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君のとなりに

君のとなりに
これは私の書いたエッセイのようなものである。先に断っておくが時系列もバラバラで文章もそこまで上手くない。なぜこんなものを書いたのかと問われると少し返答に困るが気分を落ち着かせるためだと言っておく。本当はこんな前置きも必要ないのだが、もしかしたら未来の私がこれを見返す日が来るかもしれないと思い、前置きを残しておく。これは私がいつか物語をつくってみたいという願望の妥協点である。これは小説ではなくエッセイのようなものだ。

1

夕方。二人で歩く学校の帰り道。彼は自転車を引いて。そして彼の隣には私がいる。偶然帰り道が一緒だった彼は同じクラスだった私に気付き、途中から一緒に帰ることになった。私は彼に密かに思いを寄せていた。かっこよかったから。
「そっか。しょうご君はB高校に行くんだね...確かにあそこのバスケ部強いってよく聞くもんね」
「そうそう。おごってるわけじゃないけど、この前一度B高校の部員に交じってバスケしたときにさ。戦えるって思ったんだよ。確かに実力の差はあった。けど、技術を除けば、体力とか攻守の切り替えとかさ。そこでは全然劣ってなかったと思うんだ。だから俺はB高でもやっていけると思うんだよな」
「そっか...バスケ。頑張ってね。じゃあ私、家こっちだから」
「ん?ああ。じゃあ、またな。米田」
私の初恋はそこで終わった。
彼が私のことを「米田」と呼んだから。
彼にとって私は「米田」であり、それ以上でも以下でもなかったのだ。
私は生まれたころから苗字が嫌いだった。
いや、厳密に言うと、苗字で呼ばれるのが嫌いだった。
米田という苗字が嫌いなわけではない。好きでもないが。ただ、そう呼ばれることが嫌いなのだ。
彼に非がある訳ではない。それは分かっている。けど、彼は彼の友達を名前で呼ぶ。私は苗字で呼ばれた。そこに一種の軽蔑があるような気がして私は彼に名字で呼ばれたときに少し動揺してしまった。
今までにも何度かこういうことはあった。苗字で呼ばれる機会など、これから先にやまほどあるだろう。「米田さん」や「米田ちゃん」なら何も思わない。しかし「米田」と、そう呼ばれるとどうしても動揺してしまう。
自分でもわかっている。本当に面倒臭い人間だなと思う。しかし仕方ないのだ。どう頑張っても耐性を付けることができない。
しかし、私は彼の事を「しょうご君」と呼んだのだ。名前で親しみを込めて。それでも彼は私のことを苗字で、しかも呼び捨てで呼んだ。
仕方ない。
彼の普通と私の普通は違う。
仕方ないんだ。
みんなと私は違うんだ。

…みんなっていったい誰なんだろう…

2

朝。起きる。時計に目をやる。6時半。眠い。もう一度寝る。再び時計に目をやる。7時半。上体を起こす。眠気は覚めない。毎朝眠い。それでも頑張って起きる。顔を洗う。朝ご飯を食べる。着替える。学校に行く。授業を受ける。昼食を食べる。授業を受ける。独りで帰る。勉強する。夕食を食べる。お風呂に入る。寝る。
その繰り返し。起きる。食べる。どこかへ行く。食べる。帰る。食べる。寝る。
その繰り返し。何度も。何度も。何度も。
おんなじことの繰り返し。
『人生なんて 意味ないよ おんなじことの 繰り返し』
ヘラ、黙って。
人生は同じことの繰り返し。反復作業。
なぜみんなあんなにも楽しそうなんだろう?なぜみんな当たり前のことを何も思わずこなせるのだろう?私はこの連続性に嫌気がさしてしまった。
イベントが。不連続が欲しい。私はイベントを欲している。人生を変えるようなイベントを。
小説の中に出てくる連続的な出来事はその実不連続な性質を帯びている。それは小説自体が不連続なものだからだ。本との出会いははそもそも不連続なものであり、読書と言う行為は時間を考慮に入れるなら連続的なものであり、点で見るなら不連続なイベントだ。人生を変えるかどうかは本と自分次第。その二つの変数で決まる。本だけではない。不連続な事象、行為が人生を変えるかどうかは、その出来事と自分という2つの変数によって決まる。
突如、どうでもいいことを思い出した。まだ映像がモノクロの時代の女優のインタビュー。その女優は三島由紀夫が台本を執筆した戯曲に出演する女優で、あるときその監督をしていた三島由紀夫にこう言われたそうだ。「登場人物には深みが無くてはならない。そしてその深みと言うのはその人物の強みと弱みを見せることにより成されるもので...」あまり鮮明に覚えていないので、この通りいった訳ではないと思うが、確かこんなことを言っていた。
多くの人間は弱みを隠す。少なくとも初対面の人に「私の弱みは…」などと言わないだろう。面接のときでも「強み」を自信満々に発するくらいで弱みをそのように言う人間はいない。
くだらないと思う。
強がっている人間が。
たいしてすごくも強くもない人間が祭り上げられ、称賛され、忘れられる。
本当に何なんだろうか。
自分のことしか考えない人間は自分がいかに美しく見えるかどうかを気にする。
そうでない人間はそんなことを気にしないから、人目につかずに死んでいく。

