【創作大賞2024応募作】 Marshall 4 Season #10
【タイトル】
タイムマシーンにのって
Track1:2015年3月27日。
その日Marshallは、両国で行われた中古レコードの催事イベントに足を運んだ。早朝から両国駅で待ち合わせて、チョビとKJが一緒に"円盤掘り"に来てくれた。
こうしてBuddhaのメンバーがプライベートで集まり共に過ごすという事は、なんと15年ぶりだった。
DJ Juneは、昨夜の主催イベントで疲れてしまったらしく、寝かせてくれとの事だ。
目星の商品は特に無く、張り切って皆を誘ったにも関わらず、買ったのはウィリー・ハッチのLP盤たった一枚。
「それ持ってるよ絶対に。昔お前んちで見たもん」
収穫量とその内容に不満をこぼすチョビと、ハハハと笑うKJ。
「しかもLP盤だぜ?ネットで買えんじゃん!」
それには「うん」と寂しそうな返事をするしかないMarshallとKJ。
*
2007年に、渋谷区宇田川町のシンボル、CISCO RECORDは閉店し、ほとんどのレコード店は倒産、撤退してしまった。
2010年頃には、ピーク時の5分の1まで日本のレコード相場は下火となり、海外への買い付けもほぼ出来なくなってしまった。
無論、この頃には、ネット通販や、ストリーミングサービスなどが主流となる為、わざわざ店舗や催事に足を運ばなくてもよくなる。
こうして"レコードの街"は陽炎の如く消え去ってしまったのだ。
「なんかさ、俺らもう45だろ」
「いつまでこんな事、ってか?」
「いやいや、今更そんな野暮は言わないけどさ」
「わかるよチョビ。色々あったもん、ホント」
*
1996年7月、伝説の野外イベント『さんぴんCAMP』で、Buddha の四人は、4WD構成初の楽曲『大怪我』を披露し、名実ともに日本語ラップシーンの中心人物となった。
ギドラキング、RHYMESTER、釈迦アンデット、MUURO、Tw!Gy、雷電、ラップ我リヤ、Soul Screeeam、そしてDJ刀頭とTOKONA-X…
今日のラップ・ミュージックの、その礎を築いてきた戦友たちとの出会いと攻防戦を思い出す。
「札幌にはB0SSやビックジョーがいて、九州にはTOJINの連中や、餓鬼レーザーもいる」
「京都にはANIYRCHY、大阪には茂千代丸、DJ Kensaw、韻踏。(※)バトルやフリースタイルがやたらめったらヤバくて若いのもいる」
「横浜には、DJ PWXと0ZR0SAURUS。仙台にはガーグル。沖縄にはAKAZUKIのみんな」
「東京は、もうさそれこそ、漢くんに般若面、KREBA、鎮座ドープマンにリブ郎くん。いわゆる78年式の若手がいて。ああ、マキくんはもう居ないか…」
「名古屋のTOKONAもな」
「ああ。アイツがまだ生きてたら、首都は名古屋だった」
「"ヒップホップ育ち"じゃなく"ヒップホップ生まれ"だと思った日本人は、後にも先にもあの男ただ一人だけ」
「流石にビビったねえ…。いきなり"名古屋だがや!"って啖呵切っちゃってさ。カッコ良かったし、イカれてた。散々イカれてきたオレですら、霞むほどイカれてた」
──いや、これからだよ。
Marshallは、今日どうしても伝えたかった事をようやく話せる様な、そんなきらっと澄んだ目で話してくれた。
「これからの時代は、TOKONAやビギーみたく、ヒップホップの可能性を拡張する人間がたくさん現れて、共存する時代になると思う」
「うん。そんな時代にしたいなあ」
*
Buddhaの四人は2000年3月に、『病める無限∞ブッダ世界∞ 〜BEST OF BEST(金字塔)〜』というベストアルバムをリリースし、その後、四人で活動する事はほぼ無くなった。
