だんだん、冬になってきました。 【週刊新陽 #32】
11月に入り、札幌は夕方4時を過ぎるとすっかり暗くなっています。
11月10日の日没は16時16分。北海道の冬の日没は早いと聞いてはいたものの予想以上(東京と30分近く違います)!
放課後、校舎の上階から眺めると、南北線の車両や札幌中心部のキラキラした明かりが見渡せることも、新陽高校の自慢です。
藻岩山の木々もすっかり葉が落ちて冬はもうすぐそこに来ているようです。
多様な生き方を一緒に考える全校集会
今年から、新陽高校のビジョン『人物多様性』をみんなで実現していくため、多様な考えや生き方に触れられるように多様性をテーマにした校長対談をおこなっています。
今月のオンライン全校集会に出てくださったのは小児科医・子どものこころ専門医の山口有紗さん。
多様性の尊重とは、それぞれの存在や個性を認め合うこと。つまり自分も相手も大切にすることが大前提です。
でも、自分を大事にすることって意外と難しいですよね。思春期なら尚更。
有紗さんは、そういった悩みを抱える10代にお医者さんという立場で寄り添い、つながりをつくるサポートをされています。
「自分が一方的に多様性について伝えるのではなく、生徒の皆さんと一緒に『多様な生き方』を考える時間にできればいいなと思っています。」
という言葉で始まったお話は、今・過去・未来の3つの時間軸で進みました。
子どもの心のお医者さん
ご自分のことを「子どもの心の医者です」と紹介した有紗さん。
子ども時代は脳にとって大事な時期。そして脳の細胞は、生まれてから成長するにつれてたくさんのつながりができていき、思春期になるとごちゃごちゃだったつながりがだんだん整理されていくのだそうです。こういう時期は、すごくハッピーなこともあれば、そうじゃないこともある。
それが心の不調です。
一生のうち5人に1人は何らかの精神疾患にかかり、その半分は10代半ばまでに起きると言われています。そして、多くの子どもたちは診断や治療を受けずに1人で悩んでいるのが現状。
これらは、イライラしたりやる気が出なかったりする感情の不安定さや、不登校や自分を傷つけるといった行動に現れることが多く、本当は本人が一番つらいのに、誤解されたり怒られたりしがちです。
環境の影響を受けやすいのも、子どもの心の特徴だそう。
「不安は悪い感情ではありません。自分を守るための心のサイン」と有紗さん。
子どもやそのご家族の話を聞き、子どもが毎日を過ごしやすくなるように一緒に立ち止まって、悩んで、ちょっと進んで・・・というのが子どもの心の医者(児童精神科医)のお仕事だそうです。
現在は病院ではなく、児童相談所で子どもたちの心の不調に寄り添っていらっしゃいます。
「困っている子どものそばで働きたい」
そんな有紗さんが、子どもの心のお医者さんになるまでのキャリアもユニークです。
中学校ではバスケに夢中になっていた時期もあったものの、14歳の時、拒食症に不眠症、家庭内暴力、家出、自殺未遂など、とても大変な状況に。高校進学するも馴染むことができず高2で中退、その後一人暮らしをしながら引きこもった生活をしていました。
その時は、「どこにも居場所なんてない」「誰も自分のことはわかってくれない」と感じていたそうです。
でも、17歳の時に転機が訪れます。きっかけは2001年のアメリカ同時多発テロ事件。そのニュースを見ていて「こんなところに引きこもっている場合じゃない!」と突如思い立ち、イギリスに渡ってインド人の病院でボランティアをしました。
この14歳から17歳の激動の時期に出会った、たくさんの不思議な大人と子どもたちが有紗さんを変えていきます。
特に一人で孤立してがんばっているような人たちが教えてくれたこと。それは、壮絶な人生でも先が見えなくても人は優しくなれる、ということだそうです。
でも同時に、そのつらさを一人で抱えず、もう少し楽になったらいい、とも感じるように。
そして、「少し困っている子どもの現場に近いところで働きたい」「すべての子どもとその周囲が、少ししんどい時にこそ安心してつながることのできる社会をつくることを、人生の中で大事にしよう」と思いはじめました。
職業は目的ではなく手段
帰国して働こうとしたものの、18歳でぶつかった大きな壁。それは、中卒(高校中退)であるということ。
自分の夢を叶えるために学歴がないことは不便、大学に行くことでやりたいことができるようになる(便利)、と高卒認定を取得し大学を受験。国際関係学部で子どもに関わる国際協力などを学びました。
大学卒業のタイミングで、『すべての子どもとその周囲が、少ししんどい時にこそ安心してつながることのできる社会をつくる』仕事って何だろう?と、思いついた先を片っ端から受けたところ、医学部編入試験だけ通ったとのことで、これはもう運命だったとしか思えません。
現在、有紗さんは児童相談所で精神科医として働きながら、NYのジョンズホプキンス大学院へオンライン留学中。そして一人のお子さんを育てるお母さんとしても悩む毎日を送っています。
医者といっても色々あることを知って欲しいし、職業では自分を説明できない、というメッセージは生徒たちにも響いたのではないでしょうか。
このように三足の草鞋を履く有紗さんが、まだまだやりたいこと。それは、子どもたちと一緒に未来を作っていくこと。
子どもたちの声にこそ本当のことがある。だから、子どものことは子どもと一緒に決めたい、と前職の成育医療センターでは、子どもの声を集め発信する活動もされていました。
そんな有紗さんからのアドバイス。
仕事は多様な側面がある。だから、将来の夢は職業じゃなくてもいい。
誰といたい?
