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エアドーム 第一話

 ・あらすじ
 汚染された世界から人類を守るために造られた鋼鉄の街・エアドーム。
 貴族階層、中級階層、平民階層の三階層に分けられている。機械が身近に
存在していて、人類と機械によって日々の生活が成り立っている。
 そんな街で、四代貴族と称される家系の少女・ジゼ・レクスは触れた機械を操る力を手に入れる。その力を欲しがる同じ四大貴族のメルス家に追われ、平民層まで逃げてきたジゼはそこで主人公のブライと自我を持つ謎のロボット・ブレンと出会う。彼らと触れ合っていくうちに逃亡生活で忘れていた日常が恋しくなり、ジゼは力を元の場所に返すことを決意する。
 力の元の在り処【神の座】を目指して、ジゼたちはエアドームを登っていく。


 祭事にて神への道に登る者現る!
 新聞の見出しに書かれたその一文で売上が二倍以上になった。

 通称【神への道】、それは人類を保護する街【エアドーム】のすべて管理するAI【Zeus】が存在している場所へと通ずる唯一の道のこと。なにがあっても決して動くことがないその道は、この街を作った四つの大企業、現在は四大貴族と称される・レクス社、メルス社、ルクス社、エフラ社ですら開発時以外入ったことがないと言われている謎に包まれた空間である。
 その空間に一人の少女が招待された。
 レクス社の御令嬢、ジゼ・レクス嬢その人だ。
 16歳と若い学生の身ながら将来を有望視されている彼女は、祭事にレクス社の代表として出席していた。祭事の終盤、社の代表者四人が【神への道】その入り口に入る。一人ひとり言葉を伝え、順番に降りていく。そして、ジゼ嬢だけになったとき床が浮上を始めた。その光景にそこにいた全員が驚きを隠せず辺りは騒然となり、やがて怒号に揉まれるような感覚になるほどの騒ぎになった。その最中もジゼ嬢は登っていき、神の空間に入っていった。
 それから十数分が経過し、戻ってきたジゼ嬢が発した言葉はただ一つ。
 「ただただ白い空間だった。そこにZeusは居た」
 更なる取材を求めたがボディガードの厚い壁に阻まれ、これ以上の取材は叶わなかった。
 新しい情報が入り次第、随一発信していく。
                             執筆:ダジ

 「おいおいおい、まじかよ!ブライ!これ見ろよ!」
 「ん?あぁ、それ知ってるよ。最近はずっとその話題で持ちきりだろうが…今更知ったのお前くらいだよ。そんなどうでもいいことほっといてさっさと準備しな」
 「どうでもいいことだって!?これがどうでもいいわけなくないか?」
 「俺たちみたいな土木員には関係ない話だろ」
 「確かにそうだな!」
 「お気楽な奴だな…」
 談笑しながら事務所をあとにする。
 【神への道】か…。確かに異例の事態ではあるが、ここにいる俺らにとっては天の上の話でしかない。

 従業員が揃ったのを確認すると親方が話を始める。
 「おはよう君たち!先日休暇だったブライが捨てられてたロボットを使えるようにして持って帰ってきてくれた!これで少しは作業が楽になるだろう!ブライありがとうなぁ!」
 「いえいえ、みんなの役に立つなら俺も嬉しいっす」
 「おいおい、相変わらずいいやつだなぁ!」
 親方の言葉に笑いが生まれる。
 親方はいつも「なんでだ!」って怒るけど、あんな厳つい見た目と声で言葉遣いがちょっとかわいい。こんな環境でも毎日それなりに楽しいのは間違いなく個性的な彼らのおかげだろう。
 「よしっ、今日もがんばるか!」

 それから数日後、俺が持って帰ってきたロボットはNo11のブレンと呼ばれるようになり、試験動作も問題なく終わり、同じ現場で働く仲間になった。
 「ブレン!事務所から道具持ってきてくれ!」
 その言葉に了承の意味でヘッドランプを二回点滅させ、指示どおりに動き始める。うちらの持ち場はかなり広いから、働く手が増えるのはめちゃくちゃ助かる。
 「これで少しでも恩は返せるかな?」
 元々中級階層で生まれた自分は親の経営していた会社を手伝いながら学業に勤しんでいた。しかし、大手企業に圧をかけられ、首が回らなくなった会社はすぐに倒産した。居場所を失った自分ら家族は平民階層への移住を余儀なくされたが、職探しが難航し、もはやこれまでかと思っているときに親方に拾ってもらった。今は少しでも恩返しをするためにがむしゃらに働いている。
 そんなことを考えながら作業しているとあっという間に時間が経過しており、ブレンに道具を頼んでから数十分経ったが未だに戻ってきていなかった。なにかあったのかと心配になり、一緒に作業していた土木員の一人に事情を説明して持ち場を離れた。

