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きつねさんがほしいもの、なんだ(前編)

あるところに、小狐がいました。

たまに巣を抜け出しては、冒険に出ました。
あまり遠くに行ってはならないよ、と言われていた小狐は、自分が帰れる範囲なら、と、毎日少しずつ、少しずつ、遊びに行きました。

日当たりの良いぽかぽか草原。
蝶々と追いかけっこができる、お花が満開の丘の上。
子リスと一緒にお昼寝できる大きな木の下。

恐る恐る口にした初めて見る木ノ実。
橙色をしたツヤツヤしたそれは、口にしてみたらとっても甘くて、小狐のお気に入りになりました。

それでも巣では家族や仲間はそれを食べないから、なんとなく、なんとなく。
秘密にしながら、みんなの前では、みんなに合わせて、同じものを食べていました。

(ああ、あの木ノ実。また食べたいなぁ)

そんなことを思いながら。

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大人になるにつれ、狩りを教えてもらいます。
自分の力で生きていけるように。
素早く獲物をつかまえる仲間たち。

小鳥やネズミはたしかに美味しい。
それでも、なんとなくその柔らかな体に、歯を、爪を立てることが小狐はどうしても受け入れられませんでした。

それでも、それができない狐は、大人の仲間入りができません。
もともと俊敏なほうではない小狐も、遅れながらも狩りを覚え、そんな小狐にみんなは、よかったねと言います。

小狐は時折そっと巣を抜け出して、星の下でしくしくとひとりで泣くようになりました。
みんなが見ていないところならいいだろう。
誰に知らせる必要もない。
きっと誰もわからない。
わかってもらえるとも思わない。

小狐は、何が悲しいのか、もはや自分でもわかりませんでした。

***********

そんなある日。

夜に抜け出すのが習慣化してきた小狐は、隣の丘がどうも賑やかなことに気づきます。

(こんな夜に、どうしたんだろう)

危ないところに行ってはだめよ。
お母さん狐の顔と声が浮かびつつ、ごめんなさいとそっと心の中で謝りながら。

自分の何かを変えてくれるのではないか。
恐れと期待を抱きながら、小狐は茂みの影から、そっと明るい場所を覗きます。

そこには、満月の下で踊る、様々な動物たちがいました。

小狐は狐の村で暮らしていました。
狐ではないのは、丘で会う蝶々や、木の上に住むリスたち、空を飛ぶ小鳥たちくらい。

しかしそこには、熊やうさぎに鹿。
見たことのない動物たちが、しかも種別を超えて、一緒に木ノ実や果物を食べながら談笑していました。

(これはなんだろう)

異種族が集まっている群なんて、見たことがない。
だめだと言われた。知らない動物には近づくなと言われた。
同じ種族で集まっているのが当たり前だとみんな口々に言って、実際、彼らはそこから出ようとはしなかった。

小狐の胸に灯ったのは、逃げなくてはという思いより、羨ましいという気持ちでした。
こんな風に楽しそうに踊っていいのなら、そんな風にできたらと、本当は…

それでもその輪に入れてもらえるかもわからず、小狐は悩み始めてその場から動けずにいました。

しかし、届いたかぐわしい香りに、鼻がぴく!と動きます。

(あ、あの木ノ実は!)

輪の中心にある切り株の上には、小狐がこっそり好んで食べていた木ノ実がありました。
思わず身体が動き、一歩踏み出したとき。

カサリと枯葉が音を立てました。

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満月の下で踊っていた動物たちが、一斉に小狐の方を向きました。

月の光に照らされる、体格のいい肉食獣たち。
小狐は大人には近づいたといえ身体も小さく、今にも食われてしまうのではないかと毛並みが逆立つ思いでした。

どうしたらいいんだろう!
逃げるべきか?それとも話しかけてみるか?

だって、だって、自分もこの宴に入れたらってー…

そんなことを思っていたら、こんな状況でも、小狐のお腹が「くぅう」と鳴りました。

(あああ!)

小狐は恥ずかしくて顔を赤くしながら、うつむいてしまいました。

顔を見合わせる動物たち。

「お腹が空いているの?」

熊に話しかけられます。
そろそろと顔をあげると、襲ってくる雰囲気はなく、こちらをきょとんと丸い目で見つめています。

「これかな?」
「いや狐だったらこういうのじゃない?」

動物たちは口々に、小狐が好みそうなものを挙げていきます。

小狐はおろおろしながら、それでもちらちらと木ノ実を見つめていたら、動物たちはその視線に気づきました。

「これが食べたいの?」

小狐はこくこくとうなづきます。

狐なのに、変だと言われるだろうかー…
びくびくしながら反応を待っていたら、うさぎが木ノ実を差し出して、小狐にあげると言ってきました。

いいの!?
なかなか見つけられないその木ノ実。
小狐は恐る恐るでしたが、もらった木ノ実をありがたく食べました。

果実滴るその木ノ実は、今まで食べたもののうち、一番美味しく感じられて。
食べたかったものをもらえて嬉しいのに、とっても美味しいのに。
なぜだか、小狐はぽろぽろと泣き始めました。

再び顔を見合わせる動物たち。
しばし考えた後、熊とうさぎが腕いっぱいに木ノ実を持ってきました。

慌てる小狐。

足りない?と、鹿が木ノ実がなった木を引き抜こうとします。
小狐は焦って、いらない、いらない、大丈夫だと鹿を止めます。

いらないの?
好きなもの、いくらでもあげるよ、と動物たちは言います。

むむむ、と小狐は考えました。
考えて考えて。

だったら、と一つ、お願い事をしました。

***********

小狐は翌朝から、自分の巣を作るための準備を始めました。
独り立ちです。

家族や仲間は心配そうに小狐を見ています。
ここにいれば守ってあげるのに。
ここにいれば仲間がいるのに。

わざわざ出て行く小狐を、なぜなのかと見つめる者も多い中、大丈夫だからと、ありがとうと、小狐はせっせと準備を進めました。

力もなく慣れない巣作り。
仲間たちが暮らす山の隣の山に、少し小さいけれど、自分の身体にはちょうどいい、小さな洞穴を見つけました。

ふかふかの落ち葉を敷いて、備蓄用の木ノ実を置いて。
川も近くて、水もいつでも飲めそうです。

お父さん狐とお母さん狐を呼んで、自分の新しい巣を知らせました。

まぁ、こんな狭いところで。
大丈夫なの。ネズミも少なそうよ。
大丈夫だよ、と小狐は笑いました。

新しい巣での生活が始まります。
今までの賑やかさはないけれど。

小狐がその場所を選んだのには、ある理由があったのでした。

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