アダムの肋骨となりて、君を知る
母さんが蒸発したあの日から二ヶ月後、親父は十歳くらいの少女の姿で帰ってきた。
いや、誰であろうが心は決まっていた。親父があの事件の真相を知るために家を出て、誰かがここミシガンの辺境までやって来る瞬間をおれは手ぐすね引いて待っていたのだ。
「まあ立ち話もなんだし、上がれよ。ハーブティーを沸かしてある」
母さんの自慢だったエキナセアか、と親父は懐かしそうに微笑んで玄関をくぐった。その何か異様なほどぬらぬらとした光沢感のあるボディスーツの尻を振りながら歩く姿など、本当に幼い娘子のようだ。
板戸に隠した武器の柄を両手でつかむ。
おれは親父の魂の安らぎを心中に祈りながら、石砕きの鉄槌を振りかぶった。
が、その一撃を受け止めるようにして親父のランドセルから突如として現れた無数の触手がおれの手首足首を刺し穿ち、おれを床に引き倒した。
「息子よ。わたしは一服の茶を嗜み、庭の花を愛でる心まで失ったわけではない。本当に残念だ」
おれは敗北感にうめく。
「やはり、我が家は脳にいい」親父がいとおしそうにおれの腕を撫で、「あの棚のパルプ雑誌も懐かしいな。たとえば幼い頃のお前を眠れなくした『電送人間の恐怖』……人や物を粒子情報化し、A点からB点へ移す……今からお前に施すアップグレードも、そういった古典的な技術の応用なんだ」
まばたきひとつの瞬間、両腕がふた回り細く白く変わっていた。桜色の爪が少し伸びていた。
「嫌だ!」おれは暴れながら叫ぶ。「なにが新人類だ! この侵略者! コミックじみた逆三角形どもめ!」
親父は気にするそぶりもなく、ただ背中から生やした触手をおれの身体じゅうに這わしてゆく。
首から下の感覚がちかちかと明滅すると、全身の体毛を剃ったようにむず痒くなってたまらない。
ふと初恋の夜の視点が男女入れ替わったような錯覚が脳裏によぎる。あの娘よりも柔らかいものがふたつ並んでおれの胸についている。
【続く】