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【2024創作大賞応募作】Marshall 4 Season #19

【最終話タイトル】
THE BEST IS YET TO COME

【タイトルサムネイル画像】
AbemaTV『My name is…』#6 cherry chill wil.氏
出演回(2022)より一部引用したものを加工編集。

出典:https://abema.app/nW5m

前回までのM4S

第一話はこちら


           *

Intro.



──マサル。

そろそろ帰ってらっしゃいな。
あまり長居してしまうのもご迷惑でしょうから。

みんなも待っていますよ。

あなたにも見つかってよかった。

でも、さいごはちゃんと
ご挨拶をして帰ってらっしゃいね。


           *


聞き覚えのある優しい声。
今から36年前の1988年12月。
他界した育ての親でもある寮母さんの声だ。

「『100万回生きたねこ』かよ、まだ2回しか生きてねえのに」

Marshallは夢の中で、猫としての生命にピリオドが打たれるタイミングが迫っていることを知った。

ドビュッシー作曲『月の光』の美しい旋律が最後の1小節を過ぎ、鍵盤の余韻 7秒間に差し掛かる。

「さいごの挨拶か」
そうつぶやいた直後にレコードの針は上がった。

丸窓から漏れる青白い月の光に包まれ、蔵の壁に自らのキュートなシルエットが映し出される。

Marshallはさびしく笑ってみせた。


どうやら彼は、
この世界を愛してしまっていたようだ。


           *

2024年8月1日 13:16


Noobは頭を抱えていた。

約一ヶ月後の文化祭ライブで披露する『Moment』の、自パート2バース目の作詞が進まないからだ。

それだけじゃない。

昨日退院した虎太郎の左手首の件もある。

入院中、虎太郎自身が課した過酷なリハビリとトレーニングの甲斐あって、一般的な経過よりも3ヶ月以上早いペースで快方に向かっている。

とはいえ、骨折以前の繊細な動きはまだまだ難しい。

加えて、ダイニングバー『Free』の営業への復帰と、居なくなっていた期間の生活諸々の立て直しもあり、これまで水曜に集まって練習していた時間がほぼ無くなってしまったのだ。

