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誰得 #1

【あらすじ】

世界に絶望する介護士  マチダ。

「月20万を稼ぐため毎日誰かの糞の処理をして生きるのか」

元々お笑い芸人に憧れていた。忌み嫌う介護の世界でしか働き口が無いという現状に辟易する。

そんな折、同僚の小林から「暇つぶしにもなるし小遣いも稼げる」と云われ "とある副業アプリ" を紹介してもらう。

『ネット大喜利 団体戦 チームメンバー募集 謝礼有』

異様すぎる文言。
他の求人情報など霞む。
たまたま見つけたはずなのに、はじめから決まっていたかの様に導かれるマチダ。

全5話。実話を基に作られた異色のお仕事小説。

"損得勘定を度外視した人々"が今作のテーマ。

とにかく笑いたい方におすすめの物語。

 

この物語はフィクションです。
登場する企業・個人・団体は架空のものです。
実在のものとは一切関係ありません。





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♪なにが君の しあわせ〜
なぁにをしてよろこぶ〜

 毎週日曜の朝10時、『それいけ!アンパンマン』のオープニング曲の歌詞に合わせてアンパンマンとバイキンマンが虹の広がる青空を背景に可愛らしい追いかけっこをしている。

 バイキンマンはマジックハンドのような腕を搭載した円盤型浮遊物に乗っており、アンパンマンは茶色いマントからカラプルな星々をキラキラ散りばめ滑空している。

 これを十数名の高齢者たちが、白内障や緑内障で濁った眼球でただ何となく眺めている。
そしてその光景を『特変なし』と記載し、『マチダ』と夜勤者カルテの担当職員の欄にサインをして私は夜勤明けの申し送りに向かう。

 エレベーターには逃亡を図る高齢者が利用出来ぬよう鍵が掛かっており、昇降ボタンを押す際は手動でロックを解除しなければならない。

 私はこのロックを解除し、『1階』のボタンを押してからドアがゆっくり閉まるのを待つ。

 特別養護老人ホーム『ゆめのいろ』。私はここで働いている。
オープニングスタッフということで、創設以来3年半この施設で働いている。ここの前は3年、その前も3年。かれこれ10年近く介護の世界だ。
 10年やってわかった事が一つだけある。
私はこの『介護』ひいては『社会福祉』と名のつくものが大嫌いだ。
何度か転職も試みたが上手くいかない。介護のスキルが通用するのは介護の世界に限った話。
抜け出したくても抜け出せない。まるで終身刑だ。


わからないまま終わる
そぉんなのは …


  アンパンマンの主題歌の続きを憔悴しきった傷病兵のように口づさんだところで、エレベーターの扉が開く。

 ドアが開いた瞬間、映画『インディペンデンス・デイ』みたく侵略者たちの母船が爆破崩壊するシーンを夢見てみたものの、悪趣味な事務長のお好きな『金の馬の絵』が視界に入り込み脳を侵食するのみ。

「もうこの星は侵略されたんだ。無駄な抵抗はやめろ。現実を受け入れろ」

そう語りかけられている気がして、私は金の馬の絵から視線を逸らし第一会議室へと向かった。

 現実の世界では、バイキンマンやエイリアンの様な分かりやすい悪役は存在しない。

 悪を悪だと感じられなくなった哀れな人間でしか悪役は務まらないらしい。実に華がない。ハッキリ言ってクソだ。悪役が多すぎる。駄作すぎる。

 じゃあヒーローは?

アンパンマンみたいな心優しいヒーローは居ないのか?
時代遅れの飛行機乗りが最新鋭の宇宙船に特攻して最後大逆転なんてことは無いのか?