 「なんだあれ…」
 事務所から少し離れた場所に警備ロボットが横たわっているのを発見した。恐る恐る確認してみると頭部が破壊されており、まるで巨大なハンマーで何度も打たれたかのようだった。ここでなにか事件があったことは一目瞭然だった。
 「つ、通報だッ…通報しなきゃ…」
 急いで事務所に向かわないと。
 ブレンも巻き込まれてる可能性が高い。
 携帯は事務所に置いてある。一刻も早く通報せねばと300mはあるだろう距離を全速力で駆ける。息も絶え絶えになりながら事務所に駆け込む。

 入った瞬間、異様な光景が目に映る。
 なんとロボットのブレンが銀髪の少女が向かい合って話をしていた。
 その光景に先程までフル回転していた頭が真っ白になる。ブレンたちもいきなり入ってきた俺を見て硬直しているようだった。そこから数秒間お互いに無言で見つめ合った。その静寂を破ったのはブレンの「キャー!」というまるでホラー系やサスペンス系の女性が叫ぶような声だった。
 こいつ女だったのか…?

 一度落ち着こうと説得し、俺らは向き合うように三角形に座った。
 「色々と聞きたいことがあるが、ひとまず自己紹介だな。俺の名前はブライ・ケンキだ。呼び捨てで構わない。そんで…。お嬢さんのその銀髪…レクス家の者か?」
 その言葉に少女は息を飲み込む。何度か口をぱくぱくとさせ、「私は…」と言葉を始める。
 「そう!こいつはジゼ・レクス!お前が言ったレクス家の人間で追われてここまで逃げてきたんだってさ!」
 いやお前が言うんかい!てか男じゃねぇか!と心の中でツッコミをして、なんとか口に出すことを我慢した。
 (それはそうと、レクス家の人間なのは予想通りだったが追われてるってのはどういうことだ…?それにジゼ・レクス…。この少女がほんとにあのジゼ・レクスなのだとしたらなぜここにいるのだろう…)
 俺の顔を見て、俺の考えていたことを察したのかジゼ・レクスはぽつりぽつりと話を始めた。
 「貴方の想像している通り、私は【神への道】を登ったジゼ・レクスです。ジゼとお呼びください。あの後色々あって、今はメルス家に追われている身です。申し訳ないのですが事情が事情ですので深く聞かないで頂けると助かります」
 「あ、あぁ…わかった…」
 メルス家…。四大貴族の中で最も悪名高いと言われており、悪い噂を上げればきりがないだろう。目標の為なら手段を選ばず、メルス社によって吸収、潰された企業は数多く存在しており、俺ら家族の会社もメルス社によって潰された中の一つだ。そのこともあって俺は四大貴族のことを良く思っていない。ただ親方の会社の元請けであり、今は実質的にメルス社で働いてる状況だ。メルス社に対して全く憎しみはあるが、親方の為ならと割り切れている。
 (そのメルス家に追われている…。恐らく、いや確実に【神への道】の出来事が関係しているな)

