見出し画像

「愛」はもらうものではなく与えるもの。

我が家にきたインコたち。
この子たちの性別は不明のままではあるけど
とにかく2羽はいつでも寄り添い
でもしっかり喧嘩もしながら
お互いを必要として生きている様を
愛おしく見ている人間のワタシ。

「仲がいい」「相性がいい」とか
そういうお互いの寄り添いを見て分かり易いものも
当然あるのだけれど・・・
ふと思ったことがある。
インコたちと触れ合って湧いてきたこと。



今のワタシは仕事を辞めて
専業主婦になり社会人としての人との関わりを遮断して
早くも目の前1年になる。

そして今、
これから先の時間を
どう納得して生きて行けるのか・・・
そんなことを設定しながら
自分を見つめている
もはや人生の休暇とも言える時間を過ごしている。

とにかく時間があるものだから
YouTubeやインスタ、フェイスブックなどにも
意識が回る余裕があって
そこで目に留まるのが
魂とは・・・とか
潜在意識・・・とか
これからの生き方・・・とか。
自分に立ち戻る項目がツラツラとAIによってと思いきや
自分が引き寄せているような状態。

その中で
最終的にたどり着くのが
「愛」という答えを実は知っている。
でも
それも頭で分かっているような状態のまま
実感はしていないのが事実だったりする。

そんなワタシがふと
家にひとりでいる空間で
唯一触れ合える存在のインコたちに沸いた感情。

ヤバいくらいに愛おしい。

その時ハッとしたのだ。

まだ体重が30グラムの小鳥に
溢れんばかりの愛情を抱いている自分に。

これまで愛情ってもらうものだと無意識に思っていた。
生まれた時から当たり前のように
親からもらい
パートナーからもらい
社会に出ても周りの人からもらい
手が離れた子供からも気遣いの愛をもらい・・・

そんな自分にハッとしたのだ。

愛されてナンボ?!とか
もちろんそれが自身のモチベーションにもなったけど
そればかり拘っていると
何かとっても大切なものを見失っていたのでは?と。

何かに愛情を感じる時って
何も欲がない状態。

今、インコに対して湧いてきた愛情って
何も見返りいらない。
癒しを求めて飼ったわけでもなく
昼間に言葉を発する機会がないから
インコでも飼う?という
そんな浅はかなきっかけで今があるけど・・・( ̄▽ ̄;)
ましてやインコから何の見返りをもらうの?(笑)

そういう無償の愛情を
いつしか自分は忘れていたんだろうかと
気づかされたわけ。

相手がどう思うが
その思いが届かないであろうが
結果という見返り全くない状態で
湧いてくる愛情ってホントに自分を満たしてくれるもの。

愛情を与えられてる時より
格段に違う満たされた感情に出会えたのだ。
インコがめちゃくちゃかわゆいという思いになった瞬間。

あぁ
これってまさに「愛」かも知れない。
たった30グラムの小鳥に抱いた
スケールの大きい愛情を自分に感じた時に
身体の内側から
「こいつら、ヤバいくらいに愛おしい💓」ってなった時
与えた時のエネルギーの感覚が
スパークリングみたいでした(笑)

なんだ!
自分が与えられる側に立てば
こんなにも満たされるのであれば
今まで愛情を図ろうとしていた気持ちって
一体何だったの??と。

そんな与えられる自分になれたことが
実は一番の嬉しさでもあったりして。
自分にも愛があることの証明でもある。

たかが小鳥のインコさんに
重大なことを教えられた
50過ぎの出来事。

インコちゃんたち
本当にありがとう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?