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余剰は何をもたらすか

余剰とは「必要量を越えた余り」のことを指す。私はこの余剰という認識が現在までに至るさまざまな心情を生み出したと考える。どういうことか。

余剰で溢れる現代

例えば我々の日常生活においての余剰を考えてほしい。すでにお気づきかもしれないが、現代は常に余剰で溢れている。上の「必要」という言葉の基準、つまり必要であるか必要でないかの基準が生きることであるとすると、現代では家、食品くらいがこれに当てはまり、あとのものはすべて除外できることになる。

どうやって余剰と認識したのか?

今度は過去に遡って考えてみよう。
私が考えたいのはこの余剰の認識がどのようにして生まれたのかということだ。ここで私が注目するのが食物の保存だ。人間は紀元前の時代から食物を保存してきた。
稲作。この発明が現在にまで影響を及ぼす定住の考えを浸透化させるに至った。稲作ができるようになったことで、食物をある程度安定して手に入れることができるようになった。
収穫の時期が決まっていることから、人間の知能であれば、長く生きる、つまり未来のことを考えて食物を貯めたいと思うのは当然であったのだろう。
つまり、余剰を生み出すことと保存するという行為は殊に稲作においてはセットでありこの保存するという行為が人間同士の争いの火種となったと考える。


「余剰→保存する」の問題点

人間は感情豊かな生物だ。感情を通して言葉が通じずとも互いに部分的に理解することは可能である。しかし争う。争い続けてきた。それはこの余剰に始まるのだ。
稲作は集団をつくり、
作物が十分にとれなかった(余剰をつくれなかった)ある集団が別の集団を襲うようになった。
これは余剰→保存するという行為を彼らが当たり前のことだと信じて疑わなかったことが思考の根底にある。
「たくさん採れたから先のことなんて考えずとにかくたくさん食べよう」となるとはだれも考えなかったのである。


結論

余剰は人間同士の争いをもたらした。
稲作が広まった後、領土をめぐる戦争や宗教戦争、クーデターなどさまざまな人間同士の争いが繰り広げられることとなったが、争いの始まりは余剰にある。余剰という認識をして保存したことから定住生活が始まり、集団が形成され、社会・文化が発展した。


というわけで今日の即興哲学も終了したので私も戸棚に隠してある洋菓子を口にしようと思う。誰かに取られてしまう前に。



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