 「あの…一つよろしいですか?」
 「ん?なんだ?」
 考え込んでいた俺にジゼ・レクスは言葉をかける。
 「貴方…ひょっとしてマコトさんの御子息ではありませんか?」
 予想外の名前に驚いた。俺の父親・マコト・ケンキ。倒産する前にうちの会社にレクス社が視察に来たことがあった。ただその一度だったはずだ。そのたった一度で俺のことまで覚えたのか。
 「一度視察で御社に赴いた際にこちらに一瞥もせずにただ作業していた社員の方がいて印象に強かったので、後ほどマコトさんに尋ねたら、倅だとお教えくださったので覚えていたんです。いつかご一緒にお仕事をさせて頂きたいと思っていたので…」
 そう言い、照れくさそうに笑う彼女は天使を彷彿させるほど輝いていた。
 「覚えてもらってたのは光栄だけど、なぜ俺のことを?失礼だったから…ってわけじゃなさそうだけど…」
 失礼な自覚はあった。レクス社の視察がある前にメルス社の視察が前日にあり、あまりに失礼な言動で揉めたことで四大貴族に良い印象を持ってなかった。それで親父に他の四大貴族の視察に参加しないことを伝え、軽い口論になった。結局親父が俺の働きぶりを見せてくれるなら認めると、条件付きでの了承を提案してくれ、俺はそれに乗った。だから俺はレクス社には一瞥もせずに、作業に没頭した。
 「貴方が一生懸命で楽しそうにしてたからですよ」
 「え?」
 「こちらに一瞥もせずに素晴らしい部品を造り上げていく。話しかけても無視されたときは流石になんてぶっきらぼうな人なんだって思いました。でも、貴方の見せた顔はただ楽しんでいる人の顔でした。そのとき思ったんです。あぁ、この人は好きなことに没頭できるすごい人なんだって。私にはできないことです。それでもって造り上げる部品は一級品。言葉で飾らない貴方を信用できると思ったんです。だから、契約に向けて準備しているときに倒産することを聞いたときは驚きました。同時にぜひうちに来てほしいと思いお話にお伺いしたのですが既に引っ越しをされていたようで諦めていたんです。今はどこの企業で働いてるんですか?」
 「今はメルス社の下請けで働いてるよ」
 その言葉で全てを察した様子の彼女だったが、そっと目を閉じ「そうですか」とだけ言い、それ以上はなにも言わなかった。
 「やれやれ…俺を除け者にしやがって!イチャイチャするならMy Homeでやるんだな!」
 いきなり叫びだすブレンを見て、疑問に思っていたことをジゼに聞く。
 「そういやなんでこいつ…ブレンは話せるんだ?」
 「え?この子ブレンって名前なんですか?さっきジョンって教えて頂いたのですが…」
 二人でブレンの方を向くと、誤魔化そうとしているのか腕を後ろに組みながら微妙にどちらとも目が合わないところ見ていた。「おい?」と声をかけると聞こえてきたのは弁明でも口笛でもなかった。
 「ピヨピヨピヨピヨ…」
 「いや、なんで鳥!?」
 思わずツッコミしてしまいハッとする。思わず素が出てしまい、ミスったと思いジゼの方を向くと、口に手を当てて笑っていた。そんなに面白かったか?と疑問に思ったが彼女が笑っているのを見たら、そんな野暮なことは言えなかった。

 ジゼは笑い終わるとこちらに向き直って喋りだした。
 「すみません落ち着きました」
 その声は笑ったからなのか少しだけ明るくなっていた。
 「んで、なんでジョンって名乗ったんだ?」
 それにブレンはしどろもどろになりながら答える。
 「い、いや……え、映画のキャラからもらったんだ…。ファンでね…!」
 「映画?俺は見せた覚えないぞ?」
 「い、いや…従業員の誰かが見てるのをひっそりと聞いててな…。そこで言葉とか外のこととか習ったんだ。その中で特に気に入った映画の主人公から名前をもらったんだ」
 「はぁ…じゃあさっきのふざけた鳥の鳴き真似も映画でやってたのか?」  
 「いや、あれは幼児向けアニメの鳥の鳴き声を真似ただけ」
 「はぁ?誰だよそんなの見てんの」
 「親方だったぜ」
 「親方かよ」
 またジゼが口に手を当てて笑う。
 ブレンはこっち見て、ずっとグッジョブのポーズしてる。なぜだろう。表情なんて一切わからないのにどや顔してるのが伝わってきてむかつく。
 シリアスな展開を予想してたのに…。
 (なんだこのほのぼの空間…)