Marshallは第一線から身を引き仏道修行に生きるという道を選択し、チョビはソロ活動と旅に、KJは若手の育成、DJ Juneは伝説的ディスコクラブ『ハーレム』で、自らイベントを取り仕切るプレイヤーとして、四人は各々の人生を生き、日本の音楽シーンを盛り上げ続けた。
*
桜が見ごろを迎えた隅田川を、のんびりと散歩する中年の男たち。
「にしても、今日あったかいなあ」
「フフフ。マサル、すっかりおじいちゃんみたいな事言っちゃって」
「ダハハハ!マサルが爺さんか。そりゃ孫が可哀想だ!」
「うるせー。バカども」
*
Track2:2023年3月27日。
雫は、大学2年生の兄とアニメを観ていた。
『カウボーイ・ビバップ』
全26話 ハードボイルドアクション。
登場人物たちの、描写や胸を熱くさせる台詞、息を呑む戦闘シーン。
そして何よりオープニング曲『TANK!』のカッコ良さ。
どれを取っても一級品だ。
何度観返しても、その度に楽しめる。
日本が世界に誇る90年代アニメの金字塔。
でも、もうこれでラスト。
次のエピソードが最終話なのである。
「ねえ、Noobってカウボーイ・ビバップ観たことある?」
「聞いたことあるけど観たことない」
相変わらず素っ気ないね、と思ったが、頭を下げたり土下座をしている絵文字を打ちながら、本当に頭下げてる人なんて居ないか、と冷静に判断し、LINEチャットに返信する。
「そっか、これ無茶苦茶面白いし、セリフも音楽も多分Noobが好きなヤツだでオススメ😊」
もちろん真顔である。大人しく観ろよ、の一心だ。
だいたいこういう連絡をしてくるときに、こういう絵文字を使う雫は、イライラしている。
それを知っているNoobは、「わかった。今から観る」と空返事だけをして、事なきを得ようした。
「まじ?じゃ同時視聴しよ」
「え?どうやって?今お風呂♨️なんだけど」
Netflix等の各種サブスク型コンテンツは、ひとつのアカウントで4人くらいは登録できる。
もちろん、家族以外でもアカウント共有は出来るので、早速手順を説明し、Noobも視聴可能な状態になってもらった。
「で、はじめから観るの?」
「ううん、最終話観るの」
「は?いきなり?」
こういう時の雫はわがままだ。
うん、とこちらが言うまで引き下がらないし、空気も読まない。少し残念な気もしたが、特段興味があったわけでもないNoobは、言われるがまま、『カウボーイ・ビバップ 第26話 ザ・リアル・フォークブルース(後編)』を再生した。
*
不思議と、初めて観るはずのキャラクターたちの生い立ちや、立場が理解できる。
そして、時間を忘れて魅入ってしまう。
そんなことを思った矢先、"雫が観せたがった場面はこれか"と、ひときわ心に残るシーンを目の当たりにする。
「こんな話知ってるか?」
「んあ?」
「──ある虎猫がいた。虎猫は好きでもない色んな飼い主達に飼われながら、100万回死に、生き返って、100万回生きた。猫は死ぬのが怖くなかった。
ある時、猫は自由な野良猫だった。そいつは白いメス猫に逢い、二匹は一緒に幸せに暮らした。
やがて月日が経ち、白い猫は歳をとって死んじまった。
虎猫は100万回泣いて、そして死んだ。
もう二度と、生き返らなかった」
「いい話だ」
「俺はこの話が嫌いだ。俺は、猫が嫌いだ」
「だと思ったぜ」
ここで主人公スパイクが部屋を後にする。
──カチャ。
(ヒロインが拳銃を主人公の頭に突きつける)
「どこ行くの。なんで行くの」
「いつかアンタ言ったわよね、過去なんてどうでも良いって。アンタの方が過去に縛られてる!」
「醒めない夢でも見てるつもりだったんだ」
「…はっ?」
「へへっ。いつの間にか醒めちまってた」
「わざわざ命を捨てに行くってわけ!?」
