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ひねもすのたり、のたりかな。 #あたたかな生活 #シーズン文芸

note文芸部が新たにお送りする #シーズン文芸 創作企画!
3・4月のテーマは「あたたかな生活」。


本日はこの方、文芸部マネージャーのおまゆさんです!





めぶきを後押しするこの季節の光は、カンカンと照りつける太陽とはまた少しちがう。一年のうち二ヶ月ほどしか味わえない、とても贅沢な感じ。凍えるような寒い冬をじっとじっと耐えた者にだけ与えられる、特別なご褒美みたいで。

「もしもしママ?ねえ、やっと商店街のスーパーにうどが並びはじめたよ。」

六畳一間の狭いマンションで、一人暮らしを始めて二ヶ月ほど。職場に乗り換えなしで通える場所を選んで、家賃は間取りにしては少し高かったけれど、今までにないたった一人だけの空間がお気に入りだった。

生まれてから23年間ずっと母と暮らしてきて、やどかりのように住処を転々としながら苦楽を共にしてきた。(以前わたしの誕生日に書いたエッセイは、わたしが母の生き方を認め、わたしがわたしとして生きていく宣言でもあった。)

一人暮らしは気楽でいい。誰に何も言われることなく、好きなときに好きなことができる。食べかけのポテチを3~4日放置していても、あんたはまたそうやって!とガミガミ叱られることもないし、掃除機の音がわたしの休みを邪魔することもない。
休日は昼頃まで寝るのが当時のわたしの日常。休みの日は休むためにある、とにかく寝るものだ、と意気込んで寝溜めをした。

目を覚ましてテレビをつければお昼のワイドショーが流れて、画面の左上でようやく時刻を知る。そのままぐうたらしてるとあっという間に日が暮れて、日光を浴びなかった一日を過ごすことになるから、重い体を無理やり起こしてやる。当時おっぱいがしっかり隠れるほど髪が長かったから、ぼさぼさの大変な量の髪をとりあえず頭のてっぺんまでかきあげて、適当に、それはもう適当にぐるぐるぐるっと三回転お団子をつくる。
そこらへんに積み上がってる洗濯物の山からギリギリ許されるだろうぐらいのスウェットを抜き取って、財布とスマホだけ持って外に出る。

家から徒歩1分もかからない場所にある小さな八百屋さん。

腰の曲がったおばあさんと、おそらくご主人であろうおじいさんと二人で切り盛りしている。そこのおばあさんはとっても感じのいい人で、感じのいい人だからこそ話がやたらと長い。わたしの後ろにお会計待ちが居ようがお構い無し、なんなら後ろの人をも巻き込んで、やれ膝が痛いだのやれ孫がハンサムだのおばあちゃんあるあるな話をしてくる。10分かそれ以上か、だいぶ時間が経ってからようやくおばあさんはカゴの中に手を入れて、手打ちで金額を打っていく。

「あら、こんなに若い子なのに、うどの食べ方知ってるのかいね」

くると思った。またさらに10分、おばあさんから美味しいうどの食べ方を教わって、わたしは後ろのおばさまになぜかすいませんと申し訳なさそうにお辞儀をして店をあとにした。

日が暮れてから、わたしは買ってきたうどを取り出して下ごしらえを始める。頭の上のお団子を巻き直すと首からエプロンをひっかけて、腰の後ろで紐を結う。そうしたら随分太くてしっかりしたうどを眺める。

「さてと」

うどを三等分に切り分けてから、包丁の刃先でうぶ毛をシャッシャッと削いでいくと、さっきまで薄緑だった表面から真っ白でみずみずしい茎があらわになった。

「たしか、捨てるところがないって言ってたような」
「酢水に漬けると灰汁が抜けるんだっけ」

独り言が止まらない。
記憶を辿りながら八百屋のおばあさんの言葉も頼りにして、うどの皮を炒めてきんぴらにする。菜箸をさっさと踊らせると香ばしい匂いが立ち上り、懐かしくなってつい手が止まる。

小学生の頃はクセのあるうどの味が苦手だった。大人はどうしてこんな変な味の野菜をうまいうまいと食べるのだろうと不思議に思っていたけれど、毎年この時期になると母がうどの酢漬けを作るもんだから、いつの間にかその味に慣れてしまった。いつかお酒を飲むようになれば、この美味しさがわかる時がくると母は言った。実際20歳を超えたぐらいから、最後の一滴まで飲み干したくなるような絶妙な味の虜になった。

冷蔵庫で冷やしておいた酢漬けと、今出来上がったばかりのきんぴらを一口ずつ味見してみたら、なんだか急に寂しくなった。
なにかが足りない気がする。こういうときネットの力を借りることができない。わたしの母の味は八百屋さんのおばあさんも知らないし、ネットのどこにも載っていない。中途半端なうどの酢漬けと、皮と穂先のきんぴらを作るのに2時間もかかって、出来上がるころには頭の上のお団子からぴよぴよとアホらしい毛がいくつも飛び出していた。


六畳一間の狭い部屋の決しておしゃれとは言えない小さなテーブルに、小鉢が二つ並べられた。冷蔵庫からビールを一本取り出してプシュッとタブを開けたら、とりあえずお疲れの一口を流し込む。

「ぷはあ」

生活音もしない、わたし以外に誰もいない部屋でぽつんと座りスマホを見ると、何件もメッセージが届いていた。家にいるとついついスマホばかり見てしまうわたしは、うどと向き合っていた時間だけ、すっかり忘れてしまっていたようだ。

「もしもしママ?ねえ、やっと商店街のスーパーにうどが並びはじめたよ。というわけで、今日うどの酢漬けときんぴら、作ってみました」

母は電話の向こうで嬉しそうに、美味しくできた?と訊いてきた。いつも若々しく友達のような話口調だった母は、"ママ"ではなく不思議と“お母さん”という感じで、丸く穏やかでいつになく優しい声だった。

「なにかが足りなくて味が決まらなかったよ。それに、自分のためだけに作るご飯ってあんまり美味しくないね」

これ以上話していると涙が溢れてきそうだったから、そろそろ電話を切ろうと思ってそういう風に持っていった、はずだったのだけど。

「そりゃそうよ、ママの愛情が入ってないもの。一人で食べるご飯が美味しくないと感じたときは、いつでもこっちに帰ってらっしゃい。無理だけはしないのよ」

はいはいわかったよ、と簡単な挨拶で終わらせてみたけれど頬を伝ってどんどん涙がこぼれ落ちて、もう一度うどの酢漬けときんぴらを一口ずつ食べてみると、さっきより少しだけ塩味がきいて美味しく感じた。

翌朝目覚めて窓を開けると、あたたかくやさしい風がふわっと部屋の中に入り込んできた。

なんだかそれは、頑張ってるわたしだけに与えられた、特別なご褒美みたいで。


おまゆ




おまゆさん、ありがとうございました。
それでは次回もお楽しみに!

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