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【人間観察】人生とは、筋書きのない舞台を、演じ切るようなモノ。

「カミさんったら知らぬ間に何百万円もの自分の宝石を知人にあげちゃうんだから…」

なぜあげちゃったんだと、カミさんに詰問すると、だって私!もうこの年だし、もうつけないものと平然としている。

「カミさん認知症なんだよ!」その社長は、少し間をおいてから、ボソッと言った。

ある取引先の担当者から紹介されて、先日初めて訪れた埼玉県の某鉄工所でのこと。その社長が話してくれた。

五、六年前から少しずつ症状が出てきたらしい。初めの頃はスーパーに買い物に出かけて行って、買いこんだ物を何処かに置き忘れて帰ってくるぐらいだった。

最近では宅配に来た人を何を思ったのか、歓待して家に招き入れようとするんだから・・・。

「でも失礼ですが、奥様はまだお若いのでしょう?」<やまのぼ>は社長の歳を聞いていたので、せいぜい奥様は六十歳前後ぐらいに思っていた。
「いやねェ~カミさんは年上なんだよ!」

言い淀んだ社長の声を素早く受けて<やまのぼ>は「金のワラジを履いてでも探せって言うじゃないですか・・・」「・・・」でもなぜか会話が途切れた。

「七十八なんだよ」<やまのぼ>は、始め社長の言葉を聞き間違ったと思った。すると社長は、続けて言った。「一回り以上年上なんだ」社長のその言葉に<やまのぼ>は、絶句してしまった。

聞くところによれば、社長が二十五歳のときに、三十八歳の人妻と大恋愛の末、その人妻つまり今の奥様と結ばれたんだそうだ。「ドラマじゃないですか!」<やまのぼ>はしみじみと言った。

「当時は凄かったんだから・・・」社長は堰を切ったように話し始めた。

当時保有していた猟銃を持ち出して、説得に訪れてくる人を寄せ付けなかったことや、親兄弟から離縁されたことやらを話してくれた。

「オレはろくすっぽ学校へも行ってないから・・・単純なんだよ・・・この仕事を始めたのもズブの素人からだから・・・兎に角走り出してしまえば・・・誰の意見も聞かないなんだから・・・」

今は、食事の支度も社長がしているらしい。「子供もいないし、老夫婦二人の生活だから、昼間独りにさせるのが心配なんだ・・・」工場内にある自宅には<火事が心配!>と仕事の合間にちょくちょく覗きに行くらしい。

話してくれる社長のさばさばした表情に反して、<やまのぼ>はみるみると、曇る自分の表情を隠すのに苦労をした。そして社長の話を聞きながら、<責任>という二文字を頭の中で転がせていた。

そして<やまのぼ>は帰りの道すがら、別れ際に消え入りそうな、声で言ったあの社長の言葉を何度も繰り返していた。

「若気の至り」「若気の至り」「若気の至りなんだよ」・・。

人生とは、自分が主役で、筋書きのない舞台を、演じ切るようなもの。それが、好演だったかどうかは、自分自身という観客のこころに、問うてみるしかない。


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