あっこさんバナー最終-01

「社会における生理のポジションにモヤモヤしていた」あっこゴリラさんが#NoBagForMe で変えたかったもの

#NoBagForMe での自らのポジションを「問題児?」と語るあっこゴリラさん。そんな彼女がプロジェクトに参加した背景には、社会における生理のポジションに対する違和感や、その考えを支える彼女自身の哲学がありました。その内容について、半年間のプロジェクトを振り返りながら語って頂きました。

自分ままでいられた、#NoBagForMe での半年間の活動

ーー完成した新パッケージのタンポンを初めて手にとってみて、どうですか?

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私、「自分だったらこういうのは買わないな」と思ってぶっちゃけ猫案には反対派だったんですけど、こうやって実物になると「猫かわいいな」ってなりますね。ヤバいですね! 全然生理用品に見えない。結構衝撃受けてます。

ーーデザインミーティングの取材もさせてもらっていて、猫案もそうですが、あっこさんはほかの4人と意見が分かれる場面が結構ありましたよね。そうした点も含めて、プロジェクトに参加してみてどうでしたか?

シンプルに個人的な感想ですけど、チームの一員になって動くって大変だなって思いました(笑)。私自身はわりとわがままに生きてきているというか、そうできるような生き方を選んできちゃってるので、クリエイティビティに関して自分の意見を折らないといけないことはあんまりないんですよね。それこそ猫派じゃないのに猫の案がリリースされることは、自分ひとりの活動だったら基本的にないから。

ーーなるほど(笑)。チームで動く中で、自分の立ち位置をどうとらえていましたか?

私のポジションは……問題児(笑)? “めんどくさいヤツ”担当だったかもしれない。プロジェクトが動き出した最初から、考え方がまずみんなと違ったんですよ。最初の頃に「女性らしい/ジェンダーレス」「情報量が多い/少ない」でデザインを(マトリックスに)分類する機会があったんですけど

私は「ここでつくるなら絶対振り切った四隅のどれかだろ」って思ったんです。あきらかにジェンダー感も情報量もない、もう生理用品なのかどうかもわからないものにするか、逆に超ゴテゴテでデコデコのものにするか、ってくらい実験的なほうが、メッセージ性としてもいいかな、って。

私はそういうふうに完全に振り切ったチョイスをして生きてきてる人間なんですよね。でもみなさんは、ちゃんと顧客を意識したり、売れるにはどうしたらいいかを考えたりしていて。ミーティングの中で「メリコの法則」っていう話もあったんですけど

メリコの法則

本当申し訳ないし、社会人として失格かもしれないけど、私はそこでしばらく「はぁ?」ってなっちゃって。そこで「やべぇ、わかり合えない」と思って若干心が折れました(笑)。

でもプロジェクトメンバーのみんなにもそれを言えるくらい、自分のままでいられたからありがたいなって思ってます。それに、みなさんの意見もすごく参考になりました。ひとりひとり全然違うし「こういうふうに考えてるんだな」っていうのがわかって、おもしろかった。

ーープロジェクト自体の手応えはどうですか?

最初に結構叩かれたじゃないですか。そこも含めてよかったんじゃないかなと思ってます。「生理をここまで話題にしたってすごくない?」と思って、かっこいいしおもしろいなって思いました。

あっこゴリラさんがプロジェクトに参加した理由

ーーそもそも、あっこさんがこのプロジェクトに参加しようと思った理由はなんだったのでしょう。

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生理痛がめっちゃ重いんですけど、たとえば仕事の場で「ちょっと今生理でダウナーなんで、話しかけないでもらっていいですか?」って言いづらいじゃないですか。でも実際ダウナーになっちゃう。そういうときに「風邪?」「いや風邪じゃないです、うつるものではないです」「え、じゃあ精神不安定なの……?」「そういうことでもなくて……」みたいなやりとりが超めんどくさくて。なんで「生理です」って言えないんだろう?って思ってました。それがずっとストレスでしたね。