いるわけない。逆転劇もない。
もしあったら駄作じゃなくなる。

──そんなのはイヤだ。

アンパンマンが拳を掲げ空を舞う。

 私は白痴じみた自問自答を繰り返し、各階の夜勤者申し送りを右から左に聞いていた。


                        

                                  2


 「熱発者なし。体調不良を訴える方もいませんでした。夜間3時の巡回時に田中さんが「何か面白い話をしてくれ」とおっしゃってナースコールを数回押される場面もありましたが、すぐに屯用の眠剤を服用していただき、その後7時過ぎまで良眠。その他は特にお変わりありません。3階からは以上です」

と、報告してすぐさまタイムカードを切る。
我ながら愛想のかけらもない業務報告である。

「田中さん、相変わらずだね」

 帰り際、ロッカールームで汗を拭き取りながら同僚の小林がそう私に告げる。
彼と私は同い年。過労による突然死や不慮の事故死などなく平凡な歳の取り方をすれば今年31歳を迎える。

「相変わらずだよ。帰宅願望、夜間せん妄、盗られただの殺されるだの被害妄想、希死念慮、それにあのナースコール連打…ほんっとに最悪だよ。はっきり言ってあの人、他所よそじゃ絶対入居断られるよ。ハァ…」

 我が心労を労えと言わんばかりのため息を一つ吐き出してみる。
が、小林は我関せずのまま脇のあたりを制汗シートでゴシゴシ拭きご自愛なされている。釣れない男だ。

 「さっきの申し送りでは伏せてたけど、何か面白い話をしてくれって言われた瞬間「んなモンあるわけねえだろ!」ってつい口走ったんだよね」

 これには流石に食いつくだろうと、渾身の撒き餌を図ってみたものの、小林は「そっかー」と返すのみ。
ワリャまさか今日死ぬのか?と勘繰りたくなってしまう。それぐらい普通だったら、普通の介護士相手にだったら面白い部類の話のはずなのに。

 この小林という男にはそれが通用しない。
何故ならそれは、面白くない事、心がしらける事、情緒に悪く作用する事だからだ。
私は弱い為、この介護という世界の中でしか通用しないクソみたいな常識に毒されているのだ。
ステージ1-1で出会い頭、マリオに踏みつけられ何の余韻もなく散るクリボーだ。実に雑魚キャラである。

 私はこの田中という入居者が嫌いだった。
というか嫌いな人間ばかりだが、特に嫌いだった。

 「私は弱った老人です。どうかお助けください」と言わんばかりの眉尻の垂れ下がった情けない表情と、何か気に入らないことがあれば容赦なくパニックに陥られる脆い精神状態にイライラしてならなかった。

 一連の田中さんに対する負の感情を頭のなかで整理し、改めてそれでもこの仕事を続けている私という人間が一番嫌いだった。「こんな軟派者はとっとと死んでしまえばいい!」と鏡を見るたび思う。

 「まあ、ほどほどにね」
小林はいつもそうやって、よくあるただの他人事を由緒正しい他人事としてアップデートする。それが私の感情に印象付けてくる。ワリャドラクエの宿屋か。

 「…あ、それでさぁ」
Tシャツの袖口に腕を通そうとしながら小林が何かを思い出したかのように発する。

 私は既に察していた。
「あの副業アプリのこと?…1個気になる奴があったから登録してみたよ」

 スルンとTシャツに首を通し「そっか」と返事をした小林はニコッと笑っていた。オドリャ福の神か。

「んじゃ、おつかれー」
小林はそう言ってロッカールームを後にする。


 私は特にやましい事でも無いのだが、ロッカールームでいま私一人という事を確定させてから副業アプリを起動し『マイページ』から『チャット』を選択して、"同僚"たちのメッセージを確認した。

これが最近の私、マチダの日課になっていた。

 一週間前、小林に紹介してもらった副業アプリで見つけた『ネット大喜利 団体戦 チームメンバー募集 謝礼有』のスレッドに集った私を含む5人のメンバー。

1.ラッ凶(チームリーダー 兼 依頼主)
2.りりぃ(女子大生 自称フランス人ハーフ)
3.マチダ(介護士 元お笑い芸人志望)
4.場末(風俗嬢 40代)
5.メカゴジラ(会社員 2児のパパ)

