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頑張りたくても頑張れない

これから 私の過去の経験をお話しします。
私の経験が あなたの人生のヒントになるような
何かの材料になってくれたなら とてもうれしいです。


過去の栄光

まず 私の中高時代から話し始めましょう。

成績は常にトップ。
運動部で 練習は週6日。
おまけに 美術や書道も得意。
何事にも手を抜かず 文武両道。
校則もきちんと守り 先生から怒られることもなく
代表として表彰されるような学生でした。

典型的な "良い子ちゃん" だったわけです。

両親も 先生も クラスメイトも
みんな私を褒めてくれました。 
褒められると嬉しくて 自信がついて
ますます頑張ろうとエネルギーが湧いてきました。
どんなことにも全力投球。
頑張り屋さんだねってよく言われていました。

大学受験も順調に進み 第一志望に合格。
世の中で言われる 一流大学 の肩書を手に入れることができました。

「私の人生 安泰だな。」

正直 当時はそんな風に考えていました。
これまで 両親や先生の期待通りに進んできて
良い大学に入ることができた。
これからも 道を間違えなければ
良い就職先に行けて ある程度の給料をもらえる。
幸せを手に掴める。
そうやって ピラミットの上を目指して順調に登っている
そんな感じがしていました。

頑張れなくなった大学時代

雲行きがあやしくなったのは 大学時代。
模範生だった私は 徐々に変わっていきました。

スイッチが切れてしまったかのように
無気力で 頑張れない日々。
授業をサボってみたり 単位を落としたり 遅刻したり 
なぜかやる気が出ない。
だらしなくて 頑張れない ダメダメな自分。
頭では分かっていても なお頑張れない自分。

今まではそんな自分ではなかったはず。
なのに どうして?

自分は辛いことから逃げているだけ。
自分に甘いだけ。
分かっている。
だけど 頑張れない。
そんな自分がどうしようもなく大嫌いでした。

そんな日々が ずるずると 社会人になっても続きます。
どうして自分は 頑張れなくなってしまったのか?

頑張れない理由

今振り返れば それは
頑張る理由を失っていたからだと思います。

今まで頑張れていたのは
両親が褒めてくれるから。
先生が認めてくれるから。
友達が尊敬してくれるから。
そんな理由でした。

でも 大学時代
直接 私を褒めてくれる教授なんていませんでした。
周りは自分よりずっと優秀な人ばかり。
簡単に成績なんて取れません。
目に見えて分かりやすい功績を作れるわけでもなく
大学生にもなると 両親に褒められることはほとんど無くなりました。
両親も 友人も 教授も 
誰も褒めてくれない。
誰も認めてくれない。
尊敬される要素もない。
そうして 私が頑張る理由が無くなりました。

大学生になった途端
急に一人で立てと言われたようでした。
だだっ広い世界に放り込まれて 人混みに埋もれて
道を見失ってしまったような そんな感覚。

旗を振ってゴールで待ってくれる人もいない。
一緒に歩いてくれる人もいない。
道を教えてくれる人さえいなくて
孤独なんだと気づきました。

でも当然ですよね。
だって本来 自分の人生の道は自分にしか作れないもの だから。

どうしたら頑張れるのか?


高校までは 先生や両親が一緒に人生の道を作ってくれました。
中間地点の旗の位置はどこかを教えてくれました。
それまでの道順も一緒についてきてくれました。
友人とも肩を組んで一緒に目指してきました。

だけど これからは 自分で決断し歩いていくときです。
自分の道を決めるのは自分
何を成功とするか ゴールを決めるのは自分
どこを中間地点にするのか 旗の位置を決めるのも自分
そこまでどうやって辿り着くか 決めるのも自分
どの方向に進むか どこを中間地点とするか 何をゴールにするか
全部 自分次第で決まるので 自分の心の声に耳を傾ける必要があります。