でも自分も生理からくる調子の悪さは気合で隠すのが当たり前だと思ってたし、泣きながらお腹抱えて薬飲んでギリギリまでウーッってなってライブするのが当たり前だった。ただ、ラップをしている中で「これってどうなんだろう?」「本来そんなに我慢しなくていいことだよな」ってことにどんどん気づくようになったんです。生理もその中のひとつでした。

だから生理用品だったり、社会における生理のポジションだったりにすごくモヤモヤしていた部分があって、このプロジェクトの話を聞いたとき、すごくポジティブで希望があると感じました。「社会での生理の扱い、おかしくなーい!?」だけだといきなりすぎるけど、生理用品のパッケージを変えるところから始めるのは導入としてすごくハッピーですよね。だからやってみようと思って参加しました。

ーー生理についてみんなが語れるようになったら、もっと生活しやすくなるんじゃないかと前から考えていた、ということですか?

うーん……普通に「生理は別に恥ずかしくなくない?」って感じになればいいなと思ってました。それこそ“生理”現象なんだけどな、って。それを隠さないといけない感じは普通にしんどいな、ダルいなって。そう思いません?

ーーそうですね。堂々と「生理痛です!」って言ってると変な人だと思われそうだな、というのもあります。

そうそう、ちょっと下品というか「お前のそういうの、聞いてねぇから」みたいに思われる。別にこっちも言いたいわけじゃないんですけど、って。今はまだ社会的にも、どうやってわかりあっていくのか方法を探ってる途中段階だと思うんですよね。

生理用品のデザインを新しくすることはそこまで直接的な行動ではないけど、そこから別のことにつながっていくし、トライ&エラーを繰り返していく時期なんだと思ってます。このデザインにも、私が猫案にあんまり賛成じゃなかったように、「え、そういう感じなの? もっとこうしたら?」って言ってくる人はもちろんいると思う。それは「わかるよ。じゃあ買わなきゃいいじゃん」ってだけの話ですよね。

ーーあっこさんはキックオフミーティングのときには「タンポンを使ったことがない」と言っていたのが、このプロジェクト中に使うようになったとお聞きしました。使ってみて、どうですか?

タンポン、めっちゃいいです。新しいアイテムを手に入れた感覚ですね。

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そもそも、自分が生理用品に関してそこまでディグってなかったんですよ。めちゃめちゃ適当に買ってた。それくらい「生理は隠すもの」っていう考えを内面化しちゃってたんです。

でも今回のプロジェクトで、いろんなものがあるし、自分の生活をもっと楽にできるんだから、堂々と選べばいいんだって知れました。それがうれしかったですね。これからはちゃんとディグってチョイスしていきたいです。

「当時の自分みたいな存在を救いたい」あっこゴリラさんが自分らしさを獲得するまでの道のり

ーー「生理用品をディグる」っていいですね! ここから少し話を広げて、あっこさんの個人的な体験を聞かせてください。自分のジェンダー観を形成する上で、いわゆる「女性らしさ」のようなものとどう向き合ってきたと思いますか? 

小学生の頃からもう「らしさ」との付き合い方が難しい感覚はありましたね。獣みたいな小学生だったんですよ。女の子たちが「隣のクラスのあの男子が……」みたいに話してるのに全然ついていけなくて、「みんな何言ってんの?」って思ってました。

そこから始まって、なんかずっと、どっちかっていうと三枚目だったんですよ。男子からは女として見られないし、女の子からも恋敵認定されないタイプ。イロモノ、変人キャラだった。若干見下されてる感じがあるけど、自分もそこのポジションに飛び込んで自虐して笑い取ってました。でもその自分への違和感もすごいあって、自信持って堂々と「私、女の子です」って言えないことがコンプレックスになっていきました。女の子らしくないってことに対して、卑屈になっていたというか。

ーーいま聞くと意外な感じがしますね。むしろ「女子らしさ」に乗っかれないことに悩んでいた?

