見出し画像

【創作大賞2024応募作】 Marshall 4 Season #18

【タイトル】
蜂と蝶 /  紫煙 / come again


前回までのM4S

           *

2024年7月28日 17:25

黄色と金色の混じった風神雷神図屏風のような色味の柄シャツを身に付けたサングラス姿の男は、バックステージ上手側で、粛としてその時を待っていた。

鳳仙カルマ。

日本最強のバトルMCである。

対するNoobは、ステージ下手側のバックステージで、運営スタッフに言われるがまま待機していた。

20メートルほど離れた位置からでもその男の放つ覇気に当てられ、思わずたじろいでしまう。


すでに吐くものが残されていない胃のなかで、ムカムカとした胃液だけが体内で暴れ回っていた。

「さあ、『矢場スギルスキル』もいよいよ後半。残すところあと僅かとなってしまいました」

司会役がそう告げる。

「それでは後半戦、MCバトル準決勝第一試合スタートしたいと思います!アーユーレディ?!」

わあ!っと観客たちが沸き立つ。

「それではお呼びしましょう、レペゼン名古屋といえば正にこの男、現在日本最強のバトルMC"鳳仙カルマ"の登場だぁ!」

観客たちは熱狂し、皆が手を掲げ声をあげる。

プシューっとCO2ガスが噴射し、バックステージからメインステージまでの導線が真っ白になる。

その霧がかった通路から、ばっちりオールバックで固めた頭髪が現れ、大型モニターにシルエットが映し出される。

現れた男の顔は無表情。
「勝って当然」と言わんばかりだ。

「さあ対するは…」

いよいよだ。
もう何も考えられなくなっていたNoobは、断頭台に向かう罪人のような心境だった。

「若干16歳、今大会がMCバトル初参戦。奇しくも同郷対決。フロム名古屋からの刺客、"MC Noob"の登場だぁー!」

相応に盛り上がってはいるものの、明らかに観客たちは興醒めしていて、真っ直ぐな雫や優璃たちの歓声が余計惨めな気持ちにさせる。

「それではマイクチェック後に、先攻後攻を決めていただきます」

渡されるマイクがずっしりと重い。
手が震えて、片手で持つことすら苦しく感じる。


           *


「先攻後攻どっちでもいいよ。ビートも選んでいいから」

見かねた鳳仙がNoobにそう言うも、その意味を理解出来ずに、あわあわとたじろいでいる。

マイクのコードが絡まってしまいそれどころではない様子だ。

「…大丈夫ですか?ゆっくり、落ち着いてからで良いからね」

進行役のMCも、Noobの動揺っぷりに同情している。この光景にクスクスと笑う観客すらいる。

「じゃ、じゃあ後攻で…」

ようやく発せられたNoobの肉声を聞き、「頑張れー!」と声援を送る者もいるが、直後「アハハハ」と笑い声が伴う。

完全に馬鹿にされている。


「それではビートを選んでいただきましょう」
「まずはDJケンタクローズから…」

──ドゥクドゥク ドゥクドゥク

スクラッチの後、スピーカーから流れてきたビートはSEEDAの『不定職者』だった。バトルの定番チューン。観客もフォウ!っと歓声をあげる。

「さあ続いてDJ PEKO、ビートをお願いします」

──ドゥクドゥク ドゥクドゥク

DJ PEKOの選曲したビートはSOUL SCREAMの『蜂と蝶』だった。
こちらも定番チューン。

この曲はNoobもお気に入りで、Apple Musicのプレイリストにも入っている。そして観客も先程より盛り上がっている。流石は名盤クラシックだ。

「じゃ、じゃあこれで…」

Noobは自ずと、『蜂と蝶』のビートを選んでいた。

「OK、ビートが決まりました。それでは早速いきたいと思います。『矢場スギルスキル』MCバトル準決勝第一試合、先攻鳳仙カルマから。4小節3本勝負。DJ PEKO、ブリンク ダ ビーツ!」