それでも、なんとかギターを持ち演奏すること自体が出来ている為、残り一ヶ月でどこまで本来の力を取り戻せるかという伸びしろがある。

きっと彼なら大丈夫だと思わせる強さがあるから、幾分か不安も薄らぐ。


Noobの場合はそういう訳にもいかない。

何故なら、まだ2バース目に至っては全くの無。

何もないゼロだからだ。

いくら本を読み漁っても、過去のリリック帳を遡っても、誰かの楽曲からインスパイアを受けようと思っても、降りてこないのだ。

「お前の歌詞で勝負しろ、それが強さだ」

鳳仙カルマにステージ上で食らった厳しい喝が蘇る。そして余計に焦る。

その焦燥が更に心の視野を狭める。

「…なんで何も書けないんだよ」

そう言って鉛筆をコロコロっと手放し、ため息をついてみた。

もうかれこれ二時間こんな感じだ。

もがいても抗っても、ペンが一向に進まずアイデアも浮かばない。

Noobは産みの苦しみを味わっていた。

「Marshallなら何かヒントを…」

「いやきっと"甘えるな"とか言って相手にしてくれないんだろうな…」

そうは言っても、机の前でただ悶々としている
だけでは一日が終わってしまう。

「よし」


Noobは、敢えて何も持たずに近所の神社まで出掛けることにした。


           *


2024年8月1日 14:21


Noobは施設を出てすぐ向かいにある竹林道を抜け、無精ヒゲのようにこけを生やした狛犬に軽く頭を下げ、鳥居をくぐる。

8月の猛暑が、まるで嘘みたいに境内はひんやりとしていて、時折さらさらっと笹の葉が風に揺れる音色が妙に心地いい。

やしろが二つあり、一つは賽銭箱と鈴緒のある本殿。もう一つは、神様たちに歌や踊りを捧げる為に作られた神楽殿かぐらでんという建物。

Noobは神楽殿の手前にある、石段に腰掛け、竹林の奏でる風の音に耳を傾けながら涼むことにした。

遠くの方で、ジージーと蝉が鳴いている。
子どもの笑い声や、建設現場の工事の音も。

かと思えば、大きなあぶがブンっと耳のそばを横切りはっとする。

参拝客が砂利の上をじゃっじゃっと歩く音、手水舎ちょうずやの水がぴちゃんと滴る音…

何もないはずなのに、情景がまぶたの裏側に浮かぶ。

「…こんな詩が書けたらな」
先程まで心地のよかったそよ風が、何故だか秋の終わりに吹く木枯らしのように冷たい。

──結局、越えるべき山は己自身だよ。

神楽殿の神々たちが、そう云っているように思えた。


           *

Noobは帰所後、Marshallの居る図書室(旧 味噌蔵)に足を運んだ。

Marshallは、登録した肉球の指紋で認証コードのロックを解除し、器用にタブレット端末を操作しながらYouTube動画を観て過ごしていた。

この光景には、何度見ても愛くるしさを感じてしまう。

『天才ねこちゃん』とタイトルをつけて動画をアップロードすればきっとバズるだろうなと思い、一度Marshallに打診したことがある。

「くたばれ!」

と、噛みつかれご破産となったわけだが。

それすらも微笑ましいのは、きっとMarshallが可愛らしいアビシニアンだからという訳だけでは無いのに、頑なに猫としての自分の姿を何かに記録することを拒む。

つくづく頑固オヤジだ。


「何観てるの?」

「ん?ああ、これは…」

そこに映し出されていたのは、かつてMarshallたちBuddha Brainがアーティストとしてステージに立っていた時の盟友。

そして最強のライバルであり、"キングオブステージ"と称される生きる伝説。

『ライムスター』

彼らが、2010年にMr.Childrenのボーカル 桜井和寿率いるドリームチーム『Bank Band』のステージで披露した楽曲、『ラストヴァース』だった。

RHYMESTAR『ラストヴァース』
作詞:Mummy-D/宇多丸 作曲:DJ WATARAI
レーベル:KI/OON MUSIC
出典元:YouTube(https://youtu.be/OUerRwgGVMQ?si=4ln6FHoiwBN2D7GL)

現代の詩人リリシストであり、一流のミュージシャン。言わずもがな唯一無二のアーティストであり、何より生粋のB-BOY。

50代中頃であるにも関わらず、今もなお第一線を走り続ける彼らの圧倒的なライブパフォーマンスに、NoobとMarshallは、ただただ魅入ってしまっていた。


           *


ラストヴァース

作詞:Mummy-D/宇多丸
作曲:DJ WATARAI
演奏:DJ JIN


(宇多丸)
例えば究極の16小節
テメエが持てる全てのスキルと情熱
つぎ込んで余すことなく証明する
積み重ねたキャリアのショウケース
約40秒弱の長編小説
まさしくサイエンス 表現を調節
意味とリズムを構成する
それは何万語費やすよりも 饒舌
聴いた者は皆決して拒絶
出来ないほどに徹底して強烈
イメージは超絶的 そしてメッセージは
普遍的にして超フレッシュ
たとえいつかジャンルごと消滅
してもその詞だけは 時代を超越
そんな最高の最後のヴァースを
夢見て今また挑戦する だから

(Hook)
もし これが音楽じゃなくて
もし ただの騒音だとしても
もし 届くなら届けよう
その先の景色見届けよう
もし それが現実じゃなくて
もし ただの幻想だとしても
もし 届くなら届けよう
その先の景色見届けよう