自分は何が好きなのか。何に興味があるのか。
どんなことをしている瞬間がワクワクするのか。
何を大事にしたいのか。

でも 私の場合
自分の本音 と 他人の声 が聞き分けられなくなっていました。
例えば アルバイト先を決める時も
「カフェで働いている人はキラキラしていて格好良い。」
というのが最初に働き始めるきっかけでした。
カフェで働くことは
もちろん自分の希望ではあったのですが その裏には
「私も人から格好良いと思われたい。キラキラしていたい。」
そんな風に 無意識に思っていたと思います。
自分より 他者評価がモチベーションになっていたということです。

そうやって 他者軸で生きることに慣れていた私。
私はもう社会人4年目ですが
自分の本音が分からない 他者軸で生きている
と気づいたのは
実は ごく最近のことです。
それまでに アルバイト・留学・インターンシップ・就職活動・就職 を経験し
適応障害になって 体が動かなくなってから
ようやく本当の意味で理解することができました。
私は本心ではない 誰かの道を歩んでいたのだ と。

たくさん たくさん 回り道をしてきました。
失敗して 挫折して
正直思い出すのを避けてきた過去もあります。
過去の栄光 と 現在の自分 を比べて コンプレックスを感じていた時期もありました。
でも そんな過去も現在も
それら全てを真正面から受け入れられるようになったとき
自分の心の声が少しずつ聞こえるようになりました。
熱い想い沸々と湧き上がってくるエネルギー をまた感じられるようになったのです。

自分が信じる方向に向かって 今 何ができるのかを考える。
そして 行動してみる。
一歩一歩 自分だけのゴールに向かって前進する。

それが今 私が頑張れる理由です。

あなたに伝えたいこと

もしかしたら
私と同じように 自分の心の声が分からなくなってしまった人がいるかもしれません。
頑張りたいのに 頑張れなくてどうしようもなく苦しい人がいるかもしれません。
暗闇の中で孤独を感じている人がいるかもしれません。

でも きっと 大丈夫。

まずは自分自身と とことん向き合ってみてください。
まっさらな自分の内側に耳を傾けてあげてください。

真剣に耳を傾けてくれる相手には 真剣に応えようと思うように
自分と真剣に向き合っていれば 内側からも返ってくると思います。
自分を信じて 真剣に向き合ってあげてください。

人生の正解は自分の中にあります
心からそうしたいと思えることを見つけてみてください。
本当にやりたいことが見つかったとき
自然とエネルギーが湧いてくるはずです。

自分との向き合い方

自分との向き合い方は 人それぞれかと思います。
私は「ジャーナリング」と「本」で自分と向き合う時間を作りました。

PRではないですが 参考までに
私が自分と向き合うために活用した本を紹介します。

『世界一やさしい「やりたいこと」の見つけ方』
八木 仁平 著
https://amzn.asia/d/9dzUsOX

著者の動画もYouTubeにあるので
本が苦手な方はこちらをチェックしていただけると良いかと思います。

最後に

SEKAI NO OWARI の Fukaseさんの言葉が
とても心に残っているので紹介します。

いまや 多くの人から愛されるバンドグループのメンバーである Fukaseさんは
10代に閉鎖病棟で過ごした時期があったそうです。
そんなFukaseさんが あるライブのMCで言っていた言葉です。

頑張れてないって頑張れてることより凄く苦しいんです。
頑張れてるって頑張れないよりも楽なんです。
でもそれってやっぱり分からなくて
きっと皆さんの中にも 近い人で
この人ってサボっているように見えるとか
なんか怠けているように見える
きっと俺もそう見えていた。
だからそういう人たちがもし近くにいたら
もしかしたらこれは怠けているんじゃなくて サボっているんじゃなくて
戦っているかもしれない
と思ってくれる人が一人でもいるだけで
僕はすごく救われると思うんです。(一部抜粋)

もし今 あなたが何かに頑張れないのだとしたら
あなたは 戦っているのだと思います。
頑張る理由を必死に探して 戦っているのだと思います。

私もまだまだ自分探しの途中です。
小さな一歩踏み出したばかりです。
一緒に戦いましょう!
もし この記事があなたの背中を少しでも押せたのなら とてもうれしいです。


最後まで読んでいただき ありがとうございます!!

何か少しでもヒントになりそうな部分はあったでしょうか?

もし何か感じたことや考えたことがあれば コメント頂けると嬉しいです。


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