今更ながら怪しい面々だ。
しかし彼らが "同僚" なのである。

 自称フランス人ハーフ、と自ら『自称』を明記する辺りが実に馬鹿な女子大生だ。そんな奴は絶対に偏差値の低い男子高校生で埼玉県と群馬県のハーフだとすら思っている。
 それに負けず劣らず『元お笑い芸人』でも『芸人志望』でもなく『元お笑い芸人志望』と明記して、自身の輝かしい経歴のように夢に敗れた過去と、そこから這い上がらなかった弱虫のハーフである私はもっと馬鹿でダサい。
40代で風俗嬢、だから『場末』。
対ゴジラ兵器としてではなく会社員として2人の子供たちの為に頑張っている『メカゴジラ』。
少ない文字数で今現在のアイデンティティやこれまでの経歴を述べる、という点で場末さんやメカゴジラさんは無駄がない。洗練されているとすら感じる。


           

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 一週間前の私は、アプリアカウントを作成し副業やアルバイト情報を幾つか眺めながら画面をスクロールしていた。ここまではよくある話。なんの変哲もない現代人の日常である。
そんな矢先、身に覚えのありすぎる不自然極まりない文言を目にしたのだ。

『大喜利』の3文字である。

かつてお笑い芸人に憧れていた頃、よく見聞きしていたソレをまさかこんな不相応な場所で目にするとは。

 私は、依頼内容の詳細を確認する前に『登録』を選択していた。脊髄反射だった。

 そこからすぐに『メッセージ有』とスマホ画面に表示される。あまりにも早すぎるレスポンスに思わず「うわぁ」と情けない声が漏れ出す。
まさか今流行りの闇バイト?特殊詐欺?

 そんなことを勘繰って「ああああ」と悶える。
予想外の水圧とそれを制御出来ずに暴発して四方八方に飛び散る立ち小便をしてしまった時、似たような悶え方をした。それを思い出した。

 ハァ…と深いため息をし、恐る恐る画面を開く。
今ならまだ警察に連絡したりして被害を最小限に抑えられるかもしれない。きっと貧困層をよく狙った最近流行りの奴なのだろう。などと推察して僅かばかりの安寧を心の拠り所としてみた。

 しかしその予想は、180度違っていた。
いや、200度くらいかもしれない。
おかしすぎる。
『その予想は200度違っていた』は気持ち悪すぎる。
なんにせよ予想から180度以上異なるのは良くない。

 『依頼主からの入金がありました。』と、画面に表記されていたのだ。
騙されて金を奪われる、という予想に反して金を振り込まれる。まだ何もしていないし依頼内容すら確認していない。こんな副業あまりにも不気味すぎる。

 昨日観ていた『イコライザー』という映画で"資金洗浄"という悪事をするイタリアのマフィアが主人公に成敗されていた。アイスピックや割れたガラス瓶で顔面や喉元にぶっ刺されて悪人どもが何人も死んでいた事を思い出す。確か殺傷するまでに掛かった時間が9秒だった。

 右下のベルマークに赤い点が付いている。
メッセージや、入金等の新着情報を示すものだろう。
注射針ですら嫌なのにアイスピックなんて食らうのだけはゴメンだ。明らかに堅気かたぎの金じゃないでしょうに。こんな禍々しいものを紹介しやがって、と私は小林に対して憎悪の念を抱く。

 そうは云っても気になって仕方がない。
私は恐る恐るベルマークをタップしメッセージを確認した。


マチダさま

はじめまして。わたくしラッ凶と云います。

早速のご登録、誠にありがとうございます。

前金として、まずは10,000円をマチダさまのPayPay口座に振り込ませていただきました。

こちらは大喜利団体戦の勝敗に関わらずお渡ししているものです。

どうぞお気になさらず。

さっそくですが、チャット欄をご覧になっていただけないでしょうか。

皆さんマチダさまの登場を今か今かと待ち望んでおります。

メッセージは以上だった。

 気味が悪い!やっこさん八つ墓村の村長かェ。
そんな甘い汁でそそのかされるワケ無いだろ。
怪しい廃村、洋館、知らない人には絶対近づかない。
怪しいサイトも安すぎる日用品も絶対に信じない。
 つい先日、実家の母親が1kg180円のエクストラバージン オリーブオイルを買おうとしてクレジットカード番号と暗証番号をスキミング詐欺されたばかりだった。そんな駄菓子みたいな価格設定をおかしいとは思わなかったのだろうか。

