一分で読めるくそ小説:人生ゲーム

「いいかい、とんこつラーメンは高度なゲームなんだ」

私は静かに割り箸をおった。配膳前の緊張感を味わいながら軽く口にした。私は本来こういうやり取りは好きではないのだが、今回ばかりはあれこれ言う必要があった。

「こんとつラーメンに求められるのは高度な組み立てだ。一度で完成すると思ってはいけない。また店ごとにルールがことなるから、最初はかならず一番プレーンなものを頼む」

待っていたとんこつラーメンが無造作にカウンターに置かれる。サーブに愛想など必要はない。もう勝負は始まっている。

「まずフラットな状態で麺の仕上がりを見る。ここで替え玉のオーダーを決める。店によって、店員によって、さらには日によっても店員の湯で加減はばらばらだ。ここは責めるところではない。微妙な機微がまたこのとんこつラーメンの奥深さだ。今日の湯で加減はソリッドだなと思ったらあえてやわを頼む、逆なら硬さを挙げて調節する、麺との対話だ」

この店のベースとなるオーダーは基本バリカタ。比較的たんぱくな味をもつこの店のスープになぜソリッドな湯で方が合うのか俺もわかってはない。だが、同行者にとってははじめての店だ。変な先入観は感じず自由に楽しんでほしかった。

「ゆで方、スープとのマッチングを確認して、足りないものを足していく。紅ショウガ、辛子高菜、すりごまが基本だが、場合によってはニンニクも使う。生のにんにくなどはラーメン自体の構成をひっくりかえすものだからタイミングは慎重にね」

 麺を半分ほどたしなんだあと、すかさず一言

「やわで」

 あえて好みと逆をいくのはレクチャーのタイミングを稼ぐためだ。面が残ったタイミングでゆで時間を逆算し、余裕をみて麺を頼むというスタイルをわが身で伝えたかった。

「基本は紅ショウガと高菜だ。乳白色のスープが美しく紅ショウガで彩られていく瞬間は何物にも代えがたい。そこに辛子高菜。これも店の個性がでる。ここはごま油を強く主張させているタイプだからごまとの相性もいい。ごまもすりごま派の店やそのままの店、ミルを置く店など千差万別だが、決して無視してはいけないファクターだ。これがない店は一段下に見ていい」

タイミングよくくる2玉目をゆっくりスープに沈める。2玉目がスープにからむためには熱が大事だ。

「2玉目を入れるタイミング、これには高度な戦略が絡む。スープの熱量を維持していることが大事だからね、本来しゃべりながらすることじゃないことはわかってほしい」

一通り麺をスープに通したのを見計らい追い打ちに紅ショウガ。2玉目を軽くスープに浸した状態で紅ショウガの味を楽しむ一口目、速度とタイミングが命だ。その間に3玉目の組み立てが脳の中を駆け巡る。ひとすすり、ふたすすり、白いスープの下の麺の残量を端の動きで確かめながら慎重にそのタイミングを計る。次は固めと戦術を固めつつ、ここで辛子高菜…

 スープの色はもう白ではない。紅ショウガに彩られたピンク色と辛子高菜のきつめのブラウン。ちりばめられた白ゴマの輝き。そしてもうスープと呼ぶにはふさわしくない具材のざわめきに心が躍る。やはく3玉目を、スープの叫びが聞こえるようだ。

 それを遮るように、ここでようやく彼女が口を開いた

「…ひとついうと初デートに連れてくる店じゃない」

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