──ドゥクドゥク ドゥクドゥク


         *

蜂と蝶(Battle ver.)
作詞作曲:SOUL SCREAM
先攻:鳳仙カルマ
後攻:Noob


          

(先攻:鳳仙カルマ)
ハッキリ言って お前可哀想
そりゃそう 相手俺だし ただ

ここに立つ以上 マイク握る以上
どんな奴だろうと葬り去る それが流儀

Yo 調子どう 聞くまでもなく
とっくの昔に死にそう この先想像するまでも無く

見せつける オメーのケツ蹴る
ついでにキャンプファイヤー ご愁傷様


──鳳仙カルマだ。

本当にあの鳳仙カルマが相手なんだ。

Noobは、それが自分に向けられた口撃であるにも関わらず、ついつい聴き入ってしまった。

無駄のないワードチョイス、丁寧なビートアプローチ、そしてあくまでも此処がバトルの現場で、この場ではどんな相手だろうと確実に殺す、というブレない勝負感。

それだけじゃない。
先攻というリスクも一挙に引き受けて
「バトルはこうやるんだよ」
「このビートにはこんな感じで乗れば良いんだよ」
と、ある意味見本を示してくれている。

ステージ上で、とてつもないプレッシャーとアウェイ感を感じていたNoobにとって、サングラス姿の男が放つ殺気は一種の愛ですらあった。


──この人になら、ボクの全てを出せるかも。


おこがましいにも程があるのかもしれないが、Noobの中の圧倒的好奇心が、それまで青年の心を支配していた恐怖という感情を凌駕してしまった。

みんな知らないんだ。

小さくて弱くて、それまで誰にも相手にされなかったような奴が、自分よりも強くてデカイ奴に下からアッパー突き上げてワンパン喰らわすときの爽快感を。

これに賭けよう。

ヒップホップにおいての、"コンプレックスが最大の武器になる"というセオリーでいうなら、恐らくこの会場内でNoobの右に出る者は居ない。

Noobは、そこに自らの強みを見出した。

DJがスクラッチし、Noobのターンにビートが移行する。


(後攻:Noob)
Yo その火力じゃ足りません死にません
陰日向かげひなたに咲くタンポポ いただくぜ街の鼓動

俺もアンタも同じ街のムジナで
たまたま似たような音と言葉使ってここに立ってる

だからって偉そうに先輩風吹かせんな
ふざけんな鳳仙カルマ 気安く人の強さ語るな

俺の強さと命の価値はな
アンタよりもこの俺がよく知ってるさ


          *


誰もが予想だにしなかったであろう鮮やかな反撃。

これにはオーディエンスたちも驚き、沸き出す。

観客席の雫や優璃、そしてNoobの母親 美代子に至ってはガッツポーズで歓喜している。

だが、あくまでも相手は鳳仙カルマ。

ビギナーの放ったラッキーパンチになどいちいち喰らうことも無いと、至って冷静に勝負の局面を見据えている。


(先攻:鳳仙カルマ 2バース目)
蝶のように舞い ゆらりゆら
蜂のように刺す くたばりな

これは名誉のためにやってるRap
金になるのかどうかも知らねえけど転がしてる

バトルが流行ってるからこーゆー奴湧く
なら片っ端から俺がつまむ

ごく当然のように用意された勝利を掴む
つまり俺が収穫者だってこと よく覚えとけ

          

(後攻:Noob 2バース目)
まだ収穫されるほど俺育ってねえよ
つまむなら味仙 青菜炒めにしとけ

名古屋人だからわかるこの街のビバップ
味噌煮込みよりも濃いクールコアな美学

トラックは『蜂と蝶』 ラシックならPARCO横
暮らしの中でクロス 歌と音とキミとボク

クラッシュ気味な負けん気だけじゃないGive da Mic
Take you けなし合いだけじゃないクラシックな試合


          