 それぐらい徹底的に不信感を抱かなければ、現代日本では生きていけない。
だいたい何なんだ『ラッ凶』って。
こういう形式ばった文章では、本名で身分を明らかにしなければいけないんじゃないのか。
念の為、PayPayの口座残高も確認してみる。

10,920円。

確かに10,000円振り込まれている。
ラッ凶さん、ありがとうございます。
あなた様に一生ついて行きます。

 背に腹はかえられぬ、とは正にこの事。
夜勤明けで腹が減って仕方がないという生理状態も作用し、すっかり心変わりしてしまった。清々しい。
最悪何かヤバそうな金だとしても、百万、一千万などではない。たかが10,000円だ。自分でも返せる。
そんな事を自分に言い聞かせ施設を後にした。

 「貧しいと人は馬鹿になるんですよ」と、カーラジオからラジオパーソナリティとゲストのミュージシャンの雑談が聴こえる。
私は「余計なお世話だ」と吐き捨て、車内は無音となった。

 いつも帰りにすき家へ行き『ネギ玉牛丼 大盛 おしんこセット』を注文し、それを口の中に一気にかき込んで数分後に帰るというのが日課だった。まさに社畜である。

 でも今日は違う。給料日5日前というタイミングで10,000円の臨時収入はデカい。普段よりも世界が明るく空が蒼い。しかもそれがギャンブルや借金などで得たものではなく"副業"で得た収入なのだ。
俄然、鼻が高い。帰ってから久しぶりにビールで乾杯でもしようかとすら思う。そして母親に500g2,800円のエクストラバージン オリーブオイルを買って帰れば完璧だ。

 すき家は通常時、給料日は『びっくりドンキー』。
それも私の日課だった。しがない庶民の私には十分過ぎるほど贅沢なのである。
 というわけで近所のびっくりドンキーへとやってきた。日曜のお昼前ということで店内にはちらほらと先客たちがいたものの、まだ本格的なランチタイムでは無かった為、すぐ席に案内された。


                                  4

私は注文したチーズバーグディッシュと週替わりで具が変わる味噌汁を待ちながら、例のチャット欄をチェックする事にした。

【マチダさんがグループチャットに参加しました】

りりぃ:はじめましてー
場末:はじめましてマチダさん
メカゴジラ:よろしくですー

ここまではよくあるグループチャットだ。

マチダ:はじめまして

 いつも悩むことがある。
語尾に『!』を付けたり絵文字を使うか否かだ。
ここで安易に『!』を付けてしまうと、一気にグループチャット内でのパワーバランスが変わりヒエラルキーが決まってしまう。
相手が『!』を使わない限り、こちらも使わない。
絵文字も同様だ。そう易々と使えば「コイツは簡単に『!』や絵文字を使う奴だ」と烙印を押されてしまう。それだけは避けなければならない。

ラッ凶:みなさん!!!!揃いましたね✨✨✨
    これでひと安心☺️❤️🍵🐬
    あー!良かった!!!!!

 まさかの伏兵現る。
お茶やイルカの絵文字を使い分けるあたりに癒しや安心感に対する心理学的な教養があり絶妙にキモい。
お茶にはカテキンやポリフェノールと云ったストレス耐性を高める成分が多く含まれているし、イルカの鳴き声には人間の暴力性を抑える効果がある。
 そしてこの、まごうことなき "おじさんLINE" 。
お見事すぎる。笑いが生まれる緊張と緩和をいとも容易く発生させるあたり、この依頼主 只者ではない。

りりぃ:らっきょさんおつかれー

場末:リーダー今日もキモいですね
   お疲れ様です

メカゴジラ:ラッ凶さん!本当に揃いましたね!

マチダ:みなさん改めて宜しくお願いします!

