文豪だったら手を握っても許してもらえるのではないだろうか

近所のスーパーマーケット。恋をしている。だいたいの出現時間はわかるけど、いつも店頭に出ている仕事ではなさそう。最初に見たときは、カゴを集めて歩く後ろ姿だった。視界の中でその人だけクッキリして見えたから気がついた。それからは買い物へ行くたびに姿を探した。

その人はパートのおばさんが並ぶ中に混ざってレジ係をしているときがある。まだ彼は私を個別には認識していない様子だ、通り過ぎるたくさんの客の一人。両手で差し出されたレシートを受け取るときに、手を握りたくなる。そうしたら私を識別できるようになるだろう。しかし、似合わない場面で不意に手を握られるとこわい。私がされたとしたらその相手に嫌悪感を持つだろう。突然に体温を感じると無理に押し入られたような気持ちになるから。だから、私は自然に見えるギリギリ最大の丁寧さでゆっくりとレシートを受け取る。そのとき、偶然に指が触れることもあるけど、わざと触れさせるようなことはしない。彼との関係を大切にしたいから。卑しい感情で彼に接してはいけない。もし万が一にも、邪悪な力で彼の関心を自分に向けてしまったら、もう彼との恋が終ってしまうから。肉に由来しない感性で私に注意を向けて欲しい。


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