(先攻:鳳仙カルマ 3バース目)
いやだっせーくっせえ 余計なお世話
お前の負けん気うんぬん知らねえ

お前どこ見とんの?瞳孔開いとんの?
俺はここ HIPHOPはやり方じゃなく あり方

この街を語るには お前10年早え 
クラシック語るには お前100年早え

お前がやるべきことをさっさとやれ
俺は俺でやるから勝手に放っとけ

          

(後攻:Noob 3バース目)
そこらへんの老害とまるで変わらんアンサー
アンタさあ マジでホンマモンのカルマさん?

俺が見たいのは まがいもんじゃなくて
聴きたいのはアンタの『格言か苦言』 You know?

まあいいや別に 自由であるべきだ 人も音楽も
そこはアンタと同意見 言われなくても好きにする

スキルフル 『矢場スギル』イルマティック エモい夏
TikTokじゃ映しきれぬHIPHOP描く一途な濃い 淡い夏

俺はちゃんとやったぞ!

                                       *


「うわあああ!」と叫ぶオーディエンスたちの声と、司会進行役の「終了ー!!」という合図。

そして最後4小節目のビートから逸脱して放たれたNoobの一言が、すべてごちゃ混ぜとなってバトルが終了した。

巨大モニターに映し出されたNoobは、血色よく微笑んで安堵の表情を浮かべている。

対する鳳仙カルマは仁王立ちで、ゆっくりと右手を掲げて観客席よりも更に奥の景色を見つめている。

スカッとするほど、ふてぶてしい。

「それでは早速、判定に移りたいと思います!」

司会役が会場中の余韻モードを次局にシフトする。

「先攻、鳳仙カルマが勝ったと思う人!?」

ワアアアアア!!!

観客席がドカンと沸き、皆が手を挙げる。

「後攻、Noobが勝ったと思う人!?」

ワアアアア!!

観客席からの評価値は鳳仙カルマに軍配が上がったものの、関係者ブースに居たアーティストやラッパーはNoobへ声援を送っていた。

チョビは両者に声援を送り、KJは「うーん…」と苦悶の表情を浮かべている。

「うーん…接戦。やや先攻、鳳仙カルマが勝っているように感じますが…」司会役もそう収める。

「延長でどうですか?短いよ4小節3本は」

そう言ったのは鳳仙カルマ。
本人もこの展開に納得しきれないものがある様子だ。

これには「待ってました!」と言わんばかりに会場全体が盛り上がる。

「わかりました!それでは延長戦に移りたいと思いますが、皆さん調子はどうですか?!」

ウワアアアアアアアアア!!!

観客も関係者も、満場一致で延長戦を望んでいるようだ。

「それでは延長用のビートを選択していただきます」
そう言って司会が促し、DJケンタクローズが曲をかける。

──ドゥクドゥク ドゥクドゥク

スモーキーな管楽器の音色と、渋いウッドベースの旋律。この曲はMC漢とMAKI the MAGICのダブルネーム名盤『紫煙』のトラックだ。

Noobが思わず「これがいい!」と、まるで玩具をねだる子どものような声を上げてしまう。

その様子に、会場中がドッと笑い声を発する。

「ハハハ!確かに確かに!…まあでもDJ PEKOも凄い曲用意してくれてるはずだから!」

「じゃあ気を取り直して、DJ PEKO!よろしくどうぞ!」

──ドゥクドゥク ドゥクドゥク

と、ここでまたしても『紫煙』が流れる。

本来ならご法度なのかもしれないが、
「もうこの曲でいいっしょ」という思いが会場中の共通理解として成立してしていた。


           *



「OK!もうこれしか無いってことで!先攻後攻は…」

「俺後攻がいい!」

間髪入れずに鳳仙カルマが手を挙げる。全身がテレビ塔のようにピンとしていて、東の空高く映る本物のテレビ塔が背景に生えている。

会場もステージも関係者もネット上も、この展開には思わず「wwwww」だった。

「わかりましたそれでは早速行ってみましょう!準決勝第一試合、延長戦!ビートは『紫煙』泣いても笑ってもこれで最後!8小節1本勝負!DJ ケンタクローズ、ブリンク ダ ビーツ!」