ラッ凶:はいお疲れ様です

 ちょっと待たんかい。
なんじゃそのシラけた8文字は。
さっきのパパ活おじさんLINEで来んかい。
でもって、こっちの『!』に呼応せんかい。
シナジー感じんかい。感じんかい!!!!

ラッ凶:さっそくですが今回の依頼内容をお伝え
    させていただきます。
    皆さんには『ボケコロシアム』という
    ネット大喜利専用サイトで開催される
    "ボケオリンピック"という大喜利団体戦に
    出場していただきます。
    そこで出来る限り優秀な成績を収めて
    いただきたいのです。
    予選で勝てば10,000円の報酬。
    準々決勝に勝てば20,000円。
    準決勝に勝てば30,000円。
    決勝戦で勝てば50,000円を差し上げます。
              もちろんお一人様ずつに。
    『大喜利』のルール、大会のルール等は
    各自でお調べください。
    大会は7月1日20:00〜31日20:00迄の
    約1ヶ月間。
    予選お題はこの後発表します。
    何かご質問、相談等ございましたら
    このチャット欄でお申し付けください。
    ネタ作り用チャットルームも作成します。
    そちらも是非ご利用ください。

 いやいやいや、待て待て待て。
ツッコミどころが多すぎる。
その破格の値段設定についてや動機や理由に関して一切触れない件もそうだ。
予選開始までもう一週間しかない事も…。

ラッ凶:あ、それから
    団体戦の役割をこちらで
    決めさせていただきました。

    先鋒は、りりぃさん
    次鋒は、メカゴジラさん
    中堅は、マチダさん
    副将は、場末さん
    主将は、ラッ凶

    予選のお題は、
    【先鋒戦】
    『オタク専用車両』でありそうな事とは

    【次鋒戦】
     メンヘラな忍者、どんなの?

    【中堅戦】
     廃業寸前の旅館が始めた過剰なサービス

    【副将戦】
    「もう悪いことするのよそう」と
     思った出来事

    【主将戦】
     浦島太郎が玉手箱を開けてはじめに
     とった行動とは?

    以上のお題に対する回答を、一週間後に
    こちらのチャットで各自報告出来るよう
    仕上げてきてください。
    宜しくお願い致します。

 唐突なお題発表。
これは現実なのか?と目を擦ってもう一度画面をスクロールしてみたりする。
が、やはり投稿日時やPayPay残高はどう考えてもリアルな物で、たった今チーズバーグディッシュと味噌汁が私の目の前に運ばれてきた。
これは夢や妄想の世界の話じゃない。
 私がナルトに出てくる幻術系の忍術を食らっていたり、この世界が映画『マトリックス』のようにはじめから虚構だとしたら話は別だが。
 

りりぃ:メカゴジさーん、お題交換しよー
メカゴジラ:いいですよー!
      私もそうしたかったから助かるぅ

 みんなこれで納得している。
というかオドレら一体何者なんや。

マチダ:皆さん改めて宜しくお願いします。
    わからないことばかりなので
    色々教えてください!

 とにかく少しずつ現状把握に努めよう。
もし話が全て事実でシンプルにただ大喜利の大会で頑張るだけで良いのであれば、この副業は美味すぎる。



                                  5

 そうして一週間、この奇妙な同僚たちと交流を深めながら各自お題に対する回答を用意して今に至る。

 まだ分からないことだらけだが、幾つか分かった事がある。
まず依頼主のラッ凶さん以外のメンバーは実際に確認出来た。

 各自でお題に対して回答を考える際、メカゴジラさんの提案でLINEのビデオ通話をしながらリモート会議を開催したからだ。もちろん本名や住所などの個人情報はお互い明かさなかった。ラッ凶さんは今回は不参加で、との事だ。

 りりぃさんは男子高校生ではなく、外国語大学に通う女子大生だった。
顔立ちは可愛らしいフランス人形。長いまつ毛とスッと通った鼻筋、日本人離れした白くて若々しい肌色の女の子。なんとなく歯が小さいなと思ったが直接「歯が小さい」と言うのは流石に失礼かと思い、「安藤美姫に似てる」と言ってみた。「それって歯が小さいってことでしょ?ウザ。失礼すぎ」としっかり対応された。ワシらァきっと安藤美姫に失礼すぎじゃけぇ。

