【創作大賞2024応募作】 Marshall 4 Season #14
【タイトル】
Poison /ありあまる富
2024年4月15日 7:39
「ねえ、もう行かなきゃ」
「行くってどこに」
「・・・学校」
「ははは。バカかよ。ンなもん行ったって」
「もう離れて。あとパンツ返して」
「・・・チッ!ったくよぉ」
学校に行きたいなんて嘘。
只、蛞蝓やら蛆虫が、ねっとり体を這ってるみたいで嫌なだけ。
私みたいなガキ相手にする男なんて皆、所詮そう。
ウザい。キモい。スケベなだけで金がない。
品もない。センスもない。
愛も、無い。
三蔵通りから堀川沿い。天王崎橋周辺に立ち並ぶ(安くて古くて不審死が多発する)この世の墓場みたいなラブホ街。
その日少女は、そこから学校へと向かった。
「ハァ。しょーもな」
歩いて若宮大通りまで行き、基幹バスを待つ。
バスは、圧迫死よろしくラッシュアワーおはよう。
と云った具合で、ぎゅうぎゅう詰めの悲惨な有り様だった。
「歩くわ、やっぱ」
少女がそう言うと、バスは「用がないならそこに立つなクソビッチ」と言わんばかりに、プシュウと油圧音を放ちドアを閉め、目の前から去っていった。
「嫌われることには慣れとるよ」
そう言って、特には何も入っていない学生鞄を片手でひゅうっと肩に引っ掛け、国際センターに向かい流離う。
*
比嘉 優璃(18歳)
ステージネームは、YURI。
両親が百合の花をこよなく愛していたことと、優璃自身が、白くて力強くて、太陽に向かい健気に咲く百合を好んでいたこともあり、『YURI』という名前にした。
沖縄の血とフランス、アメリカと京都の血が混じり合うハイブリッド型歌姫。
Sunnyのメンバー 美穂の一つ歳上。
美穂が以前言っていた、"おあつらえ向きな歌姫"とは、彼女のことだ。
本当の母親の顔をあまり覚えていない。
母は重度のシャブ中だったらしい。
父親が、当時5歳だった優璃を引き取り、車関連の工場で働く為、沖縄の空と海と妻を捨て、ここ名古屋での暮らしを始めた。
父方の祖母がフランス人で、母方の祖父がアメリカ人、父は沖縄の生まれで元シンガー、母は京都の元芸者だった。
米軍基地近くの、バーで知り合い恋に堕ちた両親だったが、まだあまりにも若すぎる2人は、優璃を育てる力を持ち合わせていなかった。
それでも父親は、優璃を育てる為、懸命に働き、働き、働き、なんとか高校に通わせることができた。
その後父は、名古屋で知り合った女性と再婚し、昨年の春頃、元気な男の子を授かった。
優璃はお姉さんになってから、家に帰らなくなった。
そして、夜の街で唄うようになった。
*
若干17,18歳にも関わらず、彼女の歌声は、やけに大人びていて、夜の街を憂い、世の不条理さを説き、下人どもを癒し給う天女のような存在として、崇められ、可愛がられた。
しかし、歌だけでは生きていけない現状を知る。
だから身体を売った。
1ステージ1,000円あるか無いかの現状じゃ、とてもじゃないが食っていけなかったのだ。
学校には、"行けたら行く"と言ってはいたものの、ほとんど出席しておらず、引き続き、ほとんど家にも帰っていなかった。
父にも、新しい家族にも、合わせる顔が無い。
「歌なんて、唄うんじゃなかった」
──彼女は、皮肉なほどに才能に恵まれていた。
*
歩き疲れた優璃は、その辺のカフェか、ファストフード店に入って時間を潰すことにした。
「ピコン」
美穂からインスタのDMが届く。
最近の中高生同士のやりとりでは、LINEはすでに古いらしく、そういう"ごく一般的な若者"の流行りに疎かった優璃にとっては、ほんの少しだけ世界をワクワクさせる着信音だった。
