CRAZY GAME 2

続きです

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某空港 駐車場


屋内駐車場の一画を陣取る真っ赤なセダンの中で、柔らかく整った顔の男は腕時計を見ながら呟いた。

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「…あと5分」

前方に見える記者の一団を見つめながら、苦笑をもらす。

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「まったく、あの人は…目立つ事が好きなんだから」

距離が近くなり無遠慮なフラッシュに巻き込まれるのを感じながら、彼は手元を操作して慣れた様子で扉を開ける。
長くすらりとした足が滑り込み、こちらも慣れた様子で記者群に笑みを返してシートに身を沈めた。
また、記者達も慣れた様子で車の進む道を開ける。

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「お疲れ様です。咲さん。…あ、これどうぞ」


「私の好きなイチゴのフラッペ!…んー!冷たいっ!さすが月瀬、気が利くわね」

月瀬
「ふふっ、所属モデルが円滑にお仕事出来る様にサポートするのが、マネージャーの役目ですから」

年下の少女から発せられた上からな発言も笑顔で流す、それに対して咲は嬉しそうに目を細めた。


「ほんと、あんたが私のマネになってくれてよかったわよ。前の子とか、すっごい萎縮しちゃってこっちの顔色窺ってばっかりだったからね」

月瀬
「ぷっ!あははっ」

ムッとした感じに唇を尖らせる咲に、月瀬は思わず笑いをこぼした。


「いまだにあんたのツボがわかんない。何がおかしいって言うんだか」

少し不満そうに唇を歪める。
ふと窓を見た時に、昨夜の事を思い出した。
耳に残る、不気味な笑い声…。


「…ねっ、あんたもあの不思議な夢…見たの?」

どことなく強張った表情を浮かべながら、カップを持つ手に力が入る。

月瀬
「…あの不思議な夢ですか?皆が見たっていう」


「そう…なんだけど、あんたの見た夢は?報道されてたのと同じ?」

フロントミラーに映る少女の顔は不安気だった。

月瀬
「そうですね。同じでした。…咲さん?どうかしたんですか?」


「……私だけ、違う内容だったって言ったら、信じる?」

車内に広がる沈黙。
少女が何に怯えているのか。
ただ、人と違うだけで怯えるような彼女ではない。
月瀬はそれをわかっていた。

月瀬
「あなたが嘘を吐くような人じゃないってわかっていますよ。どんな内容だったんですか?」

優しく促され、咲は重い口を開いた。



某所 拘置所内


どこからか楽しそうな鼻歌が聴こえてくる。
死刑を言い渡された犯罪者を入れる独房から、こんなにも明るいメロディが生まれるだろうか?
しかし、音の発生源はわかっていた。

優男然とした風貌に優しい声色。
けれどその男は、判明しているだけで10人もの女性を手に掛けている。

桐生樹己。
彼は自分に好意を持つ異性の存在が許せなかった。
特に好意を直にぶつけられたら…発作的に破壊衝動を抱いてしまう。

桐生は捕まった後でも、死刑判決を受けた後でも、何も変わらなかった。
そしてそれは今も…

桐生
「ねぇ、俺。選ばれたみたいなんだ」

不気味なほどに明るい声色。

桐生
「チュートリアルだっけ?今夜来る厄災。それを鎮圧するには、とある力を持った存在が必要だそうでね」

楽しそうで、無邪気で。
チュートリアルという言葉に聞き覚えのあった看守は、思わず足を止めた。

桐生
「ふふっ、気になるよね…。うん、言葉で言っても信じられないだろうから、見せるね」


桐生
「ヒーローセット。ver……」

そしてその日、監獄内部は濃い闇に包まれた。


東京都 某所 住宅街


閑静な住宅街の一画、二階建ての特筆するようなところもない。
普通の一軒家の鍵を開けた。

勝行
「お邪魔しまーす」

潤也
「お邪魔されまーす、なんてな。飲み物とか持って行くから先やってていいよ」

勝行
「おっ??ならお言葉に甘えて…」

靴を脱ぐや、勝手知ったる様子で二階への階段を駆け上がって行く所を見て、ぷっと笑いをこぼす。
勝行がやりたいと言っていた“サイレントエリス”は、知る人ぞ知る昔の名作だ。
ゲームシステムもシナリオもキャラも人気が高く、リメイク版を望む声が多方面から上がっている。

