チャクラグラス その後の気付き❶
チャクラグラス❸を上梓していないのにも関わらず(しかもそれも2月末からだからかれこれ4ヶ月も放置してる🥲)、スピンオフ的なことを書きます。
その前に。
チャクラグラスについてはこちら☟👓🌈✨
ちなみに、わたしが持っているのはチャクラバイオレットである、ということは以前こちらのnoteでご紹介させていただいております!
さらにさらに…
今振り返ったら、今から書きたい内容についてはまだこのときのnoteでは触れていませんでした(!)。
たぶん未消化だったし、また必要があればあとから書こう、と思ったような記憶もあるので、そういうことなのかなと思ったり。
ということで、安定の脱線に話が進んでいきそうなので脱線せずに話を進めるために(笑)、もう本題をズバッと書きますと、チャクラバイオレットに決める前に、最後2つまで悩んだ色があったんですよね。
それは、チャクラブルーです。
そのふたつで悩んだということは、自己表現、言葉を届けるということにフォーカスするか、ただわたしであるか(チャクラバイオレット)。
たぶん、したいことは同じで、どっちの世界を通してそれを実現するか、ということを自分に問いかける時間がそこにはありました。
すぐ決まるようなすぐ決まらないような感じがあってどうしようかと悩むわたしに與良さんじご提案くださったのが、自然光の元で感じてみるというもの。まず外に出て目を瞑り、どちらか分からなくした状態で、與良さんがわたしに眼鏡をかけてくださり、そのときの感覚で決める、ということをしてみることにしたのですが...
最初にかけてくださった方の眼鏡の体感。これは、かけるまでいかずとも眼鏡(レンズ)が近づいてきた時点で「これ嫌です」みたいな感じになって。めちゃくちゃ閉塞感を感じるというか、暗い感じというか、視界が閉ざされる感じがあったんです。めっちゃビックリしました。
次に、もうひとつの眼鏡の体感は、「あーこれ楽だぁーーーーー꒰◍ᐡᐤᐡ◍꒱」みたいな感じで。これがいいです!!ほんと楽です!!
と言って、また会場の中に入り、てっきり後からかけてくださったほうがバイオレットかと思いきや...
「(バイオレットは)実は最初にかけた方なんだよね」と與良さん。
なんですと?!(`⊙д๏)!!
・・・あの閉塞感が、あんなに開放感と心地良さと『home』とまで言ってもらったバイオレットの体感だとは。。。
てっきり後者がバイオレットだと思ってウキウキしていたわたしはだいぶ衝撃を受けたのですが(笑)、あくまでも自然光の元での体感・体験は選択の一助、ヒントにということだったので、もう一度両方をかけ比べた結果、バイオレットを選んだ、というわけだったんですね。
思い込みが激しいし、心地良さについては謎の確信があったわたしは、このチグハグした感覚について、何がチグハグしているからこういう体感になるのかを考えました。
その時に出していた答えは、外に出たらわたしは空を見る。
街でも、人でもなく、まず空を見る。
そこから、空との間にある今見たいもの(見なければならないもの)を、順にフォーカスを当ててみていく。パシっ、パシっ、と見たいものに毎回合わせ直す、という話をさせていただいたんです。
それも、與良さんが何にフォーカスを合わせてみているか、何を見るか(見たいか)ということを問いかけてくださったから出てきた答えで。自分では当たり前の感覚すぎて、話してみるまで自分はそうなんだということに気付いていませんでした。
確か、だから遠視なんだね、みたいなことも言ってくださり、わたしもなるほどと思いました。遠くの看板とか見つけるのは超得意だし、目的地に行くときも変に近いよりは大体の位置を掴んで全体を把握して感覚で行く方が楽です。
で、ここまで書いてきて改めて、ものを見るということは、自分が世界とどう繋がっているのか、どう繋がろうとしているのか、どう受け取っているのか、どう受け取りたいのかが、如実に出ているんだなぁと思いました。
で、なぜ今このエピソードを書こうと思ったかと言うと、さっき移動中の電車の中で、違うけどおなじような体感を感じたところから、少し感覚とか気付きが広がる感覚があったからです。
それはどういう体験だったかと言うと、窓際に座って光合成¯\( ˘–˘ )/¯をしていたわたしは(よくしています)、目の前が急に明るくなったこと=圧みたいなものを感じてビックリして目を開けました。
そしたら、左に流れていく景色の中に、白い大きな壁があって、この壁の白が光を反射しているから、目・身体に体感として圧を感じた、という事なんだな、と。
わたしは、白い色は好きだし、自分を色に例えるなら白だと思っているんですけど、このとき感じたことは圧(恐怖に近い感覚)だったので、チグハグしてるなって思ったんです。で、チャクラグラスのときの、開放感と閉塞感のチグハグを思い出して、このnoteを書いてみようと思いました。
好きな色、落ち着く色。
それが、圧を感じる色、閉塞感を感じる色になる。
この2つの出来事と、わたしの体感の中でおなじ体験は、『目を閉じている』ということです。
自分が闇の中に居るとき、自分にとっての心地良さを恐怖と感じる。自分にとっての快適さを閉塞感と感じる。
それはまるで、日常の「調子がいいと感じる自分」と、「闇落ちしている自分」の感覚と同じだということ。自分にとっての光が光でなくなり、不快なもの、耐え難いもの、観たくないもの、避けたいものになる。
わたしが2月に経験していたのは、日常の自分の縮図だったんですね。全てのことはフラクタルだから当たり前なんですけど、でも当たり前だからすぐにわかるという訳では無い。むしろ、わからなかったり、流してしまうこともたくさんあると思う。わたしも、この体験は覚えていたけど(心に引っかかってくれたから)、他のことは取りこぼしてることもきっとあります。でも、それはそれで、きっと必要なことが起こってると分かっていたから、その体験をよく覚えているということに自ずとなる、その出来事とそこから感じた体感に、自分の中の何かが呼応した、そういうことなんだなぁと思います。
目を閉じているとき。
自分の心が疲れているとき。
陰のモードのとき。動きたくないとき、静かなとき。
そのときのわたしを大切にすること。
ちゃんと、自分の1部として扱うこと。
まだまだ、その2人の自分のバランスが取れていない、もしくは受け容れが十分じゃないんだな、とわかりました。
でも、2月よりは、その2人は近くなったんだろうな、とも、改めて思いました。
なぜなら、正体に気付いたから。
まだまだ、大切な気付きが得られるような気がします。
引き続き、体感含め、観察を続けます( ⚭_⚭)✧
あとさいごに。
じゃあなぜ、ブルーは大丈夫だったのか?
それはもうひとつ別にまとめようと思います。
おしまい。
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