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遺体が握りしめていたもの

お寺の霊苑に勤めてた時の話。

小さな子どもさんを連れたご夫婦が、お墓を買いに来た。

50代のご主人。

奥さんは20代。

ご主人よりかなり若い。

子どもさんもまだ1歳にも満たない。


亡くなられたのはご主人のお父さん。

離れて住んでいたとのこと。

お墓の契約書を書いてもらう。

命日を書く欄で手が止まる。

「亡くなった日はだいたいしかわからなくて…。」

「だいたいで大丈夫ですよ。」

孤独死、されたのかな…

1人暮らしの方が亡くなられると、長期間気づかれないことがある。


早急にお墓を決めたご夫婦は、

お墓が建つと、また早急に納骨し法要された。

戸惑いの見えるご主人に対して、

まだ若い奥さんが迷いなくテキパキと事を進める。

その霊苑では墓石の彫刻を好きなようにデザインできた。

奥さんの案で、墓石の前面には花束の彫刻が彫られた。


納骨後、ご主人は頻繁にお参りに来られた。

「こんにちは。まめにお参りに来られてますね。」

私が声をかけると、

「えぇ…。生きてる間に何もしてあげられなかったから…。」

ご主人はお墓を見つめながら言った。


「俺の両親は離婚していて、親父は1人で暮らしてました。

いろいろあって俺は親父には全然会わなくなって…。会わないというより会いたくないというか。

…憎んでいたかな。」

ご両親が離婚されるということは、何かがあったんだろう。

憎んでいたということは、子どもの目から見ても許しがたい何かがあったんだろう。

「ずっと、連絡をとらなかった。」

「そうでしたか…。」


「親父が亡くなってから、親父の周りにいた人からいろいろ話を聞いたんです。

俺にとって親父は憎い人だったけど、周りの人にとっては、いつも明るくて人を楽しませる人だったって。」

家族に見せる顔だけがその人のすべてではない。

「親父が賑やかなのが好きだったから、この霊苑に決めたんです。お花がいっぱい咲いてるから寂しくないかなって。」

「ありがとうございます。お花を持って来れない時も、ここにはいつもたくさんお花が咲いていますから…。」

「いつも綺麗に手入れしてくれて、ありがとうございます。」

「いえ、好きなんです。草むしりが。」

私は本当に草むしりが好きだった。

寺墓地と言えども、薔薇が咲き乱れる霊苑だった。



「親父は癌でした。最期は治療してなかったみたいです。」

「そうですか…。」

「発見された時は、もう半分白骨化していて。」

「……。」

「警察から電話があったんです、俺に。」

「警察から…。」

「親父が握りしめていたからって。」

「……?」

「親父の手が握りしめていて、紙を。

その紙に、俺の電話番号が書かれてたって。

だからその番号に電話したって、警察が…。

もうずっと会ってなかったのに、親父は俺の電話番号を握りしめて…。」

「…そうでしたか。」


「俺も再婚なんです。俺も離婚して、今の嫁は再婚した嫁なんです。

親父のことがあって、嫁が早くきちんとしてあげなきゃいけないって言ってくれて。」

あぁ、それで奥さんはあんなに一生懸命に。

「憎んでたけど…。本当に何もしてあげてなくて、それで良かったんかなって。

今さら言ってもどうしようもないし、どうしようもなかったんだけど…。」


ご主人のお父さんは、自分が困ったからといって家族に連絡できる立場じゃないと思っていたかもしれない。

でも…

これで最期かもしれないと思った時、息子さんの電話番号を握りしめた。

助けを求めようとしたのか。

会いたかったのか。

せめて声を聞きたかったのか。

お父さんはどんな気持ちでその紙を握りしめていたのか…


「お父様、きっと『ありがとう』って思ってます。それに、いいお嫁さんをもらって喜んでおられると思います。」

「そうだといいですね…。

親父が亡くなるまで、思い出しもしないことが多かったのに、亡くなってからのほうが近くにいる気がするんです。

なんか不思議なんだけど。」


たとえこの世に生きていても、その人のことを思い出しもしなければ、その人は自分の生活の中にいないも同然だ。

たとえこの世にいなくても、その人のことを想うならば、その時その人は自分とともにいる。


見えていなくても確かにそこにあるものがある。

お父さん、きっとこれからはずっと一緒ですね。

息子さんと、お嫁さんと、お孫さんと…

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