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スパイク・リーの『ザ・ファイブ・ブラッズ』 は黒人カルチャー版「地獄の黙示録」 “DA 5 BLOODS”

NETFLIXで2020年6月12日に配信が始まった、スパイク・リー監督の新作映画『ザ・ファイブ・ブラッズ』” Da 5 Bloods” (20年)は、ブラック・カルチャーに興味がある人間にはたまらん映画だと思う。

もちろんベトナム戦争の後遺症という重いテーマはあるし、現在のアメリカでジョージ・フロイド氏の暴行死事件から起きた“BLACK LIVES MATTER”のムーヴメントにも通じるところがあるのもわかっている。

この映画が撮影されたのは、コロナ禍以前なので、現在の状況を知るはずもなく、もちろんスパイク・リーのような作家性の強い監督だもの、一筋縄でいかないベトナム戦争ものだということもある程度は想像できた。

だけど、これは強烈な映画だ。ベトナム帰還兵の黒人たちが、置き去りにした自分たちの尊敬すべきリーダーの骨を拾う目的と、米国CIAが密かにおいて置こうとした埋蔵金を掘り出しに50年ぶりにベトナムへ戻る。

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以下ちとネタバレあり

ホーチミン(通称サイゴン)のホテル・ロビーに集結するかつての仲間たち。もうみんな爺さんだが、夜は(実在する)ナイトクラブ ”Apocalypse Now”(←『地獄の黙示録』の原題)へ繰り出す。

5人のブラッズBloods = 本来は血だが、ブラザーという意味もあるのだろう)、の名前は、ポール (デルロイ・リンドー)、オーティス (クラーク・ピーターズ)、エディ (ノーム・ルイス)、メルヴィン (イザイア・ウィットロック・Jr)そしてポールを心配してついてきた息子のデヴィッド (ジョナサン・メイジャーズ)。
この5人の名前は、60年代に「マイ・ガール」「ゲット・レディ」などの大ヒットを放つモータウンを代表するソウル・コーラス・グループ「テンプテーションズ」のメンバーと同じなのだ。
そして、骨を拾いに来たかつてのリーダーの名前はノーマン (『ブラック・パンサー』のチャドウィック・ボーズマン)。これはテンプテーションズのヒット曲のほとんどを書いた、ソング・ライター、ノーマン・ホイットフィールドからである。

若いデヴィッドが、バーで知り合ったフランス女性ヘディ(メラニー・ティエリー)は地雷除去の活動を行うお嬢さん。
「女優のヘディ・ラマーと同じ、ヘディよ」と自己紹介するが、こんな名前何十年ぶりに聞いたわ!と思った。『サムソンとデリラ』(49年)に出てた女優さんだよ!若い人が知っとるわけないよ(笑)

ジャン・レノ扮する、いかがわしいフランス人の商人と取引し、通訳を連れてジャングルの川を下っていく元兵士達。そこでかかるのがワーグナーの「ワルキューレの騎行」。そう『地獄の黙示録』で米軍がナパーム弾をぶち込む時にかかった曲だ。

黒人の人たちは、自国アメリカで差別と戦っている。そんな人たちが、川下りの中、フルーツを買ってくれとボートで近寄ってくる現地のベトナム人を追い払うと「お前らは、俺の家族を殺しやがって」となじられる。

PTSDを患ってるポールには、特にきつい。彼がドナルド・トランプの”Make America Great Again"のキャップを被っているのは、アメリカで見捨てられてしまった人々の一員だからか。

映画は、現代の場面は、テレビサイズの横長画面で、ベトナム戦争当時の回想場面は、スタンダードサイズになる。ここはあえて16mmカメラで撮影したという。
回想場面になっても、4人だけは老けたままだ。それは若く見せるCGの製作費が足らなくなったという説もあるが、50年経っても彼らはその当時を未だに生きているという意図もあると聞く。僕はこの説の方が好きだな。トラウマを表現するにはこの手があったかと思う。

後半、ポールが一人でジャングルの中を独り言を言いながら歩く場面は、なんで彼の顔のアップばかりなのだろう?これも製作費が足らなくなったからか?と邪推したが、結果これらすべては、ポールの癒しの旅だったということがわかるのだ‥ (この場面のチャドウィック・ボーズマンは素晴らしい)。

ポールの息子デヴィッドが着ている服や帽子は”MOREHOUSE"と書いてあり、「なんだこれは、ミキハウスか、なんかか?」と思ったら、これ大学の名前なんですね(汗)。モアハウス大学。黒人のために設立された大学で、スパイク・リーはここの卒業生。キング牧師もそうなんだと。

映画では、モハメド・アリなどベトナム戦争に反対した人々の実際の映像や、当時の記録映画の断片も見ることができるが、ベトナム人を銃で射殺する場面などもあり生々しい。劇中も地雷だらけのジャングルで身体がふっ飛ぶ悲惨な場面もある。これは子供向けではない。強烈と書いたのはそれが理由だ。

フランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』にところどころ似ていると感じるのは、寺院が登場するのもあるだろう。そこでの銃撃戦で「ホラー」と言わず(「戦場にかける橋」のように)「マッドネス」と言い換えてるが、いずれにせよ戦争は狂気である。

ポールの贖罪の旅だったこの地獄の行程で、マーヴィン・ゲイの名盤「What's Going On」(71年)の曲が効果的に使われている。
アメリカが、ベトナム戦争で残した傷跡は、様々な形で影を落としているということがこの映画を見ればわかると思う。
ベトナム戦争を知らない世代も、よく知ってる世代も、今見ておく映画ではないだろうか。

てなことで。



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