 再び仕切りなおす。
 「すみません…落ち着きました」
 まだちょっと笑いが残っているのか、口をもぞもぞとさせている。
 「んで、なんで喋れるんだお前は」
 「んー…全くもってわからんぜ」
 「お前がわからなかったら誰もわからんよ」
 「私から説明させて頂いても大丈夫でしょうか」
 完全に復活した様子のジゼが説明してくれるらしいのでお願いする。
 「恐らく、喋れるようになったのは私のせいなのですが、話を聞いていると喋れるようになる前から自我があったんだと思います。それに関しては私にもよくわからないんです」
 「なるほど…。ちなみに喋れるようにしたのはって話は…」
 「先程お話しした事情が関わってくるので…すみません」
 「いや、気にしなくていい」
 ブレンが喋れるようになったのはジゼが関係しているのはわかったが、そのジゼすらなぜ以前から自我があったのか知らないというなら本当にわからないんだろう。
 「そういえば外に警備ロボットがぶっ倒れてたけどあれ大丈夫なのか?」
 その言葉にジゼはキョトンとしたあと、思い出したようでものすごく焦り始める。
 「そ、そうでした!申し訳ないのですが私もう行かなければ…」
 そういうと、そそくさと荷物をまとめて出ていこうとしたとき、外からこちらに近づいてくる話声が聞こえた。いくつか聞き覚えのある声がある中で一つだけ聞き覚えのない声が混じっていた。ジゼはその声に聞き覚えがあるのか、又は人に出会うと都合が悪いのか、もしくはその両方かもしれない。
 動けなくなってるジゼに言葉をかける。
 「俺が時間を稼ぐから裏口にある車の中に隠れてろ」
 そう言葉をかけ車のキーをジゼに握らせる。ジゼは一度こちらを見た後に小さく「ありがとうございます」と言って、裏口から事務所をあとにする。
 「ほら、お前も行け。見つかったら解体されるかもな」
 「え?…えぇ…」
 自分の状況をよくわかってないのか首をかしげながら事務所を後にした。

 出て行ったのを確認して、表の入り口に振り返る。
 (俺はなにをしてるんだろう。出会って十数分が少女を助けるなんて…)
 思い浮かんだのはあいつが良いやつだってわかったから。他人が聞いたら何故?と思うだろう。ジゼは俺のことを覚えていた。俺にとってそれだけで十分なんだ。親父や会社を馬鹿にしたメルス家のクソジジイとは違った。知らなかったとはいえ四大貴族だからって理由でひとくくりにしてた。もっと考えればそれに対する自責の念や罪悪感もあるのかもしれない。ただ、今俺の中にあるのは俺を認めてくれてたあいつの為になにかしてやりてぇってことだけだ。

 しばらくすると扉が開いて親方を始める従業員たちが入ってくる。その中に異様な雰囲気を漂わせる人物がいた。声を聞いたのは初めてだったが、顔を見た瞬間に誰かわかった。
 「ん?おいブライなんでここにいる?体調悪くなっちゃったのか?」
 「違いますよ親方。外に警備ロボットが壊されてたでしょう?それを見て通報しようとしてたんですよ」
 「なるほど!俺たちより先に気付くなんてさすがブライだな!」
 「ブライ…?あぁ、あの社長の倅か」
 「…お久しぶりです」
 狐の面を被せたような整った顔で、特徴的な青みがかかった黒い長髪を後ろで束ねているこの青年の名前はセダン・メルス。メルス家の長男だ。
 「久しぶりに会うのにぶっきらぼうやなぁ…まぁ親父が言ったこと考えたら当然か。その節はほんとにすまんなぁ」
 「いえ、終わったことですから気にしないでください」
 「そうか?ブライ君って意外と良いやつなんやね。好きになりそうや~」
 「あはは、気持ちだけ受け取っときます」
 「いつも遠慮されるから気持ちだけでももらってくれるの嬉しいなぁ」
 そういうとセダンは肩を組んできて容姿からは想像できないほど大胆に笑った。予想外の行動の連続で張りつめていた緊張が緩み始める。
 (メルス家だから警戒してたが、全員が悪いやつではないのかもな)
 「んでもなぁ…諦められんのよ。なんとか振り向かせたいねん」
 「そこまで夢中になるってことはきっと魅力的な人なんでしょうね」
 「そうなんよぉ。ちっこくてかわええけどしっかり者でなぁ。なにより、綺麗に整えられた銀髪がええねん」
 その言葉に目が少し開く。セダンが話した特徴には覚えがある。
 「ジゼって娘なんやけど知ってるか?」
 俺の顔を覗き込みながらセダンは不敵に笑う。
 こいつ…やはりメルス家か!!
 「名前しか知らないですね。なんせ自分には天の上の存在ですから…」
 「ふーん…まぁええわ。んで、なんでここにおるん?」
 「なんでって、働いてるからで…」
 「いやいやいや、そんなこと聞きたいんじゃないんよ」
 俺の言葉を遮って話を続ける。
 「なんで事務所におるんやってことを聞いてるんよ」
 「だから、それは先程…」
 「通報はこれからなんやろ?それなのに受話器や携帯を手に持ってない。おかしいの自分でもわかるやろ?」
 「それはついさっき来たばかりだからで…」
 「嘘つかんくてええよ。汗をかいてた様子はあるけど今はかいてない。息も整ってる。それが警備ロボット壊されてるの見てすぐの人間の状態か?」
 「それは」
 「なんも言わんでええ。お前の言葉は信用できん。僕たちが入ってきたときお前はただまっすぐこちらを向いていた。後ろになにかあるって言ってるようなもんや」
 くそっ…完全に向こうの流れだ…。一瞬でも油断したのがまずかったッ!
 「親方、この事務所って他に出入口あんの?」
 「え、えぇ裏口がありますが…」
 「じゃあそこかな?誰か見てきてくれん?あ、ブライ君は結構やで。てか動くな。動いた瞬間に…お前は黒や」
 俺を覗き込むその瞳にどす黒く全てを見透かすような不気味さを感じ、俺は終わりを体感した。