この延長ビートは先程の4小節ではなく、倍の8小節。

出し惜しみ無しでやるしかない。

先攻のNoobが思い切り息を吸い込む。

           *


紫煙(Battle ver.)
作詞作曲:MC漢×MAKI the MAGIC
先攻:Noob
後攻:鳳仙カルマ


                                      *


(先攻:Noob ラストバース)
何かとストリート語る割に嫌なパンチライン
地方都市052 日本の中心太いパイプライン
固い結束 カネに暴力 甘い誘惑
この世の天国 錦町で裏社会科見学
はたから見りゃただの雑魚に見えてるかもしれないが
緻密な計算に基づいて成り立ってる贅沢
善と悪 全部吐く 承知の上での生活
テンポ早くサンプラーよりもオカンの肩たたく
無一文 シワのついたシャツ シミのついたキャップ
レコード回す 猫と暮らす 秋冬春夏あきふゆはるなつ
限度なく手を伸ばす 権力には屈しねえ
選択肢はたった一つ 全力でぶつかれ
メジャーのメディア戦略よりも目に焼き付ける
目からうろこ 眠る財宝 やみつきになる
運命カルマさえも翻弄する俺のマイク捌き
瞳孔開くほどの衝撃 革命起こす拡声器


                                      *

会心の一撃。

原曲のMC漢のリリックを8割サンプリングしているとはいえ、これ以上無いくらいスキルとフロウが曲の持つ黒いイメージと等身大の自分を投影していた。

一曲目の『蜂と蝶』よりも早口で捲し立てた分、情報量は多いものの「全部俺の本音だ」と、やり切った顔をしており、しっかりと絶対王者 鳳仙カルマを睨みつけている。


           *

(後攻:鳳仙カルマ ラストバース)
いやいやコレはカラオケじゃねえから
お前この延長戦で人のリリックパクんなよ
スキルだとか何だとか言って所詮ただのガキだわ
人のモンとテメェのモンの区別ぐらい付けろや
お前が言う強さってのは借りもんのパチモンか?
そんなもんで俺と張り合うなんてふざけた事抜かすな
"俺達の俺達による俺達の為の音楽"
サンプリングってのはこういう風にやんだわ
なかなか骨のありそうな奴だと思い始めてはいたが
まさかこれが最後だなんてそりゃあんまりガッカリだ
まあでも初体験に失敗と赤っ恥は付きもの
いきなりオレのイチモツ生で食らうのは酷ってもんか
また俺が欲しくなったらいつでも咥えに来いよ
俺はいつも表彰台の更に上の2000小節先いるから
名前は覚えたぜ16歳 チェリーボーイ Noobちゃん
また出直してこいや また強さの意味教えてやるよ