めちゃめちゃ悩んでましたね。「男に負けないぜ」みたいに男性的に振る舞う感じにもなれないし、谷間を見せて男転がして上に立つみたいなかっこよさにもいけないし。本気で男になろうと思ったこともあるんですよ。水疱瘡太郎(みずぼうそうたろう)って名前で小説を書いて、架空の世界で男として生きようと思って。

ーー水疱瘡太郎?(笑)

「水疱瘡」って漢字がかっこいいなって思って。黒歴史すぎてヤバいですよね(笑)。

もう自分の中がカオスだから、男として生きるっていうのも結局よくわかんなくなって、「じゃあ水商売やろうかな」って考えたこともありました。「女で生きてるのに女の自分を否定するってクソダサいっしょ」って思って、面接にまで行きました。

ーーまさしく「四隅」を攻めてますね。

そうそう。思考回路が極端すぎた。そういう時期もあったくらい、悩んでましたね。自虐しないでもいいんだ、ちゃんと自分でいればいいんだって思えるようになったのは、ラップをやるようになってからです。

ーーそれはどうやって変わっていったんですか?

まずは自覚するところから始めました。ドラムをやってたときも、ドラム叩いてるときだけは何も考えなくて済むけど、それ以外のところはどうしても「ハタチくらいの女の子」としか見られてない部分があるって感じてたんです。

自分もそこをなんとなくうまくやってたというか、「私なんてただのそこらへんにいる女の子です〜」ってフリしておいて音鳴らした瞬間に男勝り! みたいな振る舞いにアイデンティティを持っちゃってた。それって結局、年齢と性別に固執しすぎちゃってるんですよね。

その苦しさは感じてたのに、やってるうちにどんどん麻痺していってました。だから麻痺していた感情を、ラップしながら一個一個確認していきました。そこからさらに世の中にクエスチョンを投げられるようになったのは、ラップを始めて3年後とかですね。

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ーー年齢・性別なりの振る舞いを内面化しすぎることってありますよね。

当時は無意識にやってて、それが苦しかったことを自覚してすくい上げるのに時間がかかりましたね。当時の自分みたいな子が救われるためのことを考えたいです。「お前、ダメだよ」って言いたいわけじゃなくて、そのあとに光が差す選択肢とか価値観をいっぱい提示していきたいな、って。

ーーでもそもそもドラムをやっていたのに、なぜそこでラップを選んだんですか?

選んだっていうか衝動っていうか。誰かに愚痴言ってるときって、むなしい気持ちになってくるじゃないですか。ひたすら自分を正当化しようと話して、他者に「わかるよ」って言ってもらって。それが嫌で、ひとりで家でリズムにのって愚痴を吐いてたんですよ。そこから始まってます。そうやって自分でやりながら、ヒップホップとちゃんと出会っていった感じですね。

ーーヒップホップと出会って知っていく過程で、自分が表現したいものとの相性の良さを感じた……ということなんでしょうか。

いや、違いますね。最近「この人はフェミニズムという思想を持っていて、それをラップという手法で表現して発信してる」って思われがちなんですけど、全然違う。

私はただのラッパーです。フェミニズムは思想ではなくて考え方なんですよ。「らしさ」にとらわれなくてもいいよ、って解体していく考え方のひとつ。だから私の軸のすべてっていうわけではないんです。だから、フェミニズムの考え方を伝えるためにラップをやってるわけではなくて、今生きているリアルを内臓からシャウトする、本当にただそれだけなんです。

なんていうか、私は立派な人間じゃない。世界を変えたい、女の子で苦しんでる人を救いたい、勿論そういう側面はありますが、ただ思ったことを言ってるだけのわがままな問題児の獣でもあるわけです。そんなことで誰かに「救われました」「元気もらえました」なんて言われたら、「マジ!? そんなご褒美いただいて、こちらこそパワーをありがとう!」って、ただそれだけなんですよ。

ーー結果を求めてやってるわけじゃない、ってことですね。

勿論結果がついてこないのは生活もあるのでキツイですが、私が本当に心の底から求めているのは、パワーの連なりなんだと思います。私個人としては、あの子や、あの人に届くように、もっともっとやべえラップがしたい!って、ただそれだけなんです。

(構成:斎藤岬 撮影:玉村敬太)


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