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私が使わない様にしている言葉達 パート2

ニュージーランド在住で、総合診療科医、ライフコーチ、Havening technique ®️プラクティショナーなどをしています。

以前に、自分が使わないようにしている言葉について、記事を書きました。

上記の記事で取り上げた言葉達(xxするべき、できない、頑張れ、努力してみるなど)は、私は殆ど使わなくなりました。つい口に出るところまでは時々行くのですが、そこでちょっと考えてから、違う言い方に言い換える事がほとんどです。
「常に意識する」っていう事は効果的だな、と思います。

(まあ、多分私の周りにいる人は、私がこんな事をしているのに気がついていないと思いますが(笑)、自分では自分の内面の変化に気づいています。)


さて今回は、ここ1ー2年意識して使わないようにしている言葉達。
以前の記事よりもちょっとハードル高めです。笑

それは、日頃から意識して行なっている
「non-judgemental 」でいる事
に繋がっています。
「non-judgemental 」を上手く日本語訳するのは難しいのですが
「決めつけない」とか「批判的でない」とかいう意味です。

「non-judgemental 」になるためには「レンズを変えて見る」事が必要になる事も多いです。

では今回の使わないようにしている言葉を発表します。ジャジャーン🎉

1. 「良い」「悪い」

一つ目は「良い」「悪い』という言葉達。

「良い」とか「悪い」とかいうと、とても白黒している様に感じます。
「良い」ものはみんなが使うべき、とか、その様に考えるべき、とか
「悪い」事は、罰されないといけない、とか。

つまり、ジャッジメンタルな考え方につながっています。

実際にあなたにとって「良い」ものも、私にとっては「良くない」かも知れない。
結局「良い」「悪い」というのは、何かその人に都合が良い事や喜ばしい事がある、という意味だと思うのです。

例えば、「この学校は良いねえ」と誰かが言ったとします。

その意味は、
- その人の教育理念にあった教育をその学校がしている、とか
- 制服がカッコいい、とか
- 他の生徒が自分が理想としている様な雰囲気を醸し出している、とか。

同じく、例えば、「この人は悪い人だ」と誰かが言ったとします。

その意味は
- 自分が大切だと思うルールを「この人」は守っていない、とか
- 自分が傷つけられた、とか
- SNSでこの人に批判するコメントが多かった、とか。


「良い」「悪い」と言おうとした時に、一瞬止まって
(何を持って、自分が「良い」「悪い」と思っているのか)を考えてみると
自分の内面が見えてくる様に思います。

2. 「正しい」「間違っている」

2つ目は、「正しい」「間違っている」という言葉達。

これも「良い」「悪い」と同じで
かなりジャッジメンタルな言葉達です。

あなたにとって「正しい」事は、他の人にとっては「間違っている」事はよくあります。
宗教なんて、典型的です。

キリスト教信者にとって「正しい」事は、イスラム教信者にとっては「間違っている」事は、あり得ます。
(私は宗教を信じていないので、もしかすると私の思い違いかもしれませんが)


結局「正しい」「間違っている」も「良い」「悪い」と似ていて

「発言者に都合が良い」とか、「発言者の信条に沿っている」とか
「自分の住む世界で使われているルールに沿っている」とか言う意味に過ぎないのではないでしょうか。

私にとっては、現時点では
「多くの人がwin win の関係になり、機能的で、柔軟性のある考えや事柄」が
望ましいと思えるものです。

最後に

「良い」「悪い」「正しい」「間違っている」と言う言葉が口から出そうになった時、ちょっと立ち止まって考えてみると、
「良い」「悪い」「正しい」「間違っている」は
何か別の言葉で置き換えられる事が殆どであると気づくのではないかと思います。

こうやって置き換える言葉を探すことによって
自分の内面が見えてきます。

もしもご興味があれば、まず一日限定で
「良い」「悪い」「正しい」「間違っている」と言う言葉を使わずに生活してみてください。

今日も長文を読んで頂き、ありがとうございました。

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