「死にに行くわけじゃ無い。俺が本当に生きてるかどうか、確かめに行くんだ」
*
Noobは、その後、すっかりカウボーイ・ビバップの虜になってしまった。
一度聞いたら忘れられない名セリフたち。
Noobはたまらず、リリック帳に文字起こしする。
雫の無茶振りも、たまには良いことするんだなあと少し感心してしまった。ありがとう。素直にそう思う。
「高校不安だよね」
今度は、お悩み相談かよと若干面倒くさく思ったが、Noobも高校進学に関しての不安は大きかった為、
「また一緒に帰ろう」
「どうしても辛かったら、また話そう」
と励ました。
「おいNoob、いつまで風呂入ってんだ!」
この声は担当相談員の加藤。3月は忙しいからあまり機嫌が良くない。といっても、平和な日常には変わりないのだが。
「今あがるところだったの!」
もうすぐ高校生か、早いなあ。と湯に浸かりながら思うNoobなのであった。
*
Track3:2024年3月27日。
Noobと雫をターゲットにした、シュハン主導の悪趣味なゲームは、養護教諭 アイ先生の厚志と公傷の甲斐あって、沈静化した。少なくとも、この約3ヶ月間は無事に過ごせている。
「アイ先生、4月に退院だってね」
1月8日の夜、学校から帰宅途中だった樹下アイは黒塗りのワンボックスカーに撥ねられた。
近くの住民が、事故後アスファルト上に踞る彼女を発見し、すぐに119番通報する。
幸い、命に別状は無かったものの、腰の骨を折る大怪我だった事もあり約3ヶ月の入院生活を強いられた。
彼女の願いから、家族以外の人間は面会謝絶となった為、Noobも雫もあの日から会っていない。
「もう会えないのかな」
そう言って、雫は落ち込んだ表情を浮かべる。
「しばらくは、ね。でも、また会えるよきっと」
何とか雫を励まそうとするが、Noobも不安な気持ちを抱いていた。
──アイ先生が、あの日すぐに対応してくれなかったら、今頃ボクたちはどうなっていたんだろう。
春休みもあと数日で終わり、四月からは高校2年に進級する。彼らの不安感と負ってしまった傷は、そう簡単に癒えそうになかった。
でも、今のところ無事に、次の春を迎えられそうではある。
いつか必ず、アイ先生にはお礼をしなきゃ。そう心の中で呟いた。
*
「アイ先生にも教えたいな。もちろん母さんにも」
母さんには、来月また会える。
だからそれまでには、なんとか、自分の歌詞を見せたい。読んでほしい。
作曲機材や編集ソフトを持っていなかった為、何度もエアロスミスの『Dream On』と、エミネムの『シングフォーザモメント』を、Apple Musicで聴き、頭の中で、16小節分の歌詞を考え、浮かんだ歌詞をつれづれなるままにリリック帳へ書き込んでいった。
きっと母さん、
「歌ってみせて。」なんて言うんだろな。
歌えたらな。でもボクには無理だよそれは。
人前で歌うなんて、いじめられてるボクには。
だからせめて、得意な詩や文章だけでも見せたい。
そうしたら少しは安心させられる。
ああ、この子は今、楽しいと思えることを見つけて暮らせてるんだな、って。
*
そんなことを考えながら、風呂に入る支度をしているNoob。
今年はまだ寒い日が続きそうだから、ダウンコートをいつしまうべきか分からないと、加藤や施設の職員たちが困っている声が聞こえる。
「おーいNoob。早く風呂入れよー」
今年の3月の機嫌は、そこまで悪くなさそうだ。
加藤の声色から、そう察する。
「もう4月か。早いなあ」
Marshallも、雫も、みんなそう言うだろうな。
そんなことを考えて、いつもより少し長く湯に浸かるNoobなのであった。
Track1:タイムマシーンにのって
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