まさに、クリエイターの矜持きょうじだ。
そして何かに挑戦する者たちへの讃歌。

Noobはもちろん、Marshallも奮えていた。

「究極の16小節、か…」
Marshallがふと口にする。


           *


「…なあ、Noob」
やけに改まった口調でそう呼びかける。
大体こういう時のMarshallは、何か重要なメッセージを発するという事を最近ようやく分かってきた。


「俺と "究極の16小節" とやらを作ってみないか」


「え?」
思わず耳を疑った。
最愛の誰かからプロポーズを受けた時も恐らく同じリアクションをするのだろう。

その際、恋のキューピットが背中を押すのか、神楽殿の神々が助け舟を出してくれるのかは、人それぞれ異なると思うが。


Marshallが静かに、滔々とうとうと語り始める。


           *

土砂降りの宿業カルマ




──もう二度と詞を書くことも愛することも無いと思い、あの時の俺は生きていた。

逃げた?
諦めた?
手放した?
失望した?

まあどれも正解だ。
要するに、"許す"ということが出来なかった。

虚栄心、猜疑心、嫉妬心、独占欲、支配欲…そういう自らの業の深さを抱えて、酒やドラッグ、女にマリファナ、ありとあらゆる快楽に溺れ堕ちていった。
向精神薬もたらふく処方されたよ。
解放されたかったんだ。何もかもから。

そして憎んでいた。
心の底から、この世の全てを憎んでいた。
街も、仲間も、音楽も、自分も。
何もかもを憎んでいた。

どれだけ金を稼ごうが、どれだけ敵を倒そうが
この心はいつも独りぼっちで満たされなかった。

もっと認めてくれ
もっと崇めてくれ

もっと愛してくれ!

そう願えば願うほど、俺は独りになってしまった。
近寄ってくる者は結局、俺のカネや名声にたかるはえどもばかり。

何も見えなくなっていたんだ。俺は。
さながら『山月記』の李徴(※)のように。

そして本当に大切な人々をたくさん傷つけ、裏切り、
最後はBuddha Brainさえも手放してしまった。

『山月記』の李徴とは
中島敦による短編小説『山月記』に登場する古代中国の元エリート官僚のこと。
この李徴という人物は、己の秀才さとプライドの高さに驕り、嫌な上司や自分より能力の劣っている同僚らに心底辟易する。
そこで退職し、人里離れた山中で暮らしながら詩人として世に名を馳せることを目指す。
しかし彼はその"臆病な自尊心"と"尊大な羞恥心"によって己のプライドが傷つくことを恐れるあまり、夢半ば精神を病んでしまう。
そしてある晩、人喰い虎に成り果ててしまい、ついに詩人としてのチャンスも潰えてしまう。
どれだけ優れていたとしても、己の殻に閉じこもって世間を蔑んでいるばかりでは、本当の意味で誰かに感動を与える創作や生業は出来ないし、自己破滅を招いてしまうという話。

参考文献:著 中島 敦『山月記』


           *

2000年3月にベストアルバムをリリースした直後、Buddha Brainは事実上の解散状態となる。

そこから、Marshall、チョビ、KJの3人が隅田川で桜を見ながら散歩をした2015年3月までの15年間。

Marshallは、寺で生活をするようになった。

もちろん金に困って、などでは無い。


          *

ただ自分を見つめ直す時間が欲しかったんだ。

だから人生をやり直そうと仏の道に入った。

そして、俺はこの世界に舞い戻った。

再びこの世界を許すため。愛するために。


参考・引用:『My name is… #100 DEV LARGE a.k.a D.L』(2024・Abema TV)』https://abema.app/wTLw


           *


「唄うのはお前だNoob。断ってくれても構わない」

断る理由などNoobには、もちろん無かった。

「やろう!絶対にやらなきゃ!」

「そうか…ありがとう」
Marshallの表情は、予想していたものよりしおらしい。

「…どうしたの?」
思わず違和感を感じとったNoobが窺う。

「…」
Marshallはただ黙って、香箱座りになり耳や尻尾を縮める。前脚も綺麗に折りたたまれている。



「恐らくこの16小節がお前への、さいごの別れの挨拶となる」






──ザアアア。


夕立は、
いつも突然すぎる。


           *


2024年8月2日 05:08



「知らない!アンタにいくら貢いだと思っとんの!」
「うるせえよバカ!」
「じゃあもうここで死んだる!死んだるから!」
「おい!って…もうやめろ!危ねえから」

──おはようございます。

「あー…寝みー」

虎太郎の朝は早い。(外がうるさい)