           *

圧倒的圧勝劇。

完膚なきまでにボコボコにされ寧ろ清々しく思える。
Noobは思わず天を見上げ「終わったー!」とシャウトした。

「い、一応ジャッジしますか?いいですか?」
司会もこの結末にいささか戸惑っている。

勝敗の行方は、誰が見ても明らかだった。

「いや、これは僕の負けです。完全に負けです」

ぐうの音も出ない程、鳳仙カルマのアンサーがクリティカルヒットした。

元凶は、鳳仙も指摘した通り、リリックサンプリングの範疇を大きく逸脱するというラストバースでの采配ミス。

会心の一撃から転じて、痛恨のミスだった。

あの鳳仙カルマを延長戦まで追い込んだという事態にNoobは冷静さを欠いたのだ。


16歳の青年は大きな反省点を残し、この勝負の幕は閉じた。



ちなみに『矢場スギルスキル』MCバトルのチャンピオンは鳳仙カルマで、準優勝が鎮座ドープマン、3位が魔魔魔という結果だった。

準決勝第2試合は、鎮座ドープマンの超集中ゾーン 通称"Dopeness Time"が発動し、魔魔魔のシステマティックなスタイルを翻弄し、撃破。

決勝戦は、延長に次ぐ延長の結果、地元名古屋のホームでの強さが差となり鳳仙カルマが見事優勝を果たす。

こうして全試合、全行程は無事フィナーレを迎えたのであった。



           


「あっNoob!お疲れ様!」
「ちょっとアンタ!最初のナヨナヨした感じ何だったの?マジで裏切られたわ、良い意味で!」

雫と優璃は、何故あのバトルがあの様に呆気なく終わってしまったのかいまいち分かっていなかったが、Noobの奮闘ぶりにかなり盛り上がっている。

「お前すげえじゃん!マジでクッソカッコよかった!」
ユウキと美穂とごっつんも観客席から観てくれていたようだ。


           
「ノブくん。お疲れ様でした」
この呼び方をするのは、この世界で美代子ただ一人。

「正直、内容の全部は分からなかったけど、あなたがあんなに一生懸命頑張ってる姿観たの、お母さんいつ振りだろうね…本当にお疲れ様」

「みんなも本当にお疲れ様でした。おばさんの近くで色々教えてくれてありがとうね、雫ちゃんも優璃ちゃんも。凄く楽しかったよ、女子会トークまたしようね」

いえいえこちらこそ、と皆かしこまって美代子を労う。

「マーシャルちゃんも良い子だったよ。本当に可愛い猫ちゃん。うちの子を宜しくお願いします」

美代子のおっとりとした口調と律儀な言動に相まって、夏の夕暮れ時にふわりと吹く夜風が、いつにも増して優しくやわらかに若者たちの体を癒す。

「なーんか腹減ったね」
優璃の腹の虫が、グゥっと19時ジャストの時報を伝える。

「僕は加藤さんが迎えに来るから、Marshallと母さんと車で帰るよ」
Noobが寂し気に、けれど仕方がないといった具合でそう答える。

「たまには良いじゃない。みんなとご飯でも食べて来なさいよ。マーシャルちゃんと母さんで加藤さんの車に乗って帰るから」

「でもお風呂の時間が…」

「今日くらい どうってこと無いよ。母さんからも加藤さんと施設長には上手く言っとくから」
美代子がニコッと笑ってそう言う。

「そうだよアンタ今日何にも食べてないじゃん!」
「しっかり食べるのも大事だし」
「たまには皆でご飯食べないと楽しくないじゃんね」
「味仙行きたい。台湾ラーメンと青菜炒め食べたい」
「あー長い1日だった…」
「アタシ汗臭くない?大丈夫?」

