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日記:無職、教壇に立つ。回遊する。

昨日は大学に行った。
なんと、授業をしました! 
びっくりだよな、なんで無職が大学で授業をするんだろう、でも私が一番驚いている。

TAとかで教室の前でみんなに喋ったり、演習発表とか、そういうのは経験あるけれど、ちゃんと「講師」という名目付きで話すのは本当に初めてだった。

大学教員のみなさんがTwitterなんかで「学生が私を見てくれない」だとか「スマホ触ってるの気になる」だとか「前のほうの席に誰も座ってくれない」だとか言っているのを、私はただ「ほーん」としか思っていなかったけれど、一度経験してみるのは本当に大事で、私はこれでみなさんのそう言いたくなる気持ちが分かった。

喋りながら、教室の後方を見る。下を向いている学生ばかりが目に入って、「おもんなくてごめん……」と思う。あとになって思い返すと、「下を向いている学生が目に入る」というのは、下を向いていない学生が存在していたから、そうではない学生が目についただけのことだったんだろうな。

急に知らない人が出てきて、急によくわからん話をされて、感想を書け、と言われて素直にそれをできるだけで十分すごい。
コメントシートもたくさん書いてくださって、本当に嬉しかった。励み~。
「髪色がかわいいです」みたいなのもあった。ありがとうございます✨

授業が終わって、ほっと一息ついて、どっと疲れが来た。
授業って大変なんだな~。先生ってすげ! 
学部生の時、めちゃくちゃに怠惰な気持ちで授業を受けてた自分を𠮟りつけたくなる。𠮟りつけたところで私は反省するタイプではないから無意味だけれど。

今回の授業では基本的に、私のやっていた甲南読書会の話と、作っているZINE(雑誌)『回遊』の話をした。研究の話も踏まえつつ。デザインの話もしつつ。

オンライン配信もあったので、あとで映像を確認したのだけれど、なぜ自分の喋っている姿というのはこれほど気味悪いのでしょうね。
友達に「あなたが『でもやっぱり~』と言い出すと、今から〈本質〉が来るぞ! と思う」と言われたことがあったけど、確かに私は映像の中で「でもやっぱり~」と言ってから大事な話に入っていて「マジじゃん」と思った。


授業を終えてから先生と『回遊』とか、その他ZINEの話になった。学生時代ミニコミ誌を作っていたという先生が「『回遊』は今っぽい」と評す。
私はよく、「『回遊』は70年代の香りがする」と言われるので驚いたけれど、その立ち居振る舞い、センセーショナルなタイトルを扱うことやそれに伴う売り方、拡がり方が今っぽいのかもしれない。
「70年代っぽいともよく言われますよ」と話すと、確かに、と納得してから「60年代じゃなくて、70年代だよね」と笑っていた。

編集部員は全員20代前半なのに、なぜだか『回遊』は70年代らしいと評価され、中高年に受けている。デザイン担当者である私の趣味指向が反映されてるのは勿論だけれど、多分私のせいだけじゃない。「古き良き大学生」みたいなものへの憧れを、私以外の編集部員らも持っているような気がする。


昨日、授業のあとは読書会に参加する予定だった。でも授業資料作りに追われて、あと課題図書のカフカ『審判』が思っていた2.5倍長くて、結局読み終えることができなかったので不参加だった。
でもせっかく大学に来たわけだし、と読書会が終わってから合流。やっぱり卒業して大学を出てしまうと、生活の一部として紛れ込んでいた私たちのコミュニケーションが生活を一枠超えてしまって、積極的に生活に組み込まないと発生しない。私はその積極性を持ちたい。

髪を伸ばしていた友達がなんだかそれっぽいパーマをかけていたので笑った。「サブカル」って感じのパーマ。よく似合っている。からかいではない。
『回遊』編集部員は男性が多めで、彼らはたまに将来の自身の頭髪の心配を互いに話していたりして面白い。

「男性デザイナーの見た目の集約」ってたまにインターネットで話題になる。みんな揃って黒縁の眼鏡をかけて、ヒゲを生やして、白とベージュとアースカラーの服を着る。
私の予想では『回遊』編集部員の男性陣はこうなる気がする。電車に乗ってひとり帰りながらそんな想像をした。

私たちが『回遊』の話をするとき、よく未来の話につながるのが面白いな、と思う。甲南読書会の話をするときは、未来の話ってあんまりしない。「今」とか「次」(来月の読書会どうする~)くらいの話しかしない。
でも『回遊』の話になると、急に遠い先の未来を想像したりする。

授業でも同じような話をしたけど、紙モノという、手に触れられて、形に残る存在は、未来へと思考を飛ばす。ものづくりには、誕生させることの責任があって、それは未来を考えることだと思う。

読書会は、一応議事録を取ってnoteに載せたりはするけれど、「残る」ものはなにもない。みんなの頭にはなにかが印象的に残ったり、個々人のメモやノートは残るけれど、それは「読書会」に付与されたものではない。

でも『回遊』は「残る」ものだ。うまくいけば、100年後、200年後、私が死んでも『回遊』はこの世界に存在し続けることができるかもしれない。そして、そうなってほしいと思っている。『回遊』という紙による制作物、ものづくりをするからには、私たちはその誕生の責任がある。その責任は私たちの期待でもある。
だから私たちは自然と、『回遊』に未来を見ようとする。
半分くらい、というか人によっては100%ジョークなんだけれど、ジョークであっても「未来」を「今」話題に出す、その面白さがある。


ここ数年で色々考えることも変化してきた。昨日の授業はほとんど、私が大学院生だった2年間で考えていたことのお話しだったけれど、最後に少しだけ今考えていることの話もした。
「ゆるやかなつながり」を模索して研究してきた2年間だったけれど、ゆるくて軽いのが全部じゃないよなあ、とか。「コミュニティ」って、一点じゃなくて変遷じゃね、とか。

というか考えてみると、私はかなり計算尽くで日常生活(プラスα)を送っていることに気付いた。授業資料を作りながら、甲南読書会のことも、『回遊』のこともこれほど簡単に言語化できることに驚く。みんながごく普通に、一般的に、無意識的にできることを、私が出来ないがゆえにこうなっているんじゃないか、と一抹の不安。

さて、『回遊』第三号は8月に出そうかと思っています。私はまだなんも書いていなくて、書くことも決まってなくて、困っているところ。誕生の責任と期待。


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