかった〟ということ、〝パパとは結婚出来ないからあなたの母親にはなれない〟ということ、たぶん他にも色々。
 ノリコさんがお風呂から出て行った後に涙が止まったのか覚えていないけど、最初に訪れた時に『外国のホテルみたい!』と興奮したガラス張りのシャワールーム。金色のシャワーや蛇口も猫足のお洒落なバスタブも生活感無いしな。私はやっぱりおばあちゃんの家のような狭くても普通のお風呂が好きだ、と思ったのを覚えている。

かくれんぼ

後日父親から、ノリコさんの息子がベッドの下やカーテンの中を捲って私達を探して、居ないと分かると泣き出す、という話を聞いた。私と父親に会いたがっていたらしい。
ノリコさんの家では、よく3人でかくれんぼをして、私がカーテンにくるまったり、父親がベッドの下に隠れていたからね。
ノリコさんもそんな息子の姿を見て、また、あの日泣いた私を思い出して、子ども達を傷つけたことを深く反省している。ごめんなさいと謝っていた、という内容だった。
 私にとっては女性達とは何度目かの別れで慣れていたけど、息子のひーくんが私になついてくれたことは本当に嬉しかった。兄弟姉妹っていいなと思った。
8歳下のひーくん、今はどうしているのかな。
訪ねてもきっと分からないだろうな。笑

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