【創作大賞2024応募作】 Marshall 4 Season #6
【タイトル】
天運我に有り
『LYRICIST ROUNGE』(リリシスト ラウンジ)への出演が決まった日から、マサルとチョビはほぼ2週間、生活を共にした。
高校時代はラガーマンだったマサルと、天真爛漫なチョビ、それに加えチョビのルームメイトであるニック。
3人の男が12畳ほどのワンルームで共同生活をする。決しておすすめ出来ない。部屋中が汗臭く酸っぱい。
ニックにはありったけの報酬(マリファナ)と賄賂(ヤリマンの電話番号)を捧げた。
だが、朝から晩まで同じ音を聴かせられた挙句、言った言わないの水掛け論や、日本語で捲し立てる謎のラリーを寝ても覚めても続けられ最終的には、
「オレはベトナム戦争を知らない世代だけど、ランボーがP.T.S.Dに陥って街を荒らしまくる理由がわかった。お前ら2人ともオレと、かつての英霊たちに死んで詫びろ!クソが!」と吐き捨て、部屋を飛び出して行った。
そんなニックに同情したり、謝罪する時間すら惜しかった為、憎しみを込めてドアが閉まる時の「バタンッ!」から、すぐ特訓は再開した。
「チョビ、三連符と六連符だ」
「だからやってるって!」
「もう一回」
「ぼくの なまえ ヒデミ フマです」
「じゃあ次、六連符」
「トマトバナナキャベツきゅうりレタスりんごみかんサラダ!」
「よし。これを毎日1時間は必ずウォーミングアップとしてやっておいてほしい。アカペラでもいい。口の周りの筋肉や神経を」
「とても嫌です!バカみたいだ!」
「口ごたえするな」
「そっちこそ指図するな!」
まだ4日しか経過していないのに、こんなことでいちいち言い合っているようでは話にならない。
頭ではわかっている。
それでも子ども番組みたいな発声練習しかしていない現状や、共同生活の不自由さ、Marshallの作った歌詞をただ覚えて、歌うというのも、"やらされている"という感覚が強まり、余計ムカつく。
「嗚呼、もう嫌だ!やっぱ無理なんだよ!こんなこと、はじめから!」
普段ならトムとジェリーを足して2で割ったように愉快で可愛らしいチョビも、いよいよ限界を迎えてしまった。
「そうか。わかった」
マサルの回答は、それだけだった。
「何がわかったんだよ」
「いや別に。話す意味も無いだろ」
そう云うと、マサルは持って来た機材や衣服などを片付け始めた。
「なんでそう勝手なんだよ!」
「・・・。」
表情こそ見えないが、マサルの背中は目に見えるほどの苛立ちを発していた。
チョビは、ぶつけようの無い怒りと、見捨てられた子犬のような戸惑いを全身で訴えている。
「これからどうすんだよ」
「・・・。」
「どうすんのかって聞いてんだよ!答えろよ」
チョビは小型犬のようにキャンキャン吼えた。
「うるせえよ、根性なし」
マサルが口火を切った。
マサルは煩い生き物と腑抜けた人間が嫌いだった。
でもそれは決して口にしてはいけないことだったと発した直後理解した。でももう遅かった。
「じゃあな」
部屋に立ち込めていた無数の臭気と8ビートが、11月の乾いた空気と時計の秒針音に代わる。
チョビはひとり、立ちすくんでいた。
"「ありがとう」と「ごめんなさい」は、ちゃんと言えるようにしておきなさい。"
"マサル、あなたの書く詩は、元気があって読んでいて楽しいです。次も楽しみにしています。"
"友だちは大切にしなさい。友だちは宝物だから。"
"マサル、元気でいてください。天国からあなたのこと応援しています。"
親代わりで育ててくれた寮母さんの遺言をなぜか思い返し、マサルはアトランティック通りを東に進み、自宅に向かっていた。
とっくにわかっていた。
もっと意見を聞くべきだったと。
もっとチョビを信じるべきだったと。
ふと、重大なことにマサルは気がついた。
俺はなぜ今歩いているんだ、と。
哲学的な意味ではなく、なぜピラミッドの石運びのように荷物を引きずりながら二足歩行しているのか、ということに気がついてしまった。
「クッソ、しまった!"ランボルギーニ"がチョビのとこだ」
マサルも茫然自失だったのだろう。
自分が乗ってきた自転車の存在をすっかり忘れて、歩いて帰ろうとしていたのだ。
否が応でも引きかえすしかなかった。
まあ、部屋にあがるわけでは無いし早いうちに取りに戻らなければと、来た道をまたUターンしジーニアスへ進路変更した。
「トマトバナナキャベツきゅうりレタスりんごみかんサラダ!トマトバナナキャベツきゅうりレタスりんごみかんサラダ!トマトバッ…!ああああー!