コーヒーは淹れない。(飲めない)
タバコに火をつけることもない。(くさい)

それでも十分、男らしい。

なぜなら
生きてるだけでカッコイイから。

          *

卵とベーコンとパン。
それからオレンジジュース。

「今朝のBGMは、レゲエかな」

虎太郎は無数のCDたちが収納されている棚から、慣れた手つきで『Exodus』というタイトルのアルバムケースを取り出し、ディスクを手早くプレーヤーに入れ再生ボタンを押す。曲のタイトルは『3羽の小鳥』


Don't worry about a thing,
(心配ないよ だいじょうぶ)
'Cause every little thing's gonna be alright.
(何もかも うまくいくからね)

軽快に鼻歌を口ずさみながら、負傷したほうの左手で卵を掴み、手首のスナップとそれに連動した指先の動きを利用してパカっと片手で割ってみせた。

Singing, "Don't worry about a thing,
(歌ってる 心配ないよ だいじょうぶ)
'Cause every little thing's gonna be alright.
(何もかも うまくいくからね)

今度は、左手でベーコンを二枚めくり、バターの敷かれたフライパンの上に乗せコンロを点火する。
パチパチとベーコンに火が通り、今度はバターが溶け切らないうちに卵をフライパンに移し、右手でフライパンを掴み、左手で卵を素早くかき混ぜる。
バター風味のふわふわスクランブルエッグだ。

「よし、いいね。さすがはボブ・マーリー」
「これ食ったら練習ですわな!」

          

どんな悲劇も困難も鼻歌交じりで乗り越える。

彼の明るさと思慮深い優しさが、

今のNoobには必要だった。


          *

2024年8月3日 10:36


金曜の営業で相当体力を消耗していた優璃と虎太郎は、カウンター席で突っ伏していた。

「なんだろな、大事な話って」

「うーん うー…」
優璃は夢の続きに夢中だ。

──チリン。
店の出入り口に設置されているベルが鳴る。

「お疲れ様です」

「おうNoob久しぶ…」

二人は言葉に詰まった。

Noobは、ぽろぽろと涙を流しながらやって来たのだ。二人の姿を見て、たがが外れたのだろう。

「また誰かにいじめられたの?」
先程まで寝ぼけていた優璃が、血相を変え窺ううかがう

「違います」

「じゃあ何があったの?話せる?」
優璃は優しくNoobを抱きしめながら、猛暑日にも関わらず、凍えそうな青年の心を温め続けた。

「話すので離してください。胸が当たる」

「フハハ。元気じゃん!」

3羽の小鳥は思わず笑った。


Noobは、
2023年12月29日の夜の出来事から今に至るまでの
ありのままを二人に話した。

「信じてもらえないかもしれないけど、全部本当なんだ」

虎太郎と優璃は黙ったままマホガニー調のカウンターに映る自身を見つめている。

「で、お前はどうしたいんだよ?」

「まさかその『100万回生きたねこ』を聞かせに来たわけじゃないんでしょ?」

Noobは深呼吸をして、二人の目を見つめる。

「歌えません、ボクは。すいません!」

二人の表情が見れない。
Noobは頭を下げたまま、瞼をギュッと閉じた。

そこからどれくらい時が経ったのかは分からない。
ただ、永遠のように長い沈黙が続いた。

「俺は信じるよ、その話」
虎太郎が口を開く。そして続ける。

「なあNoob、少し俺の長話を聞いてくれないか?」

その言葉にNoobは、恐る恐る閉じていた瞳を開き、ゆっくりと声の主の表情に視線を移す。


声の主は、普段と変わらず優しく微笑んでいた。


           *

──忘れられないミュージシャンがいるんだ。

誰だと思う?

