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エアドーム 第二話

 事務所から逃げた後これからのことを相談しようと一度車を止めて話し合っていた。
 「なぁ…これからどこ行くか決まってんのか?」
 その言葉に全員が顔を見合う。
 「まさかとは思うが…無計画?」
 「まぁ……現状そうですね…」
 予想外の出来事に思わず頭抱え、溜め息が漏れ出る。
 「わざわざ郊外を超えてまで来たんだからなにかあると思ってたんだけどなぁ…」
 「いや…あったんですけどね…ちょっと予想外のことが重なって…」
 「予想外のこと?」
 「一つ目は外に配備される警備ロボットが明らかに増えてたこと。二つ目は引くに引けない状況になってしまったこと。三つ目はレクス社がこの事業から手を引いてたこと。この三つです」
 「まぁ…なんとなくわかる理由だな。ただ二つ目はどういうことだ?警備ロボット増えてるのわかってたならあんまそういう状況にならないと思うんだが…」
 「じ、実は…」
 自身の記憶を頼りに話し出していく。

 私は以前にお父様と視察に行った開発地区を目指して歩き続け、郊外を抜けて開発地区近くの小さい町まで来ていた。
 「久しぶりに来たけど、以前よりも生活用の小屋が増えてる」
 
 労働者の数が増えたことで必然的に小屋が増えるのは当然だが、前までうなかった子供がいる。家族で生活するには小屋は狭いだろうし、なにもない環境に労働者が家族を連れてくるとも思えなかった。
 「なにが起きてるんだろう…」
 そんな疑問を抱えながらもできるだけ人目の付かない道をしばらく歩いていると、開発地区の仮囲いが見えてくる。以前来たときはそこの通りで街から買ってきたものや色んな企業から定期的に送られてくる必需品などが売られていて、マーケットのようになっていたのを覚えている。
 路地から通りに身を乗り出すと、以前よりも人の行き来があり活気があふれていた。そのせいもあってか完全にマーケットになっている。
 「わぁ…ちょっとテンション上がるなぁ…」
 活気溢れる光景に浮かれ足だっていると仮囲い沿いに等間隔に警備ロボットが配置されているのに気が付いた。
 これが一つ目の予想外の出来事だった。
 (なんでこんなに警備ロボットが配置されてるの…?前までは入り口に三体程度だったのに…)
 私がその光景を見て驚いてることに気が付いたのか店頭に居た三十くらいの御婦人が話しかけてくれた。
 「ちょっと前まではあんな感じじゃなかったんだけどね。人が増えて治安が悪くなっちまって大変なのさ。」
 「なんでこの町に人がこんなに集まるんですか?元は労働者の仮住まいがほとんどでしたよね?」
 「できてからしばらくの間ずっとそんな感じだったんだけどね。ある日を境にここは失業者が来る町になっちまったんだよ。ここなら住まいはあるし、仕事もある。でけぇ街でホームレスやるよりはいいって判断だろうよ」
 「そのある日っていうのは?」
 「開発地区とここのインフラ設備がある程度と揃い始めたときに、人材がもっと必要だってことでメルス社を初めとする数々の企業がここでの雇用を始めたんだ。そんときゃみんなで喜んだもんだよ。猫の手も借りたい状態が続いてたからな。でも、蓋を開けたら失業者の溜まり場になっちまって、色んなやつがこの町に来た。同じ会社の仲間だったやつと倒産きっかけに険悪になって今もひきづってるやつ。酒に溺れて暴れる男たち。警備ロボットが増えるまではほんとに大変だったのさ。今では深夜も警備してくれて助かってるよ。まぁ、ここまで配置されるとずっと見られてるようなで感じで最悪なんだけどな」
 「なるほど…すみませんわざわざ教えてもらっちゃって。助かりました」
 お礼を伝え、立ち去ろうとした私の前に肉串が出された。
 「教えてあげたんだから情報料として買っていきな。初回ってことでサービスしてやっから、な?」
 たしかに情報をもらっておいてなにもないのは納得できないなと思い、お金を渡して彼女の肉串をもらった。
 「まいどあり!待ってな。今お釣りを…っていらないのかい?」
 「感謝の気持ちです。受け取ってください」
 「ふっ…そうかい。それじゃありがたくもらっとくよ。元気でな!」
 「貴方もお元気で」

 会話を終えて再び路地に入る。
 「話を聞いた感じだと中に入るのは難しそうだなぁ…」
 そんなことをぼやきながら歩いていると、まだ小学生ぐらいの年齢の少年が目の前に入ってきた。
 「お姉さん!あの中に入りたいの?」
 「ま、まぁちょっと興味あっただけだから大丈夫よ」
 「僕入れるところ知ってるから教えてあげる!」
 「え?」
 「ついてきて!」
 少年はそう言うと私の腕を引っ張って走り出した。慌てて少年のあとを追いかける。無邪気な少年の背中に幼き日の弟と妹を思い出す。
 二人は元気だろうか。最後に会ったときは二人が学校行くときだったな。まだまだ甘えん坊だから、寂しがってないか心配だ。
 お父様は元気だろうか。昔から気持ちに体調を持っていかれやすい人だった。心配をかけて今も体調を崩してないといいな。
 お母様は元気だろうか。昔から病弱であったが強い人だった。今も家族みんなの支えになってるんだろうな。でも、きっと寂しがらせてる。
 (みんなの為にも絶対捕まるわけにはいかない!)
 家族のことを考えて、より一層決意が固まった。