 メカゴジラさんは、短髪黒髪のハツラツとした男性で、背後からは奥さんの「宿題やったの!?」とか「また弁当箱忘れてきたの!?」と子どもたち相手に一悶着する声が聞こえてきた。

 場末さんは、色っぽい女性で40代と云われればそう思えるが年齢不詳のお姉さんという印象だった。
芸能人でいうと常盤貴子似の美貌とスレンダーなルックスで、じっとり見つめられると画面越しだが得した気分になれた。

 私を含め皆、「なんだか楽しそうだったから」とか「お給料が良いと思って」という理由で、この副業にエントリーしたとの事で、不思議とラッ凶さんやこの怪しげ副業に対する不信感は以前より薄れていった。

 「この中で一番お笑いとか大喜利に詳しそうなのはマチダさんっぽいですね」

「期待してます!色々教えてください!」

「ネタはどれぐらい考えれば良いですか?」

など、各々前向きな姿勢で私を頼りにしてくれている事も嬉しかった。

 「久しぶりなので私の力がどこまで通用するか分かりませんが、出来る限りの事はするつもりです。皆さん改めて宜しくお願いします」

 私はアンパンマンにはなれないし、人生の逆転劇が訪れる気配も今のところ無い。
それでもやっぱり何が自分の幸せで、何をして喜ぶのかぐらいは判断できる自分でいたい。

 『藤井聡太7冠が、史上最年少で永世棋聖の称号を獲得しました!』
BGM替わりに点けていたテレビ画面から速報が舞い込む。

「藤井聡太、つえーなぁ…」
そう感慨深く呟いたのはメカゴジラさん。

「勝ちましょう、私たちも」
自分でも発した直後少し驚いた。私がポジティブ発言をした。何時いつぶりだろうか。

「なんか頼もしいですねマチダさん」
場末さんがほんの少しだけうっとりした口調でそう告げる。

「ねえ将棋って囲碁?」
りりぃさんの発言はよくわからない。でも何となくその意図がニュアンスで伝わる。イマドキの子だから変わっているのか、元々そういう不思議ちゃんなのか。
現段階ではまだ不明だ。

「将棋の話題で思い出したんですけど、ラッ凶さんってひょっとしてdcsyhiみたいな超大物かもしれませんね」
メカゴジラさんがそう述べる。
この発言にピンと来たのは恐らく私だけだろう。

将棋倶楽部24というネット将棋の世界に突如として現れた正体不明のアカウント"dcsyhi"

レーティング3000点という前人未踏の記録を達成し、正体を明かさぬまま忽然と姿を消し、その存在は伝説になった。

引用元:https://shogi-oute.com/dcsyhi/#google_vignette


「…まあそのうち分かるんじゃないですかね。とりあえず今はまずチーム名を決めましょう!」

 ラッ凶さんの正体は確かに気になるが、それよりもまずはチーム名を決めるほうが先だ。チーム名が決まらなければ正式なエントリーが出来ない。

 こんなどうでも良い事で何をムキになっているんだろう。ふと、そんなことを思いながら窓の外を眺めた。

雨があがり、茜色の夕焼けが眩しい。

向かいの駐車場で光る何かを見つける。

入れ歯だ。

入れ歯がオレンジ色の陽の光を浴びて、御光のように輝いている。

「いま入れ歯が落ちてました。入れ歯って付けてナンボでしょ。捨てて得する事ってあるんですかね?」
私は素直に思った事を口にした。

「誰得ってコトが案外必要な場面もありますよ」
そう答えたのは場末さんだった。

「ニキビ潰す動画とか、横断歩道の白いとこしか踏まないとか、スマホゲームの課金とかそういう感じ?」
りりぃも続いて口にする。

なるほど確かにな。




これは、少し変わった大人たちの少し変わったひと夏の物語。






#創作大賞2024
#お仕事小説部門


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