私は理想の場所に生きたい。海があって。先の見えない青い空があって。ものすごい速さで動いている真っ白な雲がある。雲は太陽の光を受けて風に流されている。
見たいんだ。その景色を。
そしてその先に見えるのは――

3

今日は夢を見た。スマホでAVを見ている夢。以前そうした不埒な夢を見た時は、私が誰かとセックスしている夢だったのに、私はついにその世界から追放されてしまったみたいだ。もう私はあの物語に入れないのだろうか。
因みに私は処女ではない。大学2年生の時に初めてした。
昼間は暑い夏の日だったが、それでもまだ夜はわりと涼しかった。
私はあの日、彼と一緒に花火を見た。彼は私のことをちゃんと名前で呼んでくれた。
「ミサ、今日花火見に行かない?」
「え?花火?どこで?」
「ちょっと遠いけど...」
そういって彼は私に場所を示したスマホを見せた。
「ふーん。電車で20分くらいだね。いいね。いこ。」
「やった!今日確かミサは4限までだったよね?」
「うん。駅集合でいいよ」
2限が終わって食堂でご飯を一緒に食べた後、彼はこんな風に私を花火大会に誘ってくれた。彼氏の名前はあきと。彼はすごく優しくて理解しようとしてくれた。時には生理のことも気にかけてくれた。そんな彼氏はなかなかいないと思う。
授業が終わった後、家で身支度をしてから駅に向かう。
あきとは既に待っていた。
「ごめん!待った?」
「いいや、全然。丁度来たところ」
「本当~?」
「ごめん。やっぱ10分待ったかな~」
私たちは仲が良かった。
毎日くだらない話をしていた。それがよかった。
電車に揺られた後、花火の見られる祭りの場所に向かう。
祭りは多くの人で賑わっていた。
夕方が終わり夜が来る。
あきとは私にりんご飴を買ってくれた。私たちはそれを一緒に少しずつ食べた。
一通りの屋台を見た後、人並みから少し外れたベンチに座る。
「あきと。誘ってくれてありがとう」
「ん?うん…」
「あ。照れてるでしょ」
「いや、そんなことないよ」
「絶対照れてる~~」
「ふふっ」
笑ったあきとは私の肩に手をまわして抱き寄せた。
「ミサ。俺、ミサのこと好きだよ。いつ見ても可愛いと思う」
「どうしたの急に?」
「いや、今照れてるから」
やがて花火が上がる。
ひゅううぅうう
という空気の音がした後、
心臓の太鼓をたたくような
ドン!
という音が花火がさく裂したあとに聞こえる。
私たちは手をつないでそれを眺めていた。
こんな時間がずっと続くといい。
そう願うとともに長くは続かないことを私はどこかで悟っていた。
「花火。きれいだったね」
「うん。きれいだったね」
「家で夜ご飯食べてく?」
あきとと私は時々お互いの家に行っていた。
でもその日までは関係地としてはまだ「接吻」だった。

付き合ってから5か月が経っていた。
関係が進むのはいつもあきとの誘いから始まる。告白したのもあきとからだった。
私には勇気がない。それをあきとに責められたことは一度もない。それでも私は何となくそのことに対して罪悪感を憶えてもいた。

