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ひとり芝居「わたしはパオを知っている」の話

1月28日と2月5日に、アポックひとり芝居フェスティバルに参加していました。
吉田は「わたしはパオを知っている」というひとり芝居を書いて演出して演じました。
配信公演のアーカイブ期間は昨日をもって終了したのですが、、ここで制作話をさせていただきます。書くの遅くてすみません。
すでに観てくださった方々、ありがとうございます!!!!!

自分が作った作品について話をすること自体が初めてなのでとても緊張するんですけど、今回は少しだけ思い入れがある話なので。
まず「わたしはパオを知っている」(以下、わたパオ)のあらすじはこうです。

職場でトラブルに巻き込まれ休職中の山田ひらめの元に、
長い間疎遠の父親から「近々自死をする」と連絡がきた。
自称・アーティストでここ数年は街から離れて暮らす父のことが、彼女は昔から苦手だった。
家で引きこもっていたいが放ってもおけず、嫌々会いに行くひらめだが……


暗い。暗いね。
でも実際に観たらそんなに暗くなかったと思います。あらすじだけ!

このお話を作った最初のきっかけは、数年前にわたしの父が亡くなったことからです。
その時に、いつか父と娘の話を書きたいなと思っていたんですけど、
自分の思いが結構詰まっちゃいそうで恥ずかしくて形にするまでにだいぶ年月が経っちゃいました。
でも今回、昨年に続きまた作/演出/出演するひとり芝居を作ろうとして、やるなら、自分の中のタスクみたいになっていたこの話だなと思ってやることにしました。

わたしは色々あって父が亡くなるまでの15年くらい父とまともに会話したことがなかったので、お話を作るときも生きてる父と会話するシーンが想像出来なくて父が亡くなった後のシーンだけで物語を進めました。
自分と切り離して考えれば書けるのでしょうが、今回はなるべく、主人公ひらめの気持ちを吉田のゆりに近づけて書きました。
なので終盤の泣くところも毎回、自然と涙が出てきて泣くのに苦労しなかった。台詞を言えば涙が出てくるので助かりました。

また、色々あってわたしは父が亡くなった時に遺体と対面できなくて、亡くなった知らせの次は骨になっていたので、父の遺体を見る?会う?話にしたいと思いました。たとえ死んでいても最期に会えた方がいいと思うので、ひらめさんには会わせてあげました。そして会ったならなるべく長い時間で、しかも意味のない普通の話をする方がいいかなと思い一晩とちょっとを過ごさせました。

・ギクシャクした関係の父と娘
・60歳で亡くなった父
・父の最期に立ち会えない
・亡くなった父の遺体と過ごす
・気持ちが塞いじゃって家から出たくない主人公

など、こういう感じで自分の実体験とそこから発生する願望を盛り込んで作りました。父側の気持ちや視点を入れるか迷いましたが、自分が実際に分からなかったので、死を決意した人の気持ちを憶測で入れるのはやめようと思い娘側の視点のみにしました。
ひらめさんが愚痴っぽかったりやることの多さに押し潰されてしまうのも、自分が元気なかった時の雰囲気やあの頃の思考を利用しました。

現実で辛いことを体験しても、今度演劇作る時にこの気持ちを利用しようと考えれば全部経費になるっていうか、創作のための経費みたいな枠に気持ちがなるんで、辛かったのが無駄じゃなくなるんで、演劇やっててよかったなと思います。

終盤に書いた「次は長生きしてね」という言葉が50分の上演時間の中で一番大事にしている台詞で、あんまり吉田の気持ちが入りすぎないようにと、言う時は緊張しました。


……とつらつら書いてみましたが、制作話ってこういう感じでしょうか。

本当は配信アーカイブ購入期間の最終日に上げようと思っていたんですが、わたしが計算間違えてて、2週間って今日の日曜日までだと思ったら昨日の土曜日まででした。
つい1時間くらい前に購入も視聴も終わりました。
あー
悔しいです。
次こういうの書く時はもっと早く書くようにします……

最後に、ご観劇くださった方々、誠にありがとうございました。
演劇団体のびるも吉田個人の活動も現在未定ですが、
またご縁がありましたら観てください。お願いします!

吉田のゆり



今日、早咲きの桜に出会って嬉しかった。

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