潤也
「まぁ…夢は夢だし、気にしてても仕方ないし…」

ふと思い出す夢の内容。

潤也
「でも、ゲームのような世界に行けたら…何をしよう。やっぱり、冒険かなあ」

とても心くすぐる言葉だった。
“ゲーム” “チュートリアル”、ゲームと言ってもいろんな種類がある。
サイレントエリスのようなファンタジー世界を冒険してみたい…。

訪れるかもしれない非日常に、潤也の心は静かに踊っていた。


飲み物とスナック菓子を持って二階に上がると、真剣な様子でコントローラーを握る勝行の後ろ姿が見えた。
画面の中を見慣れたキャラクターが右往左往している。

勝行
「なぁ潤也!村長のとこに行けって言われたんだが、村長どこだ!?」

そういえばこの村の村長、初めどこにいるか分からなくてめちゃくちゃ迷ったよなあ…と思い出しながら笑みをこぼす。

潤也
「ヒント、村の中にはいません」

勝行
「はああ!?村長なのに村にいねーのかよ!」

当時同じ事を思った事は、言うまでもない。


……


勝行
「…ヒロイン、健気で可愛いよな」

潤也
「わかる。エルフのお姫様だしな…まぁ、巫女姫ってポジだけど」

勝行
「なるほど…だからこんなに際どい服装を…主人公、よく平気だな」

潤也
「まぁそこは、ファンタジーという事で…」


画面の中では、ヒロインが主人公に泣きながら縋っている。
実際に見たら目のやり場に困りそうな服装も、ゲームや漫画では普通にキャラクターたちが着こなしている。

潤也
「…まぁでも、羨ましいような」

勝行
「同感…ん?」

勝行の端末から着信音が鳴り響く。

勝行
「もしもし、…ん、どした?……うん……うん……わかった。俺が探すからお前は家でおとなしく待ってろ。母ちゃんまだ仕事だろ?心配かけたくねーし、どうしても見つからなかったら俺から連絡する…おう、心配すんなって。じゃあな」

少し焦りながら通話を切り上げた勝行は、「悪いな」と言いながら慌てて立ち上がった。

潤也
「なんかあったのか?」

勝行
「あー…、1番下の弟がさ、帰って来てないんだと。夢のこともあるし…柚月も不安になったんだろうな」

柚月とは勝行の一つ下の妹の名前で、母子家庭である彼の家で忙しい母親に代わり切り盛りしている子だ。

勝行
「てわけですまん!!また今度続きやらせてくれ!」

手を合わせて謝る彼の肩を叩き…。

潤也
「いいよ。ただし!僕も一緒に探しに行く」

勝行
「潤也……おう、ありがとな。助かる」

セーブを済ませ電源を落とし、端末と財布と鍵を手に慌ただしく家を出た。

時刻はちょうど、18時を回るところだった━━


その日見た光景を…僕はたぶん、一生忘れないだろう━━━


勝行と一緒に手分けして探していると、近くの公園に人が集まっているのが見えた。
時間は、19時になろうかという所だったはず。

皆が呆然と空を見上げていて、釣られるように見てみると、空から黒い塊がゆっくりと降りて来ているようだった。

明らかに異常な光景なのに、身体は麻痺したように動けず、目も離せない。

長い時間をかけて、ソレはゆったりと地面に到着した。

集まった人の中から、同い年くらいの男子数人が木の枝を持って近づいていった。

…一瞬だった。

彼らはそのまま呑み込まれ…
人が溶けるところなんて、見たくなかった。


阿鼻叫喚、地獄絵図
きっとそんな言葉がこの光景には似合うことだろう。

次々と黒い悪魔が降ってくる。
人々はなす術なく蹂躙される。

スライムらしい無色透明は…消化するときにだけ姿を表す。


潤也
「勝行っ!なあ!出ろよっ!!」

必死に逃げながら何度もかけた。

潤也
「思わなかったんだ…こんなっ、夢だよな?悪い夢だよな!?」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、震える指で何度もかけた。

潤也
「勝行っ!なぁっ、勝行ぃぃ!!」

ふ、と聞き慣れた声が聞こえた。

勝行
「…っ!潤也か!?」

黒い悪魔に追われながら、幼い男の子を抱きかかえて走る勝行に潤也はホッと息を漏らす。

勝行
「足を止めんな!!走れ!!!」

一喝され慌てて走った。
危機が去ったわけじゃない、脅威はすぐそこに迫っている。

潤也
「無事で良かった!けど、どこに行けば!」

勝行
「とりあえず最寄りの学校だろ!こっからだったら、コイツの学校が近い!」

勝行の肩に縋り付いて小刻みに震えるその子は、さっきから何も喋らない。

勝行
「…あれは…無理だわ…仕方ねぇ」

その一言で、喋れない理由を察してしまった。

勝行
「っ!!止まれ!!」

曲がり角にいたそいつは、無色透明をしていた。
後ろからは黒い悪魔が追いかけて来ている。

潤也
「くそっ!!」

…たまたま、そう、たまたま運が良かったんだと思う。
止まりきれずそいつの横を通り過ぎた。

…無事に、通り過ぎることが出来た。

勝行
「…なるほど、消化中は動かないって事かよ」

それはつまり、誰かの命を犠牲にして得た…。



勝行
「はあっ、はぁっ!あと、少しだ!」

小学校が見えてきた。
体力は限界に近づいていたのに、自然と早足になる。
遠目から自衛隊みたいな服装の人の姿が見える。
もう少しだ、もう少し頑張れば…!!

もう少し……だったんだ。

潤也
「うわっ!!」

そいつはいきなり現れて、潤也を引き摺り込もうとした。

勝行
「潤也!!」

きっと咄嗟の行動だったんだろう。
勝行は…彼は、そういうやつだ。

呑み込まれながらも必死に抵抗して…弟を潤也に託すと、彼は叫んだ。

勝行
「っ、行けぇぇぇぇ!!!!」

足がすくみそうだった。
なんとか走った。
夢中で抱きかかえて、しっかりと彼から託されたこの子を守ろうと必死だった。

“助けて”

必死に祈る潤也の耳に、涼やかな声が響いた。

??
「ヒーローセット。ver.キラー」

辺りを漆黒の闇が覆い、潤也の意識を奪っていった。

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