その後あきとの家に行き、私は処女を捨てた。調子に乗って一緒にお風呂に入った。恥ずかしがる彼は可愛いかった。
そういえばあきとは私と初めてセックスする前になんども私にしていいかを尋ねてきて、なんだか可笑しかった。

私が処女を捨てた2年後、あきとは私を捨てた。

4

死にたい。
仕事を辞めた。
仕事だから。
そう思っていろんなことを諦めてきた。
楽しさも。喜びも。恋愛も。
でも、もう限界だった。
派遣社員として働いていた。給料は1人暮らしなら余裕で貯金ができるほど。そこでいつか新たな恋人を見つけられるといいと考えていた。将来のことも考えて。
仕事を始めてから5年が経った。28歳。
後2年で、30代。
時間がない。
でも、焦っているうちに、疲れてしまった。
だから一旦辞めさせてもらった。
もういいんだ。もうじゅうぶんやったさ。
鏡で自分の顔を見る。
少し老けた気がするのは気のせいだろうか。
若さが永遠ではないことを悟る。
本当にもう。
時間がない。

仕事を辞めてから3か月。
これまでにいろんな恋活パーティーに参加した。それでも合いそうな人は見つからなかった。「ミサちゃんは何か、重いね」
笑いながらそう言われることが度々あった。
今日もパーティーに出席し、ルックスだけで目星をつけたであろう男性から連絡先をもらった。連絡先なら山ほどもらった。でも、合いそうな人はいない。パーティーにはあきとみたいな人はいなかった。みんな結婚するためにパーティーに来ていた。
私は…
私は、ただ、助けてほしい。
誰かに助けて欲しくて、
誰かを助けたかった。
一緒に歩いていきたかった。
自宅(マンション)に帰る。部屋の鍵を開けて中に入る。

…あれ?
….開かない?
……閉まってる?

今日締め忘れちゃったのかな?
そう思って中に入る。
部屋の電気をつける。
疲れた。
そう思って私はソファに寝転ぶ。



「はぁ...!はぁ…!」
…え?
後ろから激しい呼吸が聞こえる。
振り向くと同時に何か覆い被さってきた――
「ミサちゃん!俺だよ!憶えてる?ほら先週恋活パーティーで会った…!ずっとミサちゃんのこと考えて、眠れなくて…!」
やばい。力強い…
突然のことに頭が回らない。
が、ストーキングされていたのだと理解する。
男の手が私の体を這う。服をはだこうとしてくる。
嫌だ。こんな男と。
なんで。
「ミサちゃあん!」
なんで…
なんで…
「いいよね?いいよね?」
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

気付いた瞬間、私は男を突き飛ばしていた。男は壁に頭を撃ってよろめいた。私はキッチンからフライパンを取って、男の顔をなぐった。
鉄の音がする。
頭蓋骨と鉄の塊がぶつかる音がする。
ふざけないでよ…!!

ガン!
「なんで!なんで!私だけ!私だって普通の暮らしがしたいんだ!」
気付けば私は叫んでいた。
ガン!
「結婚して!」
ガン!
「家族がいて!」
ガン!
「子供がいて!」
ガン!
ガン!
「普通の暮らしがしたいんだ!」
ガン!
ガン!
「なのに…なんで…なんで離れて行くの!ふざけないでよ!なんでお前みたいなやつが高い給料もらえるんだよ!なんで…なんで…」

男の頭から血が流れていた。

私は警察に連絡した。
後にも先にも110に電話をしたのは人生最初で最後だった。


5

夢見る少年がいるんだ。
その少年はサラサラとした黒髪で、笑うとすごく可愛い。
白色のパーカーを着てて。
こっちを振り向いて言うんだ。
「なんてったってぼくはドリーマーだからね」って。
私は君のとなりに立ちたい。
でも。
たどり着けない。
私は彼が好きなんだ。
これはあきとに抱いた感情とはまた別のもの。
彼はとても崇高で純粋で透き通る存在なんだ。
どんなに手を伸ばしても届かない。
霞んでしまう存在。
それでも。
どうしても。
私は君のとなりに立ちたいんだ。

君のとなりに…居たいんだ。

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