 (まずい…従業員の一人が裏口に向かって行ってる。くそっ!…クソッ…!こいつッ!俺のほんの少しの油断を見逃さなかった!いや、作られたんだ…!どうする。バレたら俺も終わる。どうする…」
 考えれば考えるほど冷や汗が伝っていくのを感じる。
 「急に汗かきはじめるやん自分。もう自白してるようなもんやで」
 「暑いんですよ。自分暑がりなんで。それにほら、そうずっと近くに居られるとね…。まだまだ冷房効いてないんで」
 「たしかに!僕も暑いわ。気が利かんくてすまんなぁ…。普段気遣ってもらってる立場だから疎いねんそういうの」
 そういうとやけに簡単に離れてくれた。
 「あれ…逃げないんや…。てっきり離した瞬間全力ダッシュかと身構えてたわ。もしかしたらブライ君が黒っての俺の気のせいかもなぁ」
 「それは見てもらったらお互いに安心じゃないですか?俺も疑われたままじゃ肩身が狭くて困っちゃいますから」
 「ブライ君からそれ言ってくれるの助かるわぁ。相変わらずブライ君は無駄なこと言わないから話聞いてて苦じゃないわ」
 「恐縮です。それはそうとお飲み物はいかがですか?粗茶ですが喉乾いてるんじゃないですか?」
 「よー気付いたね。忙しい身でなぁ…なかなか飲み物飲む時間もないのよ。それにここまで散々歩いたしね。もらえるかな?」
 「俺は動いたら黒になっちゃうんで無理ですよ。それにそこにいる従業員の淹れるお茶は美味しいのでその人に淹れてもらうのがいいと思いますよ」
 俺が手を向けた方に全員の視線が動き、手を向けられた方の従業員はお互いの顔を見ながらきょろきょろとしていた。
 今しかなかった。全員の視線が逸れた瞬間に走り出した。
 皆がこちらに気付いて、驚く声が聞こえる。その中でもあいつだけは落ち着いた声色で反応していた。
 「ほら、やっぱ黒やん」

 裏口を出て、ジゼたちが隠れてる車に乗り込む。
 「バレた!鍵をくれ。ここを出る!」
 「は、はい!」
 鍵をすぐに渡してくれたが、焦りでうまく鍵を入れられずに手間取ってしまい、より一層焦りが募っていく。
 「動くな」
 窓の外を見ると拳銃を向けられていた。
 「貴族の一部は自衛用に拳銃の所持を認められとる。自衛以外での使用は固く禁じられとるが、僕の家系がどこかはわかっとるやろ?痛いの嫌やったら二人ともさっさと出てきな」
 拳銃を向けられてて、まだエンジンもかかってない車。強行突破も難しい……。もはやこれまでか…ッ!
 「ブライさん…しっかり捕まっててください…」
 小さく言われた言葉にうなずき、出るふりをして扉に捕まった。
 「素直に出てこようとしてくれて助かるわぁ。無駄な時間使いたくないしな。それにしても収穫やわぁ…。これぞ一石二鳥ってやつやな」
 言い終わったと同時、車が急発進した。
 「は?」と素っ頓狂な声が出る。
 確実にエンジンはかかってなかった。かかるはずがなかった。まだ鍵がささっていないのに車が動いた現実を受け入れられるはずもなく、ブライはジゼの方を向いた。
 「こ、これは一体…」