ジミヘン?
ノエル・ギャラガー?
ボブマーリー?
ビギー?
2パック?
忌野清志郎?
エルトン・ジョン?
ジョン・レノン?
マイケル・ジャクソン?
甲本ヒロト?

まあ間違いじゃあ無い。
でも違うんだ。



一人は、
昔ライブハウスで対バンした売れないバンドマン。

そいつは、ライブハウスのオーナーに見放され
客も仲間もそいつの夢を諦めた。

才能が無かったんだ。

正直、
俺も「売れねえよ」って思って嘲笑ってた。

でもそいつは一人で、
雨の日も風の日も、ビラ配ってたんだ。
自分のライブのビラを。たった一人で。


で、もう一人は、
なんかの動画で観たロンドンの地下鉄に乗ってる黒人のじいさん。

一人でさ、ボン・ジョヴィ熱唱してんの。

はじめは乗り合わせた皆が
「なんだコイツ」ってウザがってるんだけど。

次第に誰かが一緒になって歌い出すんだ。

で、最後は電車中が大熱唱。

みんなで

We've got to hold on
Ready or not
You live for the fight
When that's all that you've got

頑張らなきゃ
覚悟があろうと、なかろうと
君は、戦って生きるんだ
それが君が手にしてきた全てならば

ってさ。


で、もう一人いる。

そいつは16歳の日本の高校生で

いじめられっ子で
クッソ不器用で
すぐに泣くんだ。

でも、
たくさんの奇跡を見せてくれた。

ある時は最凶のサイコ野郎を説き伏せて。

またある時は、
最強のチャンピオンを延長戦にまで追い込んだ。

そして、傷つく誰かのために自分も傷を負い
悲しむ誰かのために一緒に涙を流す。

そいつがいつも大事そうに持ってる
母親に買ってもらったボロボロのリリック帳には、

誰かの分の夢や、愛や、怒りや、悲しみや
何があっても決して冷めやしない太陽みたいな情熱がたくさん詰まってる。

オレは、
そういう名もなきミュージシャンみたいになりたくて、体中が傷だらけになってもまたギターを掻き鳴らすことが出来るんだ。

だからNoob、
お前に託されたMarshallの想いを
もう一度よく考えてみると良いよ。

どう死ぬかは、どう生きるか だから。



優璃は虎太郎の話を聞いて泣いていた。
「アンタが良いこと言うとなんかムカつくわ!」

3羽の小鳥はふたたび笑った。

THA BLUE HERB
"ASTRAL WEEKS/THE BEST IS YET TO COME"【OFFICIAL MV】
Beat by:O.N.O
Lyrics by:ILL-BOSSTINO
出典元:YouTube(https://youtu.be/w-BULbUOGFM?si=ym_xGRD8QVq3iP1n)

           