…ハァ。難しいです六連符」
主張の強すぎる独り言が、窓の外にも聞こえてくる。
「難しいに決まってんだろ!簡単じゃないんだ、黒人のリズム感を習得するってことは」
思わず「マサル!」と叫びそうになったが、そこをぐっと堪え、
「・・・難しすぎるわ!」
窓の外に向かって返事をする。
「でも、良かったぞ。というか三連符とか六連符とか言ってるけど、こんなリズムでラップする奴、多分そうそう居ない」
「はあーっ!?マジで言ってることの意味がわからん。居ないってどういうこと?」
「あのさぁ、チョビ」
「・・・なんだよ」
「さっきは、ごめんな」
「おう。俺も匙投げてゴメン」
「なあチョビ、バカみたいにハンバーガー食いに行かね?」
「バカみたいに、じゃなくてバカなんだよ」
雨降って地固まる。
その日を境に二人は音楽との向き合い方を、今までよりも共有するようにした。
「なあチョビ、今日は天気が良いから外でやろう。セントラルパークなら、誰も文句は言わないだろう」
「ねえマサル、ここの1小節のリリックなんだけどさ、座頭市みたく、啖呵切る感じとかどう?」
「マサル、やばい!遅刻しちまう!寝過ごした!」
「おいチョビ、今のフロウって誰かの真似か?いやいや、そこじゃなくてその一個前のとこ。アレ普通にヤバイと思った。なんつーか、ILLだと思う」
(※ ILL・・・病的にヤバイ。規格外。最高。などを指すスラング。)
「あーもう、またテープが切れたよ。ったく。肝心なとこでいつもこれだ」
「グループ名"Buddha Brain"なんてどうだろ」「奈良の大仏みたいでかっこいいじゃん!」
「それ褒めてる?」
「尊い!」
「衣装はどうする?クルーだから揃えた方がいい?」
光陰矢の如し。
たった2週間しか経っていないはずなのに、季節は目まぐるしいスピードで変わっていった。
「よし、今の感じでもう一回いこう」
「なあマサル」
「おう」
「これってさ、めちゃくちゃ最高じゃない?」
「当たり前だろ。じゃなかったらやる意味無い」
「・・・やった。やったんだ。遂に出来たんだ」
チョビはぽろぽろ涙をこぼし泣いていた。
マサルはRECボタンをオフにし、これが夢ではないことを確かめた。
約4分間の一部始終を眺めていたニックも、思わず「良いね」とポツダム宣言とも取れる賞賛の声を掛けてくれた。彼のなかでの戦争は終戦を迎えたようだ。
そこから49時間と31秒経っての、今
ニックの戦争は無事収終結したが、マサルではなくMarshallと、同志チョビの二人組。
つまり『Buddha Brain』にとって初陣にして大一番の瞬間だった。
──今だ。JUST DO IT
天運我にあり(LYRICIST ROUNGE ver.)
Buddha Brain (Marshall&チョビ)
[Marshall]
スタートしてもうトップスピード
泣く子も黙るアンダーグラウンド
愛とプライドがサーチライト
小節のケツに情熱 リリシスト
[チョビ]
道無き道に未知なる土地
キミが居るからボクがILL
ボボ ボクが作る ボボ ボクの座標
知らざあ言って聞かせやShow
つわものどもは夢の途中
[Marshall]
ノーガード攻撃一筋むきだし
浮き足だつ揚げ足取り 尻目に
蝶のように舞い 蜂のように刺す 香車の矜持
今日死に過去となる前 走る明日「Touch me」
[チョビ]
痛いの痛いの飛んでいけ
いなたい価値観も飛んでいけ
イマジン 雷神 無頼漢(アハハ)
ネクストレベル導くぜ 心技体
新時代到来 でかい視界 韻 da SKY
[Marshall]
研ぐ先端、針落とすなら今
侍はいまだ ここに健在だ
決して譲れないぜ この美学
何者にも媚びず己を磨く
[Hook]
これが俺らの表現方法
果てしなく拡げるこのフィールド
剥き出し 常時闘争本能
無理なし 俺らの辞書に"No"は無い
当たり前の前走るデュオ
クソあちー日本語ラップ代表
常識踏み潰し造る道路
天運我にあり 我らBuddha Brain
観客のなかには日本人の子どもが、黒人の真似事をしているだけだと失笑するものもいたが、客席は大いに盛り上がっていた。
特にチョビの1ヴァース目がコミカルかつ独創的だったことと、全体を通してMarshallの醸し出すサムライのような無骨さや韻の硬さが印象的だったようだ。
歌詞のほとんどが日本語だった為、何を言っているのかニューヨーカーには分からない部分がある。
だが、どんな想いでこの曲を作り、この舞台に立っているのか等の解説や通訳をKJとDJ Juneが周囲に行っていたことも功を奏した。
チョビが2ヴァース目に放った「イマジン 雷神 無頼漢(アハハ)」というブロークンワード(壊れ言葉)は、言語の壁を越えて真似をする人々が続出した。
理屈抜きのキャッチーさというのは、何事においても重要なのである。
『Numb』のKJとDJ Juneが、洗練された最先端のスキルとサウンドだとしたら、Buddha Brainの二人組は、古き良きオールドスクールの土臭さと青臭さに特化した劇画のような曲調で、二組は対照的なコントラストを描いていた。
