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少年の国 第22話 泥団子戦争の終幕

 翌日、龍大が僕の家にやって来た。嬉しそうな顔をしている。

「どうだ、海守、すごいだろう」

 龍大は小さな袋から、自分で研いだ釘を取り出した。

「やっぱり、研ぐと全然違うな。昨日の夜中まで研いでたんだぜ」

 龍大は、釘の頭を持って、地面に叩き付けてみせた。釘は地面にぐさっと刺さった。

「凄いだろう。海守のも見せてみろよ」

「ああ……」

 僕が袋から、夕べ研いだ釘を取り出すと、龍大はそれを奪い取るように手にして、

「うおお、これも凄えな、これなら矢の先に付けたら怖いものなしだ……」と目をギラギラ輝かせた。

 僕は夕べの善花の言葉を思い出した。

「なあ龍大、何だかやりすぎじゃないか?」

「何を言い出すんだお前、怖じ気づいたのか?」

「いや、あの……」

「おい! これを作ろうって言い出したのは海守だぜ。それを今さら怖じ気づいたなんてどういうことだよ」

「夕べよくよく考えたんだよ。この釘をよく見てみろよ。これがあいつらに刺さるところを考えてみろよ。奴らが同じものを作って、俺たちに向けてきたときのことを想像してみろよ」

「…………」

 龍大は無言で尖った釘の先を見ていた。

「なあ龍大、戦争ごっこはもうやめよう。勝一兄さんには俺が話すから」

「でも、あいつらは負けてるんだから、すんなり言うことをきかないだろう」

「謝るよ。負けを認めればいいんだろう。とにかく、こんな馬鹿げた真似はもうやめよう……」

 龍大も心のどこかで、行き過ぎに気がついていたのか、「うーん」とうなりながらしばらく何かを考えていた。

「やっぱり海守の言う通りかもしれない。とりあえず勝一兄さんも、永吉も待っているから、鶴城公園に行って相談しよう」

 僕らは歩き出したが、足取りは重かった。公園には永吉と勝一兄さんがすでに来ていた。二人ともピカピカ光る釘を太陽にかざしている。眼差しは真剣だった。

「遅いぞ、お前ら」

 勝一兄さんに僕は言った。

「なあ、勝一兄さん、龍大とも相談したんだけど、もうやめよう戦争ごっこなんて」

「はあ? 急に何を言い出すんだお前ら?」

「だってこれじゃ、大人の戦争みたいじゃん」

「大人の戦争?」

 勝一兄さんは真剣に僕と龍大を見て何か考えこんでいた。ところが、昨日は怯えた感じでいた永吉が、急に強気な顔で割って入ってきた。

「おい、やっと面白くなってきたところじゃないか。こっちにはこんなすごい新兵器もあるんだぜ、せっかく勝てる戦争なのに」

「これは戦争じゃないだろう! 遊びだろう、これじゃ大人が使う本物の武器と変わりないじゃないか!」

 僕は永吉にそう言うと、勝一兄さんを見て別の話を始めた。

「勝一兄さんも、正泰の話、聞いてるでしょ」

「正泰?あの根性悪のことか…」

「うん」

 正泰というのは、善花にちょっかいを出すなと僕を脅かしてきた、例の中学生で、村でも根性悪の正泰といって有名だった。僕だけでなく龍大たちも出会うたびに、彼には嫌な目に遭わされてきた。

 それは、十日ほど前のことだった。僕は幹線道路の車列をじっと見つめていた。理由は兵器や弾薬を満載にしたトラックの列が通り過ぎるのを待つためだ。やがてトラックの音が遠くへ消え去り砂煙が収まると、道路には「落とし物」が残る。それを狙って待っていたのだが、案の定その日も弾薬らしきものが落ちていた。

「よしっ、獲物発見……」

 僕は、機関銃の銃弾と思われる、小銃の弾よりも長目の銃弾を見つけ目を輝かせた。当然のごとくそれを拾い、喜び勇んで土手の上に戻ると、そこには正泰がチューインガムをクチャクチャ噛みながら待ち構えていた。

「いい物を拾ったようだな。俺によこせよ」

「…………」

「さっさとよこせよ。お前みたいなガキは、小銃の薬莢でも拾って遊んでりゃいいんだよ」

 彼はそう言うと、僕の手から銃弾を奪い取った。

「何するんだよ、それは俺が拾った物でしょ!」

「何だ? お前、それが先輩に向かってする態度かよ?」

 正泰は拳をぐっと握ると、眉間にしわを寄せて僕を睨んだ。僕は悔しさで唇を噛みしめながら、じっと我慢するしかなかった。正泰は勝ち誇った顔でうなずくと、土手をふてぶてしく歩きはじめ、思い出したように振り返り

「おい、善花のことはくれぐれも妙なことするんじゃないからな、あれは俺の女だからな!」

念を押すように言い残し足早に去っていった。

 その翌日、学校中に噂が広がっていた。正泰が大けがを負ったというのだ。どうやら、両足の間に、僕から奪い取った銃弾を挟んで、内部の火薬を取り出そうとしていたとき、暴発を起こしたらしい。片方の目を失明し、両手と両足の指も吹き飛ぶ重症を負ったという。その話を聞いたとき、僕の背中にぞっと寒いものが走った。もしもあのとき、僕が銃弾を持ち帰っていたら、彼でなく僕が失明をして指を吹き飛ばされていたのだろう。そう思うと恐ろしさでその晩は眠れなかった。

 勝一兄さんは、正泰の事件を思い浮かべていたのか、しばらくの間、無言で鋭く尖った釘の先を見つめていた。やがて静かに僕を見ると、

「分かった、終わりにしよう」

 そう応じてくれた。

「でも俺たちはやめても、あいつら納得するかな?」

 永吉の言葉に勝一兄さんは、

「この釘を見せれば納得するさ」

そう言って、近くの木立に向けて、自分で研いだ釘を投げつけた、釘は木の幹にずぶっと刺さった。それを見たみんなの目にぞっと怯えが走った。

これが僕らの泥団子戦争の終幕だった。

つづきはこちら↓


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