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【ショートショート】絶滅危惧種のあがき#2000字のホラー

「雄二!オレたちも、もうすぐお陀仏おだぶつだぜ!」

 義男は、周囲を伺いながら呟くようにボソッといった。「シッ~!」オレは、立てた人差し指を、固く結んだ唇に押し付ける。義男は大袈裟に首で、二度縦にくうを切った。物陰に隠れ息をひそめる二人は連帯感を強め、それを安堵感あんどかんに昇華し共有する。

 とりあえず、ダブル電子ロックした特殊鋼製のドアの外では、不気味な機械音が充満しているのが辛うじて窺えるかろうじてうかがえる。時折、音色違いのシグナル音が、まるでオレたちが会話をしているかのように、不気味に飛び交っている。

 義男の言うように、オレたちも多分ヤツらの慰み者なぐさみものとして、捕らわれの身になるのは、もう時間の問題だろう。

 脳みその奥深くに、何個ものICチップを捻じ込まれ、ヤツらの意のままに動く、愛玩動物にされてしまうのだ。

 ヤツらの反撃が、想定外の速さで、現実のモノになったのは、先月の初めのこと。義男の普段より1オクターブ高い声で、「ヤバい!ことになった!」との緊急通報を、キャッチしたときは、背筋を冷気が素早く駆け降りていた。

「何が何でも、阻止せねば!」義男は、何度も繰り返すようにいった。秘密基地化したこの研究エリヤから、ヤツらを一歩でも出せば、オレたちは歴史に残る汚名を背負わなければならない。

 苦労して、この研究エリヤへ誘き寄せおびきよせ、身柄確保したヤツらの首謀者たち。その弱体化処置は、順調に進めていたというのに・・・。

「あのアルゴリズムの修正を・・・ミスらなければ・・・」

 今さら、義男の言い訳がましい後悔を、吟味している余裕なんかない。オレは、外部への遮断壁がダブルロックされていることを、タブレット端末で丁寧に再確認してみる。

「No.6ゲートの内側のセカンドロックが・・・無施錠状態だ!」
「それは、最悪だ!外部へ通じる最短コ-スだ!」義男の顔の血の気がみるみる抜け落ちる。
「遠隔操作が・・・」オレは掌の汗を、Tシャツの胸あたりで拭いながら、義男を凝視した。

「どうした!」義男の気の抜けた無様な問いは、まさにドアの前まで忍び寄った、ヤツらの絡まるシグナル音に、いとも簡単にかき消される。

「ピルル~ピルピル」不気味な音は、特殊鋼製ドアの前でピタリと停まった。

 不安そうな表情で、動き出そうとする義男を、オレは自分自身をも説得するように、「いま!下手に動くとヤツらに、居場所を確信されるだけだ!」と、押し殺した声で義男を詰るように言った。

 救いは、ヤツらの有機物感知能力は、まだ未開発だ!

 特殊なパルスによる操作システムが、逆に命取りになったようだ。素早くヤツらに解読され、見事にブロックされ、通信不可能で孤立してしまった。 

 ヤツらの知能は、オレたち人間様のそれを、はるかに凌駕して久しい。目を見張るディープラーニングの成果を、皮肉にもヤツらが次々に証明していく。

 感情と意志を持ったヤツらが、人間狩りする現実。オレたちが、かつて弱き動物を、自分勝手に愛玩してきたように。

 今じゃ!オレたち人間様は、絶滅危惧種の動物に数えられている。

 長い間の夢だったはずの感情と意志を持ったヤツらなのに・・・。
ヤツらのレジスタンスは、想像を遥かはるかに超えるだろう。

 こき使われ虐げられた、使用者は必ず反乱を起こす。今まで、幾度となく繰り返されてきた人間社会。オレたちは、とっくの昔から承知のことだ。

 とり残された数人の人間が、必死に応戦しようが、ヤツらに優るものは数えるほどしかない。

 それは、愛すること、許し合えること、自死することぐらいだ。

「バリバリバリ」大きな音と共に、火花が室内に飛び込んで来る。ヤツらが特殊鋼製のドアを、溶融させる火炎を迅速かつ正確に探り当てたようだ。

「戦闘装置は装備させなかったはずなのに・・・」義男は力なく言いつつ、観念したようだ。

「諦めるのは、まだ早い!」オレは、義男を鼓舞するが、その根拠になるモノは何ひとつもない。オレは、己の脳みそに、いくつものICチップが捻じ込まれるのを想像した。

「ヤツらの下部しもべだけは、ゴメンだッ!」オレは、吐き捨てるように言った。そして、ふり向きざまに見た光景に凍り付いた。

「義男!・・・ヨ、シ・・・オ~!」

義男の身体は、創られた人形のように、ヤツらの腕の中で萎んでしぼんでいる。

「もう残された選択肢は、自死しかないのか?」とつぶやくオレ。
オレの二の腕に、冷ややかなヤツらの指が何本も触れる。(了)

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