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小説

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2021年7月の記事一覧

俳句

少しばかり月かけたれば秋の空 夏草や並びて歩く夏野かな 季が重なっているが、構わない。 静けさや蝉も暑さで昼寝らし  夕方に蝉鳴き始め寝坊らし 猫丸く隅に眠れる星月夜 雀の子叢にありをちこちに 彼岸花枯れたる先に赤蜻蛉  名月や黒猫抱きたる人立てり 時雨止み晴るるを待ちて日暮かな 手焙りの前より動けぬ朝のうち 朝まだき節分豆の路にあり 昼の飯窓辺で食いて暖かし 茶花にせむ満作切りて女の曰く 木の芽どき朝より烏大音声 春雨や鳥も草木も眠りけり 春

小説的精神年齢鑑定法

自分の精神年齢を知る方法と言うものはいくつかあると思いますが、『小説を書いていて、最も書きやすい年齢がその人の精神年齢である』と言うようなことを文芸関連の本で読んだ覚えがあります。 自分の年齢よりも上の年齢の人物を書くのは難しいとされています。 想像に頼るわけですから。 小説に限らず、漫画やゲームに出てくる年かさの人物が主人公などの若者にとって都合のいいキャラクターになっているのも作者が想像で描くしかないからだと思います。 私が書いたものでは、二十代後半、27、28歳

会食

会食は、何であれ、自分の力ではない物のおかげてあるから、感謝の念を見た目で示してから、食する。 会食の平等性。そこに座っている人たちは、ふつう、皆同じものを食べる。宗教学、民俗学的見地から言えば、「神々の恵みを平等に配分される場所」、という事になる。 昔、わたしが神主やっていたころ、出張で、朝霞の普段は神主がいない社に七五三で行ったんだけれど、その時、町会の人たちと天重を食べたら、わたしだけ特上だった。

GシャツTパン

ホワイトカラーのシャツを着れば、ボタンの一つがとまっていないのは、私の能力に対して、ボタンの数が多すぎるから。スラックスの後ろのポケットからタグが出ているのは、財布などを出し入れするところにタグがついているから。かつて神職をしていたときに、流浪人のような着こなしをしていたのは、体型が細かったから。スーツを着れば七五三。しかし、他の人びとは同じ現象を引き起こしていないから、原因は別のところにある気がする。 仕事場でのドレスコードがどこの職場にでもあって、厳しい方から「制服着用」

5分番組の悦楽

今はともかく、昔はコマーシャルばかり見ていました。 番組が始まるとチャンネルを変えてコマーシャルを探したものです。 コマーシャルは負の感情を呼び起こすものが少ないですし、15秒でメッセージを伝えるというものも好きでした。 コマーシャルではなくても、5分番組が好きで、ビデオに録画していたくらいです。 “世界あの店この店”を見て、世界を観光した気分になったり、”どたんばのマナー”を見て、中学生なりにテーブルマナーを学んだり。 5分番組はなんとなく安心して見ていられました。 基本的

マスターのような人

ニコニコ動画は、映像の上に見ている人々が思い付きのコメントを載せる機能があり、見ていると面白いものがあります。 Youtubeのコメントはあまり見ませんが、コメント文化と言うのでしょうか、ニコニコ動画のコメントは面白みがあります。 そのような動画の一つにジャズ音楽を聞かせる動画がありますが、それがあたかもジャス喫茶やジャズバーなどで音楽を聴いているかのようなノリになっています。 純粋に曲に対するコメントもあるが、『マスター、コーヒーを』とか、『マスター、ジンライムを』な

雑誌と書き言葉

書き言葉を支えているのは、出版業界なわけでして、それが縮小してゆけば、国語が消えてゆきます。テレビの影響で方言が消えて行ったように。 国語が消えてゆくということは、日本人としての、とは言うにまたず、その人のアイデンティティが薄まっていくということですよ。 WEB上の文章は、データを情報化したもので、マニュアルを求める消費者にとってはそれで十分なのかもしれない。 でも、「編集」の目を通していない文章が増えていくと、自分をますます目的に対する手段と化すような、機能としての人間に、