だがそれが良かった。皆同じではつまらない。
無謀だと誰もが思うリリシストラウンジでのデビュー戦、勝ったか負けたか、それはふたりにしか分からないが、ふたりとも心の底から笑っていた。
想像を絶する緊張と興奮から解放され、マサルとチョビは二人、バーカウンターに向かった。
「よお。親愛なる日本のサムライ。お前らなかなか良かったぞ」
そう声をかけてきたのは、なんとあのビギーだった。
「お前ら、近くでみると小さいな。まあ俺がデカイってのもあるが」
マサルとチョビは、「あっ」と「えっ」としか発することが出来ない。
"本物のノトーリアスB.I.Gに話しかけられてる"
そんなことが、あり得るわけないと脳髄からの伝達に負荷をかけている。感動が言葉にならない。
「おっと水を差して悪かった。何か飲みなよ。今日は奢りだ。お疲れさん」
キングがキングたる所以。
それは、戦士には敬意を表し、誠実さをもって真摯に向き合う。という騎士道精神から来ているのか。
はたまた、未来ある若者にこそ思いやりと優しさを分け与えよ、という師匠の教えに従ったからなのか。
どちらにせよ、二人には十分その偉大さが伝わった。
「あと、あの三連符と六連符。アレはなかなかビビった。あーついにバレたか、ってな。でもまあ八連符だろうが十二連符だろうが、オレなら自在に扱える。まあ、この次のショーケース観てってくれよ」
そう言って、ビギーは舞台袖に向かっていった。
DJタイムも終わり、フロアで踊っていた連中も「いよいよか。」とみな固唾を飲む。
「最初はどんな曲で始まるんだろう?」
ライブ前恒例のシンキングタイムが、会場中で繰り広げられる。
そんなざわつきも遂に鎮まり、
今夜の主役が現れる。
本人の足音以外は、無音。
あれだけ馬鹿騒ぎしていた会場全体が、水を打ったかのように静まり返っている。
手にはマイクが1本。DJも取り巻きもボディガードもいない。
唐突に始まるフリースタイル(即興)
しかもアカペラ。リズムが旋律となって、音楽として聴こえてくる。
そして、韻が硬く2拍、4拍、6拍、8拍と言葉が吐き出されるごとに単語の節々が、打楽器のような役割を担い、抑揚をさらにリズミカルにさせる。
「す、すげえ」
生まれて初めて見た花火のように、目の前の光景に対し、どんどん瞳孔が拡張していく様を、チョビ自身気づいていない。
そして16小節が終わった直後、ステージの奥のベールがバサっと一気に剥がれ落ちる。
生音バンド。しかもそのメンツは、アメリカ合衆国が世界に誇る偉大なジャズメンたち。
この演出には、会場中が沸いた。
涙を流してガッツポーズする者もいる。
スキルや個人的な知名度は、言うまでもなく折り紙付きなのだが、ビギーという男は、やはり全てを司る王であり、唯一無二のアーティストなのだ。
ネグロイドの歴史や、自らの暗い過去を糧にこのステージ上から最高の音楽とパフォーマンスをその後約75分間届けてくれた。
その会場に居合わせた全ての人々が、リリシストラウンジに参加したことを一生の宝にするだろう。
1994年1月18日。
場所は、マンハッタン グランドセントラル駅。
「よお久しぶり」
「遅い!」
「おかえり」
「ただいま」
「あーマサルだ!久しぶりだね!元気してた?」
「集まったな、遂に」
Buddha BrainとNumbの集結。
完全無欠の4WDが遂に始動するのである。
*
1994年というヒップホップ黄金期のど真ん中では、ビギーや東海岸のシーンはもちろん西海岸の2パック、ドクタードレー、スヌープ・ドッグらが音楽シーンの覇権を握ろうとしていた。
それに対抗すべく、東のNasは『イルマティック』という、後に"向こう100年間この星でもっとも優れた歌詞の楽曲"と称される伝説的アルバムをリリース。
また、新進気鋭のグループ『WU-TANG CLAN』の存在は、東海岸のパワーバランスを西海岸と互角の位置まで引き上げた。
そこにマサルやKJなどが、介入するスペースはほとんど無く、アメリカ国内での活動メインでは、淘汰されるのも、正直なところ時間の問題だったのだ。
そこで、お互いの存続と将来性を考えた結果、「日本で勝負しよう」という答えに至った。
これがBuddhaは逆輸入グループ、と云われる一つの所以である。
無論、日本はその後すぐにCiscoレコードや宇田川や原宿を爆心地としたヒップホップブームを迎え、世界第二位のヒップホップ市場と云われるまでに発展する。
90年代のCisco坂と呼ばれるエリアは、"世界一のレコード街"としてギネスにも認定された。
発展、衰退、再燃、興隆などの新陳代謝を一通り経験し、東京以外のローカルシーンからも優れたアーティストが現れだす。
そこから2000年代に突入する。
インターネットが普及し、国境もレーベルもボーダレス化した。まさに混沌の世界。
それが、良いのか悪いのかは一言では語れない。
しかし、誰もが"言葉を欲し、音楽を愛する"ということは、時代がどう移ろうと普遍的だった。
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