皆一様に、やり遂げた顔をしている。

Marshallに至っては、美代子の胸のなかでスヤスヤ寝息を立てている。

「じゃあ…今日ぐらいは。ありがとうみんな!」
Noobの表情も、ようやく長い戦いから解放され和らぐ。

          *


「お疲れさま」
そこに現れたのは、なんと鳳仙カルマ。
サングラスをはずし、整髪料で固めていたオールバックも洗い流されボサボサ頭だ。

一瞬ピリッと緊張感が走ったものの、先程の人物とはまるで別人のような出立ちで、彼もまた長い戦いから解放されリラックスした表情でいる。

 「ほ、鳳仙さん!お疲れ様でした!」
何故か雫が一番早く頭を下げる。
 
「Noobくん…だっけ?」
「は、はい」
「今日はマジでありがとう」

「い、いえこちらこそ!ていうか…最後のバースであんな失態を晒してしまって本当すいませんでした!」

「いやいや。まさかあんなに漢さんのバース歌い上げるとは思わなかったけど、なんか久しぶりに楽しかった」

「すいません!」

「いや謝んなくていいよ、ていうか初バトルであそこまで出来るの凄いと思うし」

「ありがとうございます!あの…鳳仙さん!」

「ん?何?」

「みんなで写真取りたいんですけど鳳仙さんも写ってもらっていいですか!?」
Noobが意を決してそう伝える。

「全然いいけど、せっかくだし俺以外のメンツも呼んでいい?」

「えー!良いんですか!?じゃあアタシ、あのイケメンの横がいい!」
何故か優璃が一番早く段取りを決めはじめる。

「それは全然良いんだけど、ちょっと皆に声かけてくるから待っといて」
そう言って鳳仙は、関係者たちが休憩しているバックヤードに向かう。


           *


数分後、「お待たせー」と言って大所帯を引き連れ鳳仙カルマが戻ってきた。

「ちょ、え!マジで…え!え!えーっ!」
そのメンツの異常さに、普段寡黙なごっつんがあからさまに取り乱す。

鳳仙カルマ、鎮座ドープマン、魔魔魔、烈狐(優璃が推すイケメンMC)、カヱデ(優璃が推すイケメンMC)、B-BOYジュニア、B-BOY Hong10、DJ刀頭、そしてBuddhaのチョビとKJ

皆ビールやケバブ、矢場とんの串味噌カツ、トロフィー、義足、うずまきキャンディなどを片手に賑やかな様子でたむろしている。

「チョビ!お前、Tシャツ味噌まみれじゃん!」
「いいじゃん別に」
「ニャー!(お前はいつまで経っても子どもか!)」
Hey!Junior! おい ジュニアDon't carry the prosthetic your hands!Put it on!義足は持つな
Jeez, Hong's so nitpickyうるさい ホンは細かいよ

「はい!良いですか!撮りますよー!」
「おい!大人しくしろ!」
「はいチーズ!」



                                     *          
                                     *
                                     *

2024年7月29日 0:06

「ねえもう寝てる?」
雫からのLINEだ。

Noobは今まさに泥のように寝てやろうと決め込んでいた。
「寝てるよ」

「起きてんじゃん」
「いや寝てるって」
「今日ほんとに楽しかった」
「うんzzZ」
「次は文化祭だね」
「うんzzZ」
「ごめんごめん疲れてるよね」
「疲れてるよ寝てるよzzZ」
「カッコよかったよ」
「ありがとう」
「そこは寝てないんだ」
「うるさいなあ」
「この曲よかったら今度聴いて」


それはNoobがまだ中学生だったときに、雫に教えたm-floの『come again』という曲だった。
20年以上昔の楽曲だとは思えないほど洗練されていて、いつまでも色褪せない。そして何ともいえない切なさがクセになる日本の音楽シーンを代表するナンバーだ。

「本当に今日は楽しかった。雫いつもありがとう」
「こちらこそ!おやすみNoob」
「おやすみzzZ」

          *

この地球という星で、今日という日の出来事はきっと目に見えないほど些細なものだろう。

2024年7月のこの瞬間も、日本という島国で起こるたわいのない営みも、祭りの後の寂しさも、若者たちが過ごしたひと夏の思い出も、全てがきっと宇宙のなかの小さな砂粒に過ぎない。

だが同時に、限りなく小さいものが、限りなく大きいというのが、万物の理であり生命のロマンでもある。
それらのかけがえのない命の灯たちが、この広大な銀河のなかで限りなく輝き続け、全てのバランスを保っている。
すべからく、ケセラセラなのである。

ただ、一つだけ
この宇宙という広大なジグソーパズルには
まだ足りないピースがある。

                                     *

次回、Marshall 4 Season #19
最終話『THE BEST IS YET TO COME』

乞うご期待。


次回のM4S





























この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?