どこにいたい?
社会とどう関わりたい?
そのために、なにがあれば便利か。
大事なものを軸にして、社会が自分を呼ぶ名前が変わってもいい。
みんなでつくるレジリエンス
レジリエンスという言葉を聞いたことがありますか?
レジリエンス(resilience)とは、回復力や弾性・しなやかさという意味の英語ですが、心理学的には『困難や脅威に直面している状況に対して、うまく適応できる能力・適応していく過程や結果』のこと、と言われます。
でも有紗さんによると、レジリエンスとは『個人だけの打たれ強さや適応力』ではなく、『その人がいる周囲と協力して、環境やリソースを活用し、自分のwell-beingを保つ力』。つまり、子どもの周りも含めてレジリエンスなのです。
「周りが真剣に子どもを支えていることが大切で、自分もそうありたい」そうおっしゃった笑顔がとても優しくて、同時に、『すべての子どもとその周囲が、少ししんどい時にこそ安心してつながることのできる社会をつくる』という信念への、しなやかで強い意志を感じました。
プレゼンの締めくくりは、こんなメッセージでした。
ちょっといいこと、ちょっとハッピーなことを大切にすることが、未来を明るく照らしていく。高校生だと、将来の話をたくさんされるかもしれない。でも、ぜひ『今』に目を向けて欲しい。
自分が今をどう考えているかによって、未来を変えることができると信じている。皆さんの毎日が小さな幸せで満たされたものになるといいなと思っています。
最後に、いくつか生徒からの質問(無記名フォームで受付)を伺ってみました。
- ボランティアの経験で大変だったことはなんですか?
自分の役割を自分で探さなければいけないことです。
実は、医師など資格がある状態は、やることや期待されていることが分かりやすい。一方、ボランティアは、求められていることを自分で見つけなければいけない。勝手にやって自己満足になってしまうこともある。
相手が何を求めているのか、自分で考えて生み出すことが大事だと思います。
- 様々なキャリアチェンジでの軸のようなものはありますか?
よく聞かれる質問なのですが・・・自分の中では『チェンジ』している感覚はないんですよね(笑)。むしろ全て同じ。
何が必要か考えて一つのことをやっていると次に必要なことが降ってきたりします。そのチャンスを見逃さないで、受け入れられるようにしています。
- 高校生活をやりなおせるとしたら?
自転車でカップル乗りをして学校から帰りたい!(笑)
もし生まれ変わって、なんでも能力が持てるとすれば、歌が上手いなどたぐいまれな能力で人を魅了してみたいです。
今の世の中は、そういう特出した能力があるなどデコボコを認める社会ではなく、平均点を求める社会かもしれない。そういう中だと、人と違うことは不便。例えば、中卒よりも大卒の方が、話を聞いてくれる人口が圧倒的に多くなるのは事実です。
新陽高校が目指している人物多様性とは、多様なデコボコを受け入れていく社会のことかな、と思います。
人を見るとき、点数や資格などではなく本当にどんな人か知るには時間がかかるけれど、でもその手間を惜しまず、丁寧さを大切にしていきたいですね。
***
有紗さんから、最後に生徒たちへのメッセージをいただきました。
死にたい、自分を傷つけてしまいたい、と思うことがあるかもしれません。中高生の10%はそういう気持ちになったことがある、というデータもあります。
だから、そう思った時に自分だけではない、と知っておいて欲しいです。
そして、誰かに話す、伝える、ということを諦めないで欲しい。
一人目に話した相手から、思っていたのと違う返答やサポートが返ってくることがあるかもしれない。14歳で自分が診てもらっていた精神科医の先生に、「100人喋ってもだめかもしれないけど、101人目は大丈夫かもしれないよ。誰も自分のことをわかってくれない、とあなたが自分を諦めても、僕はあなたをあきらめない。」と言ってもらったことが、今も心に残っています。
きっと誰かが受け止めてくれるから、どうかサインを出し続けることをあきらめないでください。
以下は、もし身近な人に相談できない場合は、と有紗さんから教えていただいた【相談先リンク】です。
本当につらい時は思い浮かばないので普段から見ておくとよい、とのアドバイスをいただいたので、ぜひ皆様も一度ご覧ください。
【編集後記】
全校集会の終了後、ある生徒が「今日のお話、とってもよかったです!」と伝えにきてくれました。オンラインの画面越しでも生徒たち一人ひとりに寄り添ってくれた有紗さんの優しさや思いやりが伝わったのだと思います。
有紗さん、本当にありがとうございました!
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