                                      *

2024年9月7日 11:10


文化祭最終日。

台風13号の接近に伴い、本日の文化祭は中止するとのこと。

5分後の11:15が、Noobたちが出演する文化祭ライブの本番だった。

ユウキ、美穂、ごっつんのSunnyの3人。歌姫ディーヴァ降臨、虎太郎の復活。

そして、何者でもないNoob。


それぞれ話題に尽きない役者たちがステージ上に揃っていた。


観客席には、雫や顔馴染みのクラスメイト、それに加藤と、アイ先生、Noobの母 美代子がいる。

Marshallは、加藤が撮影しているYouTube LIVEの動画を施設で観ている。
再生回数とグットボタンは1だ。

しかし、まもなく愛知県全域が強風域となる為、
その観客たちも随時撤収し、各自避難するようアナウンスが流れる。

それだけじゃない。

北朝鮮からの弾道ミサイルが日本海側の排他的経済水域に落下し、直後、日本の漁船が消息を絶ったとの事だ。

その後もお構いなしでミサイルを発射し、朝からニュースは台風状況と、有事の際に発令されるJアラートの真っ赤なテロップしか映さない。


世界中の悪魔と神々がタッグを組んで、そいつらからありったけの集団リンチを食らっているような一日。




作:一之瀬 雫 『てるてる坊主』



──OK、余裕。
未来はオレらの手の中に。


           *

ジャッ ジャッ ジャーン
ジャッ ジャッ ジャジャーン

ジャッ ジャッ ジャーン
ジャァン ジャァンッ


聴き覚えのあるギターフレーズ。

ディープ・パープルの『スモークオンザウォーター』のリフだ。

単調なコードだが、譜面には記載されていないクセのある音色に思わず惹きつけられる。

"ゴーストノート"と呼ばれる現象。

奏者の手癖によるものらしいが、それはもっと神秘的で魅力的な、ルシール特有の音色だった。

つくづくこのギターは"弟想い"だ。

虎太郎は、マスターボリュームのツマミを最大出力に振る。

ドン ドン タッ!
ドン ドン タッ!


今度は、ごっつんのMPCがクイーンの『We will Rock you』のドラムラインを奏で、虎太郎のギター音と融合する。

小さなパッドボタン目掛け、まるで全身をダイブさせるかのように指先に力を込める。


腹の奥底、脳裏の片隅、そして心の真ん中に。
ズシンズシンと魂のビートとソウルフルなギター音が鳴り響く。

観客席に取り残されたオーディエンスと、ただ何となく出入り口に流れていた群衆たちが、その聴き覚えのあるサウンドに耳を傾け、思わず笑みを浮かべる。

「何をやってる!今すぐ音を止めろ!」

生活指導の教員が鬼の形相でステージ上に乗り込み、ギターやマイク、各種機材のケーブルを引き抜こうとする。

「続けさせてください!たった3分だけの事だ!」
ドスの利いた野太い声で、生活指導教員の動きを制する。

ジョン先生だ。

目は血走り、壇上の上司をしっかり睨みつけている。

「先生、ごめんなさい」

ジョン先生が作り出した一瞬の隙に学年イチのマドンナ、たちばな 美咲がひょいっと自分よりも体の大きな中年男性の体を床にねじ伏せ、耳を引っ張りステージから引きずり降ろす。

このマドンナは合気道の有段者。
またの名を、ジャンヌダルクという。

観客席最前列には、クラスメイトたちが手と手をつなぎ、鎖のようなバリケードが敷かれる。

クラスメイトだけじゃない。

軽音部の部室で一緒に練習をしていた部員や、『矢場スギルスキル』で知り合ったヘッズたち、そしてかつて清水シュハンに虐げられていた生徒たちも肩を組み、自らを盾にしてステージ上の"役者“達を死守している。


ごっつんの奏でるビートが収まり、虎太郎のルシールも「ギャアァーン」とエッジの効いたディストーションを利かせ、残響音が体育館全体に漂う。

そして次第にその余韻も収まる。

           *

And you can tell everybody
(みんなに言っていいんだよ)

This is your song
(これは君のために作った歌なんだ)

It may be quite simple, but
(ちょっとシンプル過ぎるかも、でも)

Now that it's done
(今できあがったんだ)

I hope you don't mind
(受けとめてくれればいいな)

I hope you don't mind that I put down in words
(受けとめてくれればいいな 言葉に込めた想いを)

How wonderful life is while you're in the world
(君がこの世界にいる それだけで世界は素晴らしい)


YURIのアドリブ。

しかもアカペラでエルトン・ジョンの『ユアソング』の一節を歌い上げる。

「本日も良いお日柄で」

優璃改め、YURIはスラっと伸びた左脚を少し内側にくねらせ前に突き出し、右手の甲を右の腰骨あたりに当て、百合の花のように白く艶やかな左手でマイクを握りそう告げた。


「優璃ーッ!!!」
アイ先生の隣から作業着姿の男が叫ぶ。
目には大粒の涙を浮かべて、何度も何度も、YURIの名前を叫ぶ。


直後、ごっつんがエミネムの『シングフォーザモメント』のインスト版トラックを再生し、それに呼応するように虎太郎のルシールが切なく、そして熱くイントロの旋律を奏でる。



──終わらない歌を歌おう。
クソッタレな世界と、全てのクズどもの為に。


          *

 『Moment』

作詞:Steven Tyler,Noob,Marshall
作曲:Jeff Bass & Eminem,Steven Tyler

【YURI】

Every time​ that I look in the mirror
(鏡を見るたびに)

All these lines on my face getting clearer
(顔のシワが鮮明になる)

The past is gone
(過去は過ぎ去った)

It went by like dusk to dawn
(夕暮れから夜明けのように過ぎ去った)

Isn't that the way?
(そうだろう?)

