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雑記 私の生きてきた文脈/宮古島まもるくんの話

宮古島まもるくんをご存じだろうか。
沖縄は宮保島に多数存在する、警官の恰好をした人形(やたらめったら多数いる)のことである。
それについて話をしたい。

先日、宮古島にお仕事で出張した。
出張前は「私が行く意味はあるのか?」「私が行くことは(実技系の仕事を担当してるので持ち出しできる作業があまりなく出張するとシンプルに自分の業務がストップするし)相対的にみて損失なのではないか?」「仕事相手の皆様に『つまらない女つれてきたなぁ』等の印象を与えてしまうのではないか?」「えっいやマジで私要る?」と不安感がぬぐえなかったが行ったら行ったでめちゃくちゃ楽しく過ごしてしまったので良しとしたい。よかったのか?普通に楽しんでしまったが・・・仕事・・・ええんか?
まあええとしようか。すごく楽しかったしおいしかったし、おいしかった。

その旅の中で、私がめちゃくちゃにテンションをあげてしまった場面がある。
それがその、生で「宮古島まもるくん」を見てしまった瞬間である。

これが宮古島まもるくんだ。
(初日に通りがかって「まもるくんだーーーーーーーーーーー!!まもるくんですよ!!」と主張して上司から不理解を得た後、最終日に「あの・・・最後だし撮っていいですか・・・」と願い出たら超スローで車を運転してくれたし窓も開けてくれた社内から撮影したものです。不理解を不理解のまま尊重してもらえて感動しました。私はそういうのが好きです)

概要だけ説明すると、宮古島のいたるところに設置されている、交通安全を流布するための警官型人形である。
何やら派生がたくさんいて、キャラグッズも多種出ている。ゴールデンエッグスじみた絵柄のものは本気で悩んだ。買わなかった。
ただこれらの人形、宮古島の安全を願う以外に妙な場面で、ともすれば製作者の意図から大きくかけ離れた場所で有名なのである。
とあるインターネット(アングラ気味)動画だ。

まもるくんの見た目は怖い。
見知った道に突然この人形が現れたら、それはもうとっても怖いだろう。誰がどうしてどういうつもりで、とビビると思う。
その見た目と名前にインスパイアされてか、とある動画の素材としてまもるくんたちがつかわれ、めちゃくちゃ局所的に有名になり、ミクロすぎる世界でバスったことがあるのである。当時バズるという言葉はなかったが。
そして私は頭の先から爪の先までそういう世界で生きてきたのだ。通じないとは分かったうえで、未だに「あの有名なまもるくんやぞ!!???!?」という認識でいる。だってまもるくん・・・おもしろくないか?あんな行政感あふれる見た目なのにホラーに親和性の高いいやだから通じねんぇだよ!!いい加減にしろ!!!
とにかく私はそういう認識ワールドで青春を過ごしてしまい感性がめちゃくちゃのぐちゃになってしまっている。なんなら全人類がそういうものだと思っている。そしてうすうす感づいてはいるのだが、違うわ。別にこの案件の局所的な事象を抜きにしてもそんなに多くない。一定数がいるのは確実だが・・・社会・・・人間・・・前・・・仲間・・・ポジティブ・・・・・・将来・・・・・・・・・・・・とは違うコンテクストだということをはっきりと痛感した。まあ、今までもしていたが改めて痛感した。
そもそもだが、島の安全を願う人形をサブカル思慮ゼロお手玉にして遊ぶことが間違っているなとは思っている。だがそれを差っ引いて、私はそういうインターネッツ文脈で生きてきてしまっていて、現実の日本社会にびっっっみょうに馴染めないままなのである。なんなら現代の日本社会からしたら「イタい」文脈ですらある。私もそれは自覚してるんですけどなんでそう感じるんでしょうね?分母の違い?生命のプログラム的に痛々しいのか?オタクってそこまで重罪か?気を付けますね。

なんでこんな話になったんでしょう。まもるくん、見ることができて最高だった。
たのしかったことオブザイヤーです。

ちなみにこちらが10年来の友人に送ったラインの画面である。
理解を得られた。私たちはインターネットで生きてきたので・・・。

#宮古島 #まもるくん

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