 しばらくすると、仮囲い沿いに大型のダストボックスがいくつも設置されているところに出る。どうやら少年の目的地はここらしい。ひどい悪臭で鼻が歪みそうになるが、周囲を見渡しても警備ロボットは配置されてなかった。
 「いつもこの時間はロボットいないんだ!」
 「そうなんだ!君が発見したの?」
 「うん!そうだよ!」
 「おー!すごいね」
 少年は「でしょー!」というと満足そうに笑みを浮かべる。
 特定の時間にダストボックス周辺からいなくなる警備ロボットたち。その現象にジゼは思い当たるところがあった。
 作業中の男性を警備ロボットが襲った事故。かなり前の出来事で既に改善されているのだが、それ以来重要拠点近くでの作業時は警備ロボットを配置しないところがあり、現在でも続いている場所があると講義で教えてもらったことがある。
 (まさか本当にやってる場所があるとは思ってなかったなぁ…)
 「あんまり時間ないから入るなら今のうちだよ!」
 「うん。ありがとうね。お礼にしてはあれかもだけれどこれあげるよ」
 少年に先程購入した肉串を渡すと喜んで受け取ってくれた。
 「ありがと!僕買い物に行く途中だったから帰るね!」
 そういうと少年は颯爽と駆けて行った。

 少年の背中がすっかり見えなくなった後、なんとか仮囲いの上に登ったのだが、地面まで三m程あった。運動はある程度できたが、こういう飛び降りたりするものは一度もしたことがなかった。勇気よりも恐怖の方が勝ってしまい、なかなか飛び降りることができなかった。
 「やっぱり別の方法探すか、ここを諦めないとかなぁ…」
 そんな風に弱気になってると二つ目の予想外なことが起きた。
 ゴミ収集の車がすぐそこまで来ているのが見えた。
 建物の屋根が低いおかげでこちらからは見えるけれど、向こう側から見えてる可能性が薄いことだけは運のよかった。とはいえ、それに気づいたのはあとのことでそのときは焦りが一気に襲ってきた。戻るのも行くのも決める時間はもうない。一度戻って再度挑戦しようとしたとき、バランスを崩して開発地区側に落ちてしまった。

 痛みはあったが、なんとか無事だった。
 「そのときに意外と私って頑丈なんだなって思いました。ここまでが予想外な出来事の二つ目です」
 「なるほど…偶然に偶然が重なったわけか。三つ目は?」
 「あそこで働いてたブライさんはなんとなく分かってるかもしれないのですが、元々あの事務所はレクス社の下請会社のものだったんです。私が生れる前からの付き合いで、私も小さい頃から社長には良くしてもらってました。その人を頼ろうと思って来てみた結果はレクス社の完全撤退。恐らくメルス家からの圧力でしょうね…」
 そう言った彼女の顔は悲しさや辛さが混ざったような顔をしていた。
 かける言葉に悩んでいるとブレンが口を開く。
 「なぁなぁ、あんなでっかい機械もあるんだな!かっけー!」
 なんてお気楽な奴と思いつつも、ブレンが指を指している方向を見る。少し遠いが電気工事をしているクレーン車があった。
 「あぁいうのは運搬用エレベーターを使うんだよ。ここにも設置されてて上からすぐに持ってこれるようになってる」
 説明したときに気が付いた。
 ジゼの顔を見ると、ジゼも気が付いたようでこちらと目が合った。
 行き先は決まった。
 エンジンをかけ、車を出す。
 「お、おい…どこ行くつもりなんだ?」
 「運搬用エレベーターだ」
 「どうしてそんなところに…?」
 「決まってんだろ。上に行くためだ」
 「なるほど!そういうことか!」
 「お前がクレーン車について聞いたから思い出したんだ。でかしたな」
 「まじか!ちょーうれしい!」
 「それに今日新しい機械が搬入されてくるはず。古い機械を送り返すときに乗れれば、ここを脱出できる」
 「よっしゃー!そんならレッツゴーだ!」
 「だからそんな暴れんなって言ってるだろ」
 「あ、わりぃ」
 「はぁ…全くよぉ…」
 こいつ学習しないのか?と思っていると、ずっとこの光景を見ていたジゼが口を開く。
 「なんだか仲の良い兄弟みたいですね」
 「え!まじ?え、俺がお兄ちゃん?」
 「んー…ブレンさんは弟かなぁ…」
 「まじかよ…残念だぜ…」
 その光景を見ながら俺も口を開く。
 「お前らも姉弟みたいでいいんじゃないか?」
 「俺お兄ちゃん!?」
 「お前は絶対弟」
 その言葉に「えぇ~」と反応するブレンに自然と車内に笑顔があふれた。


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