Everybody's got their dues in life to pay, yeah
(誰の人生にも代償が伴うんだ)


I know nobody knows
(誰も知らないんだ)

Where it comes and where it goes
(魂がどこからきて どこへ向かうのかなんて)

I know it’s everybody’s sin
(みんな罪を背負っているのさ)

You got to lose to know how to win
(敗北を知らずに勝利は成し得ないように)

【Verse1 Noob】
軽快に歩く糞な世界
俺が手付かずな哲学者ってのが笑える
ありえてるぞ 『ありあまる富』と
まてりある な スピリット
不適切にもほどがある過去に
ありがとうをリミックス
お前無しの俺は居ない
日々は唐突に遠のく
板の上立つ者達と立ち見席はボーダレス
お前と俺に降る雨は街を平等に濡らす
切った張っただけじゃないさ
きっと傘は2人一本でも充分さ
パパが買ったGUCCIよりも
カラダ張って吸った空気さ
愛してくれ愛してるぜ
終わりたくない
人が何度も同じ過ち
を踏んで出来たわだち
何がreal 何が地獄 何が理想のカタチ
笑われてた仲間たちと笑っていたい
何故かこうなることも分かっていた
それぞれの人生に帰る
決して間違いじゃない
音が止まればSunrise
お前と俺にあたる光は街を平等に照らす


【HOOK: YURI】

Sing with me, sing for the year
(共に歌おう、未来のため)

Sing for the laughter and sing for the tear
(笑顔のため、そして涙のために)

Sing with me, if it's just for today
(共に歌おう、せめて今日だけでも)

Maybe tomorrow, the good Lord will take you away
(明日は神に召されるかもしれないから)

【Verse2 YURI】

Half my life's in books' written pages
(人生の半分は本の中に書かれた出来事)

Lived and learned from fools and from sages
(愚か者からも賢者からも多くを学んだ)

You know it's true
(それが真実だろ)

All the feelings come back to you
(すべては己に返ってくるのさ)

【Verse2 Noob(Lyrics by:Marshall)】

曲がり角に立つ君は 沢山のドラマ目にした
振り返れば奴がいる エンドロールが控えてる
そのことをいつも忘れぬよう バラッドを俺らに
ここ366日戦場のメリーXmas決戦は月曜から金曜日
ミサイルほどのペンを掲げ 火炎瓶を薔薇に変え
愛燦燦と煌めくプラネタリウム携え 喝采と乾杯重ね
幾つもの夜を使い果たし せめて今夜はブギーバック
沢山の嘘と沢山の揉め事 あの鐘鳴らすのどこの誰か
だから叫ぶ 盗んだバイク代わり深夜高速走るペン先
白線の内側がWe are the World ポイ捨てはダサい
彼等はオレに買う気がなくても売ろうとする
彼等はオレに試す気がなくても試さそうとする
影響されないオレ達  賞賛されないオレ達
仕舞には嫌気が差すことに嫌気が差す喜劇さ
オレ達は雨ニモ負ケズ 生きたくてたまらない
あの頃じゃねぇ いつだって未来はオレらの手の中
許してやれよ ままごとじゃなくありのまま自分ごと
この物語はきっと別れることで完成する曼陀羅まんだら
さらば友よまた会おう ありがとう 元気でな

【HOOK: YURI】

Sing with me, sing for the year
(共に歌おう、未来のため)

Sing for the laughter and sing for the tear
(笑顔のため、そして涙のために)

