おもいで
毎週日曜日には、歩行器を押す母を連れて、きょうだいが住む家に行く。
つい先日、きょうだいが「お花見がしたい」との事で、ヘルパーさんにもついてきてもらい、車椅子のきょうだい、母、私で近所にある緑深い公園へと向かった。
てっきりきょうだいのリクエストでその公園になったのかと思っていたのだが、だんだん彼女の顔からは険しいものが見え隠れし、公園についてしだれ桜や芝桜を見る頃には
「ここじゃないんだよ…」と泣き始めてしまった。高次機能障害も併せ持っているので、自分の気持ちを伝えたい時にすぐに言語化したり、相手に伝えたりする事が思うようには出来ないことがしばしばある。
「そうだったんだね」と、わたしたちは言って「〇〇ちゃんが行きたかった場所はどこなの?」と聞くと、素早く黙って反対方向を指差した。
南東へと進む。
20号を渡り、南へ。しばらく歩くと、知っている人しかわからないような、サイクリングロードが見えてきた。
何台ものロードバイクが通り過ぎていく。この日の気温は28度にまで上がり、歩行器を押している母には辛いはずだった。しかし穏やかな顔をして、ガラガラという音を立てながら淡々と歩く姿からは楽しげな雰囲気だけが漂っていた。
指を指しながら「ここ」と、その場所を指差しをするきょうだい。
そこには知っている人にしか見つけられない桜並木が広がっていた。
「うわあ、綺麗だね!」
私は言いながら携帯で写真を撮りきょうだいに話しかけようとするが、巨大な見えない透明の壁が私たちの間に立ちはだかり、上手くやり取りが出来なかった。
それから長い時間をかけて家に帰ると、16時になっていた。そこからぎこちない時間が通り過ぎて、帰る頃にはようやく、きょうだいの気持ちがのぼり調子になるのを感じることが出来た。
帰り道、母に
「疲れたでしょう?私でも疲れたもん。距離長かったよねえ。楽しかったお花見のはずが、何だか変な感じになってしまったね」
と言うと
「良いおもいでになったよ」
と、母は凄く嬉しそうに笑ってこちらを見たのだった。
この瞬間の事を、私はずうっと一生覚えているだろうな、と思いながら帰りのバスに乗り前を向いた時に、目にじんわりとあたたかいものが覆っていくのを感じた。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?