深夜番組の思い出

80年代半ばに『8時だョ!全員集合』の放送が終わり、バブルの最中の80年代の末に『オレたちひょうきん族』が終わり、そうしてバブルがはじけた90年代、巨大で華やかなものから、シンプルなもの、風刺のきいたもの、より個人的なものへと志向が向きはじめた90年代、私は、深夜番組ばかり見ていた気がする。 すぐに思い浮かべるものでも、やっぱり猫が好き、音楽の招待、文學ト云フ事、カノッサの屈辱などを毎回見ていました。 やっぱり猫が好き もたいまさこ、室井滋、小林聡美が3姉妹に扮(ふん)し

エセーとパンセに憧れて

楓の木は、一年に三寸しか伸びず、長するのに二十年以上もかかる。ゆっくりと伸びるために、木が固くなり、ゆがみが少なく、楽器に用いられる。 一万年前まで、今のアイルランドあたりで、巨大な角を持った鹿がいた。角があるのは雌に受けが好いからで、雄だけが持っている。競い合ってより大きくなる。氷河期が終わり、草原が森になるにつれて絶滅した。森であれば、木に角が引っかかって、思う様に動きが取れなくなったらしい。 それなら森に適応して、角を小さくして小回りの利く様に進化をすればよか

私はどうして小説を書いたか

学生時代、富士山の頂上に3週間ほどいたことがある。 物珍しい体験だから、人に話せば喜ばれるし、また聞かれることも多い。 同じことを話すうちに、ストーリー仕立てで話してくるようになり、どのエピソードが受けのかどうかも考えて話すようになっていた。 しかし、繰り返し話しているうちに次第に面倒になり、十人目くらいから話しの途中で飽きてしまい、果ては途中を端折(はしょ)って話す始末で、それを聞いた友人が、「あんた、それなら小説にでも仕立てみたらどうか」と言った。 なるほど。名案

【小説】就職運動酩酊(めいてい)記【188枚】

初出:早稲田文学2015年春号  一 『大衆料金』と書かれた床屋の看板が足元を転がり抜ける。  雑木林に雨粒が卍巴(まんじともえ)と舞って、横からも下からも吹いてくる。風に逆らうだけの傘などとっくに捨てた。  たどり着いた家には『塩焼』と書かれた木札が、黒い油塗りの玄関扉に釘付けにしてある。札はかまぼこ板の転用に見える。  扉の脇に取りつけられた呼び鈴を鳴らした。  脇には竿が立つ。先に箱が添えてあるが、丸い穴が空いているところを見ると郵便箱ではなく、巣箱だろう。  開い

【小説】不二山頂滞在記【54枚】

一 「パ―ト募集 巫女 十八~二十一才迄」  平衡(へいこう)を失した筆蹟の求人広告が神社の鳥居に貼られていた。それに目を止めたおれはしぜんと、その上に張られていたチラシにも目を向けた。 「不二山登頂者募集 急募 日給五千円」  なんだろう。これ。  詳細は社務所までというので、のこのこ行ってみると、境内は昼間三十九度あったとは思えないほど涼しい。五百円とか千円とかいった値段のついたお守り見本の向うにジャージ姿の男がいた。  話しかける前にその男がこう勧誘してきた。 「そこ

【解説芸】シンデレラ

シンデレラの話はどういうものであったかな、と『青空文庫』で読んでみました。 水谷まさる シンデレラ まず、冒頭に詩があります。 シンデレラを讃たたう 神につながる心持つ 世にも可憐なシンデレラ 雨風つよくあたるとも 心の花は散りもせず。 魔法の杖の一振に たちまち清き麗姿あですがた 四輪の馬車に運ばれて 夢のお城へいそいそと。 時計の音におどろいて 踊る王子のそば離れ あわてて帰るその時に 脱げたガラスの靴ひとつ。 靴は謎とく鍵の役 捜し出されたシンデレラ お

水仙花の夜

座敷から座敷へ行くうちに皆の着物が黒い事に気がついた  天井からぶら下がった電球が畳上に茶箪笥の影を落としている。 太い柱にぶら下がる時計の振り子の影が右に左に揺れて 畳の上を行ったり来たりしている 座敷を先にまた座敷があった  畳の上に硝子の瓶に入った水仙花が水に沈んでいる 隣座敷で時計が鳴り始めた 眼を上げた 水仙花の入った硝子瓶は座敷一杯にあった これを葬る事にこの時初めて気がついた