Sing with me, if it's just for today
(共に歌おう、せめて今日だけでも)

Maybe tomorrow, the good Lord will take you away
(明日は神に召されるかもしれないから)

【HOOK 2 :YURI】

Dream on, dream on, dream on
(夢を見よう)

Dream until your dreams come true
(夢を見続けるんだ  叶うまで想い続けるんだ)

Dream on, dream on, dream on
(夢を見よう)

Dream until your dreams come true
(夢を見続けるんだ  叶うまで想い続けるんだ)

Dream on, dream on
(夢を見よう)

Dream on, dream on
Dream on, dream on
(夢を見るんだ)

Dream on, ah!
(夢を見続けるんだ)


           *


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アンディ・ウォーホル作 『毛沢東の肖像画』
ESPIONART 「Andy Warhol and the Cult of Mao」
出典元:https://espionart.com/2013/09/30/andy-warhol-and-the-cult-of-mao/

「誰もが15分間なら有名人になれる。いずれそんな時代が来るだろう」僕は60年代にそう予言したけど、それはすでに現実になった。僕はもう、この言葉には飽き飽きしているんだ。もう二度と言わない。これからはこう言う。「誰もが15分以内に有名人になれる、そんな時代が来るだろう」。

It’s the place where my prediction from the sixties finally came true: “In the future everyone will be famous for fifteen minutes.” I’m bored with that line. I never use it anymore. My new line is, “In fifteen minutes everybody will be famous.”


時が物事を変えるって人はいうけど、実際は自分で変えなくちゃいけないんだ。

They always say that time changes things, but you actually have to change them yourself.


 アンディ・ウォーホル『永遠の15分』より引用

出典元:『アンディウォーホルの代表作から見る彼の名言と考え方』https://media.artis.inc/guide/what-is-art/1142/





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2025年4月某日


「お"ーいNoob宛に手紙が届いでるぞー。やま"せばびですー(山瀬まみですー)」
加藤の鼻声が辛そうだ。花粉症デビューしたらしい。


「手紙?山瀬まみさんから?」
アルファ世代に平成のお笑いは通じない。


「ぢがう ぢがう 不磨ヒデミ?さんからだってよ」


「え?誰だろ。なんかでも聞いたことある気が…」


不磨ヒデミ。
男なのか女なのか、そのどちらでもないのか。

送り主の名前だけでは分別出来ないが、クレヨンで
氏名も住所も郵便番号も書かれていることから察するに、この送り主はきっと孫にでも書かせたのだろう。

あまりにも字が汚すぎる。極めて読みづらい。

Noobは少し不安を感じだが、この軽さと薄さから小包爆弾ではないことだけは判断出来た為、おもむろに封を開けた。

       



──拝啓 Noobさま

あれ書き方合ってる?前略?

あ、どうも。

Buddha Brainのチョビです。

自分の本名も住所も久しぶりに書きました。
クレヨンで書きました。ここからはペンです。

えっと、多分Marshall本人?から
去年の9月ごろインスタのDMで連絡がありました。

ちょうど君たちが、あのライブをやった日かな。

僕も観ました。
本当に素晴らしかった。

マサルは…っていうか猫になったのアイツ?
クソ面白いじゃん。羨ましいわ、まったく。

まあでも、たぶんマサル本人なんでしょう。

だってアイツの言った通り、
ウィリー・ハッチのLP盤オレんちにあったもん。

あとKJのリリック帳に鼻クソつけてたの
世界でマサルしか知らないはずだし。

まあ、とにかく
ムカつく奴だけど、案外いい奴でしょ。

色々メンドーかけたと思うけど、
Noobくん本当に側にいてくれてありがとう。

多分、今ごろようやくゆっくりしてるよ。
アイツは頑張りすぎてたから。

あと来月、アイツの命日(人間だった頃の)に東京でライブやるからもし良かったら遊びに来てね!

一応チケットは6枚入ってる。
足りなかったら言ってね!

             Buddha Brain チョビ






星霜のさくらが、季節の移ろいを知らせる。






           

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