【創作大賞2024応募作】 Marshall 4 Season #7
【タイトル】
路上 \ 今日無事
2023年12月30日 04:04
JR恵比寿駅前ロータリー。
Noobことノブは、琥珀色(こはくいろ)の猫、Marshallの語りに夢中だった。
「で、その後日本に帰ってきてどうしたの?」
その問いに対する応えはなく、かわりにタクシーを拾うか否かで揉める男女のキャンキャン喚く声が耳に障る。
猫という生き物は、そもそも寒さが苦手で、何より飽きっぽい。そして人間の6倍のスピードで歳をとる。
にも関わらず、二時間分の時間とカロリーを費やしたのだ。
もういいだろう、という具合でぐうっと体を伸びして質問に質問で応える。
「何時に来るんだ、始発は」
そうだった、と我に帰るように一瞬ハッと驚き、直後に絶望的な今後のスケジュールを少年は思い出した。
──始発に乗って地元に帰ったらぼくは死ぬんだ。
「あと1時間くらいかな」
今度は、くわぁっとあくびをしながら申し訳程度に「そうか」と言って、右の前脚を毛繕いしている。
「帰るところはあるの?」
琥珀色の猫は一瞬、危機を察知したかのように全身の腱や筋肉で鋭利な反応を示す。
だが、少年が自らの死期を思い出したのと同様、今後のスケジュールに対し虚ろな実感を示す。
「帰るところは無い」
Noobは、自ら聞いておいたのに「そうなんだ」と、どっち付かずのことしか言わない。
「うちは名古屋なんだ。品川まで行って新幹線で帰る」
それがどうした、とは言わない。
なぜならMarshallにとっては、本当にどうでも良かったからだ。
「キミも来る?」
嫌だ行かない、とは言わない。
なぜならMarshallは、本当に行く気がないからだ。
「ぼく、地元に帰ったら1月1日に死ぬんだ」
勝手にしろ、とは言えなかった。
なぜなら、Noobが大粒の涙を流してしくしくと泣き出したからだ。
「なぜ死ぬんだ」
「もう嫌になったんだ」
「何が」
「どこにも居場所がないんだ」
「だから死ぬのか」
「うん、生きてても仕方ないから」
「誰も悲しまないのか」
「わからない」
「そうか。じゃあ何故俺を連れて帰ろうとする」
「可哀想だと思ったから。それに友達になりたいと思ったから」
「死ぬ予定なのに、友達が欲しいのか」
「わからないよ。もう」
「もしお前と友達になろうと名古屋に行ったのに、お前が2日後に死んだら俺はどうなる」
「ごめんなさい」
「無闇に謝るな」
「じゃあ、もういいよ。一人で帰るから」
「身勝手なガキだな」
「いいだろ別に」
「ひとついい事を教えてやろう。死についてだ」
Noobの涙がやみ、奇しくも眼球にぐっと力がこもる。
「なんだよ死について、って」
「お前のような考えでは、死ぬに死にきれない。
それはつまり、"俺のようになる"ということだ。
生と死の狭間を彷徨い、生前の命を無下にしてしまった後悔をただただ味わって、死にたくても死ねない状態で時間を費やす。
それは生きることよりも辛い。
お前がこの先どうしようと俺には関係ないわけだが。
まだケツの青い子どもが、この世の不条理さを嘆いて自死するのは、何故だか勿体無いと思えて仕方がない。
俺もいよいよヤキが回ってしまったようだ。
これは単なる老婆心。気にせず地元で死ぬがいい」
「そんな…」
「お前が決めろ。これはお前の人生だ」
あれだけ長かった始発前の待ち時間が、幾つあっても足りないような相対性理論の実践を味わっていた。
一体どうすれば良いんだ。生きるのか死ぬのか。
残り数十分でその解に辿り着くには、時間というものは余りにも速く溶けていく。
「本当はどうしたいんだ。何がしたい」
「ぼくは…普通に暮らしたい」
「普通?」
「自分が生きたいように生きて、友達と冗談を言い合ったり、好きな子と付き合ったり、好きな音楽を聴いたり、自分の得意なことを活かして働いたり、誰かに褒められたり、誰かに愛されて、幸せを感じて生きていたい」
「それがお前の云う"普通"か」
「そう、かもしれないけどわからない」
「まあ普通かどうかはわからん。だが、お前の答えということに代わりはない」
「ごめんなさい」
「無闇に謝るな」
ガガガガガっとシャッターが開き出す。
そろそろ潮時か。
「ねえ、ぼくの友達になってよ」
そういうとNoobは、背負っていたノースフェイスのリュックから縛られ結えられたトラックロープの束を取り出し、すぐ向かいの無人交番に投げ捨てた。
「頼むよ」
Marshallは、じっと月を見つめていた。
2015年5月3日に、人間としての役割を終えてからの約9年間、この琥珀色の猫としての"心の声"を聞き会話をすることが出来た人間は、Noobの他に誰ひとり存在しなかった。
「寒い場所は御免だ。それに空腹も嫌だ。毎週数冊の文学書と、無数の音楽が聴きたい。用意出来るか?」
Noobの屈託の無い笑顔が、夢や感動に心踊っていた在りし日の自分を見ているかのように映る。
「なんとかするよ!」
そう言ってリュックの中に入るよう促す。
「まさか猫になってからも新幹線に乗れるなんてな」
Marshallは、するっとしなやかに身をこなし、ノースフェイスのリュックカバンに全身全霊を見繕った。
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