「ユリちゃん今どこにおる?」
「学校来んの?」
いつもの事だけど、「わからん」と適当な返事をして、ドトール白川公園店のカウンター席に上半身を沈めた。
「ほっといてよ、もう」
5分程、間を開け、再び美穂からのチャットが届く。
「Noobが虎太郎さんと組むこと決まったよ!」
「だからユリちゃんも来て!早く!」
これには優璃も、体をビクッとさせる。
約一週間、美穂から「また歌って」とせがまれていた。でも、肝心のギタリストが定まらず、この話はもう頓挫したものだと思っていたからだ。
虎太郎のことは知っていた。
有名な不良?だったし、一度だけ同じイベントに出たことがあったからだ。
で、Noobって誰。
まあ、どーせヒマだし顔出すか。と多少の興味を持った優璃は、ぶっきらぼうな返事をする。
「疲れたから迎えに来て」
「ください」
「わかった!」
すぐに美穂から返信が届く。
可愛い妹みたい。
いつもごめんね、おやすみ。
そう思って、再度カウンター席に突っ伏した。
*
「あ、いた!」
連絡から約1時間。
美穂が、厚いガラス板越しの席でうずくまる優璃を、コンコンっとノックして起こす。が、起きない。
「こりゃダメだ」
仕方ないので店内に入るも、店員から白い目で見られる。はやくコイツを何処かにやってください。
そういう目だ。
「ユリちゃん、早く起きて!行くよ!」
「・・・うーん、まだ早いよ。ママ」
こんな綺麗なお姉さんに「ママ」と呼ばれた美穂は、嬉しくなった反面、切なくなってしまった。
「ほら、行くよ」
「ほっとけないよ、ユリちゃん」
そんな心境についついさせてしまうくらい、優璃の寝顔は、あどけなかった。
*
優璃は寝ぼけ眼を擦って、なよなよしているが、ようやく外に出れたことだけは分かった。
美穂に自転車の荷台に座るよう促され、二人は若宮大通りを二人乗りした。
「おいそこの女子高生、二人乗りはやめなさい!」
すぐに巡回中のパトカーが、拡声器越しに注意する。
それでも、2人は街を駆け抜ける。
「美穂、嬉しいの?」
「うん。嬉しいよ!」
「そっか。ねえ、」
そう言うと優璃は、背負っていた鞄からBluetooth型のイヤホンを取り出し、美穂に片方渡した。
「この曲、一緒に聴こ」
「えっ?いいの?…うん、聴こ!」
2人は、流れてくるメロディに耳を傾け、街を疾走した。
「ねえ、Noobってどんな奴?」
「んーっと、…なんか凄い奴!」
「へー。イケメン?」
「いやぁ…それはどうかな。でも、ユリちゃんきっと気にいるよ!」
「イケメンじゃないのに?」
「ぶふっ!ユリちゃん、男は顔だけじゃないよ」
「うるさい。じゃあ何がいいの?Noobは」
「えっ。そりゃー"リリック"でしょ」
「ぶふ!ウケる!何そいつ、ラッパーなの?」
「…うーん、ラッパーでは無いんだけど」
「じゃあ何?」
「不思議な子。だからユリちゃんと組んで欲しい」
「えー何それ、超ミステリアスじゃん」
「えっ、てことは組んでくれるの!?」
「いやいや、会った事もないし。わかんないよ」
「じゃあ会ったら、また歌ってくれるの!?」
「うるさい。もぉ…。考えとくよ」
「やったあ!んじゃ盛り漕ぎ爆走モード!」
「ちょ、ちょっと美穂!危ない、危ないって!」
──若さと才能、努力と直感、痛みと悲しみ。
それらが混ざりあって出来た色は、きっとどんな色よりも美しい。
そのことを、優璃はまだ知らなかった。
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