 セダンは急発進した車を眺めていた。
 「完全に油断したなぁ…。チェックメイトだと思ってたら、まだチェックの状態やった」
 拳銃をしまい、近くで見ていただけの従業員に車を持ってくるように指示する。
 「話は聞いてたけど実際に見ると驚くもんやな。あれが…」
 「機械を操る力!?」

 今までなにかトラブルがあってもできるだけ冷静に対処してきたつもりだった。でも、さすがに冷静でいられなくなってきてる。
 「これは私が【神への道】を登った先でもらった力です。ただいつもらったのか私にもわからなくて…。初めて力を使った時はかなり驚きました。これでわかったでしょう。何故私が追われているのかを…」
 たしかに、その力は危険すぎる。恐らく、彼女がその気になれば、彼女の意思一つでこの街が滅ぶだろう。それを他者が放っておくはずがないし、ましてレクス家の令嬢が持っているならば他の四大貴族は気が気じゃないだろう。なんてことに首突っ込んじまったんだ…。

 「ブライさん。引き返すのなら今しかありません。貴方は巻き込まれただけで事情を知らなかった。今ならそれが通用する。私の力はある程度触れているとその機会は私が手を離した瞬間に壊れてしまうんです。だから、今この車は慣性で動かしていて私は触れていません。付いてきてくれるのなら車にエンジンをかけてください。もし、ここで引き返すなら鍵を持ったまま飛び降りてください」
 なんちゅう選択肢出してくんだ…。
 「飛び降りろってことは俺に死ねってことか…?」
 「…え?いやそういうニュアンスで言ったわけではないんです!スピードが落ちてきてから飛び降りれば怪我は軽く済むでしょうし、向こうにも良い印象を持たれるかと思いまして…」
 「なんだそういうことか…。一瞬生きたいのなら付いて来いって意味かと思ったわ」
 そう言い軽く笑ってみせる。
 「そんな怖いこと思いついても言いませんよ!」
 ちょっとふてくされたのかムスーとした顔をする。そんな彼女を見ながら軽い笑い交じりに答えを伝える。
 「残念ながら俺が黒ってことはもうバレてる。それは俺が車に乗ってきたときにわかってくれたもんだと思ってたぜ。とにかく俺に引き返す道はもう残っちゃいない」
 「あ…そうでしたね…。すみません…。私のせいで貴方を不本意な形で戻れないところまで巻き込んでしまった…。なんと謝罪すればいいか…」
 「勘違いすんな」
 前座席から身を乗り出し、彼女に顔を近づける。
 「これは俺が選んだ道だ。俺がお前を助けたいと思った結果だ。後悔してないと言えば噓になるが、ここまで来て身を引くほど俺はやわじゃねぇ。わかったらシートベルト締めな」
 「ッ!!…はい…!」
 鍵を差し込みエンジンをかける。
 これからどうなっていくか全くわからないが一度落ちた人生だ。誰かの為に役立てるってのも悪くはないだろう。親方や家族には申し訳ないが…。
 これが終わったら謝りに行こう。

 「…俺…めっちゃ影薄くないか?」
 「あ、すまん。完全に忘れてた」
 「この野郎ッ…!コーラで許してやらぁ!」
 「お前が飲んだら壊れるぞ?それと動くな!揺れる!」
 「てめぇこら…全然反省してないだろーッ!」
 「反省してっからやめろ!」
 「謝罪だ謝罪!」
 「だから悪かったって!」
 怒りが収まらないのか尚も揺らし続けるブレン、さっきまで泣きそうにしてたのにお上品な笑い方してるジゼ。
 なんだこのカオスな空間…。
 (まぁ…嫌いじゃねぇ…)

第二話
 https://note.com/noble_spirea584/n/n3ae090e13b4a

第三話
 https://note.com/noble_spirea584/n/nfc649754df52

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